コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。「ちょっと不思議」「ほっと一息」などを共有できれば嬉しいです。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第1話

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 昔々のその昔。

 遠い遠い国での物語です。

 その頃は、まだ、人と自然は共に在り、神々や精霊は身近に感じられるものでした。

 祁連(キレン)山脈の北側には、ゴビ砂漠、あるいは、単純にゴビと呼ばれる荒れ地が広がっていました。砂漠と言っても、すべての場所が砂に覆いつくされているのではありません。ほとんどの場所には、草がまばらに生えただけの荒れ果てた大地が広がっています。

 ゴビはごくわずかしか雨が降らない乾燥地帯のため農耕には適さず、また、夏には焼けつくような暑さ、冬には凍えるような寒さとなる厳しい気候のため、そこに住まう多くの人々は、一年を通じて一か所にとどまることをせず、季節の移り変わりに併せて何度も移動をしながら羊や山羊などを飼う、遊牧生活を行っていました。

 いくつかの遊牧民が作った集団、ゆるやかな国ともいえるもののなかに、月の民がありました。彼らは、自分たちの祖先は月からやってきたと信じ、月を神として敬っていました。そして、月からやってきた祖先の一部は、風や大地の精霊と一つになり、また、一部は、ゴビに生きる動物と一つになり、さらに一部は彼ら「月の民」となったと言い伝えてきました。

 

 満月が輝くある夜のことでした。

 ゴビの南側、祁連山脈の北側に当たる一帯には、祁連山脈から流れる地下水脈を基に発展した村が点在していました。

 それらの村の一つに、讃岐と呼ばれる村がありました。日干しした土レンガで作られた粗末な家々のなかでひときわ大きく、月を模した白い丸板と青色の房飾りを入口に吊るした家の中で、一人の老人が眠っていました。

 夢の中で、老人は草原に立っていました。老人はあたりを見回しましたが、夜空はどんよりと曇っており、月どころか星の一つも見えず、どこまでが大地でどこからが空かもわからないような状態でした。

 やがて、真っ暗な中で立ち尽くす老人の頬にわずかに風が当たりました。草原に、少し風が出てきたようでした。

 すると、空一面を覆っていた分厚い雲にもわずかな切れ目ができて、一筋の月明かりが、黒い布の上に垂らした白い糸のように、草原に差し込んできました。老人が月明かりをたどって見ると、月明かりは、讃岐の村からさらに祁連山脈に分け入った先に差し込んでいるようでした。

「神域に月明かりが。あの娘がござったか」

 老人がそうつぶやいたのは、夢の中でしょうか、現(うつつ)でしょうか。

 老人が目覚めると、いつのまにか寝台の上に身を起こしているのでした。

「そうか、あの娘が」

 自分が見た夢を思い出しながら、もう一度小さくつぶやくと、老人はゆっくりと立ち上がりました。小柄な体格ですが、しっかりと伸びた背筋からは老いは感じられません。髪は白く、長く伸びた髭も白くなってはいますが、そこからは経験と知恵が感じ取れます。老人は、讃岐の造麻呂といい、この村をまとめている長老でした。

 

 それからしばらくして、村から一頭の馬が駆け出してきました。

 馬の背にまたがっているのは、あの老人でした。老人の夢の中とは違い、夜空には無数の星々が思い思いに揺らぎながら光り、満月も地上にその光を投げ与えています。でも、闇深い夜の荒地です。少しでも馬が躓けば、自分は地面に投げ出されてしまうのに、そんなことにはまったくお構いなしの勢いで、老人は馬を走らせて行きます。ようやく冬が終わり春が近くなったとはいえ、夜にはまだ震えるほどの寒さを感じる時期ですが、馬はたちまち汗を吹き、その吐き出す息は白く荒くなっていきました。

 老人が急いで向かっている場所は、そう、夢に見た祁連山脈の麓の竹林なのでした。

 どれくらい駆けたでしょうか、ようやく、老人は目指していた竹林に辿り着きました。

 月の民が住むゴビは、そのほとんどが荒地です。また、祁連山脈は常に頂上に雪を頂く高山で、麓も冷涼な気候です。そのような中で、老人が辿り着いたこの一角だけは、温水が湧き出る泉があって土地も暖かく、豊かな竹林が広がっていました。月の民は、竹林の強靭な生命力、天に向かって真っすぐに伸びるその姿に敬意を持ち、月から来た祖先の一部が住まう場所として、この竹林を大事に祭ってきていたのでした。

 老人は、馬から飛び降りると、荒れた息を整え、静かに竹林に一礼をしてからその中に入っていきました。

 聖域とされるその一角には、人々はめったなことでは足を踏み入れません。足元には落ちた竹の葉が一面に広がっていて、道なき道に分け入る老人の足元で、さくさく、ぱちぱち、と音を立てました。

 老人の頭上には高く伸びた竹が枝葉を重ねて屋根を形作っているので、竹林の内部には星月のもたらす光は届かず、ほとんど何も見えない状態です。でも、老人はまるで目指す先が決まっているかのように、どんどんと竹林の奥に分け入っていくのでした。すると、老人の進む先にわずかに光が見えてきました。老人が進む先には竹が生えていないわずかな空間があり、そこに月明かりがすぅっと差し込んでいるのです。

 老人の目的地はその空間でした。深夜の竹林の最奥です。周囲は真っ暗で空気は肌を刺激するような冷たさです。でも、その一角だけは、地面に散らばった竹の葉が水分を含んでいて、月光にきらきらと輝いていました。老人には、こころなしか、空気も柔らかく温かく感じられました。

 まるで黄金を撒いたかのように光にあふれたその場所に、赤子が一人、白衣に包まれて眠っていました。

「あぁ、あぁ」

 それはとても不思議な光景でした。

 でも、老人は、そこに赤子がいることを知っていたかのように、驚いた様子は見せませんでした。ただ、口から洩れた吐息には、多くの感情が込められているかのようでした。老人は、ゆっくりと赤子に近づき、両手が震えるのを一度叩いて励ましてから、優しく優しく抱き上げました。老人の頬や髭は、流れた涙が月光を反射して、黄金色に光っていました。

 

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