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オオオオオゥウ・・・・・・。
次々と生まれるサバクオオカミの奇岩たち。それは、この場所に満ちている精霊の力と重苦しい怒りの力が合わさって起きた不思議でした。
ビシビシビシッ!
突然、固くとがった音が、その一角に響き渡りました。その音は、サバクオオカミが立てたものではありませんでした。また、その元となった砂岩が割れた音でも、ありませんでした。その音の源は、母を待つ少女の奇岩そのものでした。
「アアイ・・・・・・ツ・・・・・・。ユル・・・・・・サ・・・・・・イッ」
月の民の人々の間では、精霊は人間のような感情や意志を示さないものと考えられています。それは、月からこの地に降り立った祖が「自然」と一体となったものが精霊であるからだと、月の民の者は考えています。また、精霊は人の言葉を用いないとされています。祭祀などで精霊の言葉として人々に伝えられるものは、月の巫女などが精霊の力の波動を感じて、人の言葉に置き換えたものです。
しかし、いまこの場所に満ちている精霊の力は、とても不思議なことに、おぼろげな力の動きや感情の波などではなく、明確な意思を形成していました。そして、その中心となっているのは、母を待つ少女の奇岩なのでした。
ガキンッ!
決定的な音が一つ、何らかの宣言をするかのように大きく鳴り響きました。あたかも肉食獣が獲物の首をへし折ったかのような剣呑な音の響きが治まると、なんと、動くことなどできるはずがない母を待つ少女の奇岩は、自らの足で歩き始めました。それは、自分の仲間を傷つけた男、冒頓に復讐を果たすためなのでした。
ズサリズサリとゴビの大地を踏みしめながら進む彼女の後ろには、多くのサバクオオカミの奇岩が従っていました。それらは一頭の大きな獣のように固まって、ゆっくりと東へ、つまりヤルダンの中から土光村側の出口の方へと進んでいきました。
それは誰も見たことのない奇妙な光景でした。もしもそれを見る者がいたとしても、果たしてどれだけの者が、自分の目を信じることができたでしょうか。あまりに現実離れをしているために、ほとんどの者はそれを信じることができずに、まじない言葉を唱えつつ、自分がいま起きているのか眠っているのかを確認することになるでしょう。
太陽はまだ空の上にあって、自らの足元で起きているそれらの動きを見つめていました。
同時に、太陽はゴビの大地で起きている別の動きにも、気がついていました。それは、土光村からヤルダンの中へと続いている交易路の途中で立ち止まっていた集団、すなわち、冒頓が指揮する交易隊が、再びヤルダンの入口の方へと進みだしたというものでした。
月や太陽のように天上からゴビ全体を見つめることもできず、精霊のように不思議な力で周囲の動きを察知することもできない冒頓は、自分の得た情報を自分の頭の中で分析して、明るいうちに交易隊全体で交易路を西へ、つまりヤルダンの入口の方へ、できるだけ進もうと決めていました。
もちろん、彼は一度襲われたサバクオオカミの奇岩に再び襲われる危険があることは想定し、それに対しての備えをするように部下に対して指示をしていました。しかし、彼はそれ以上のことまでは、想像することができていなかったのでした。つまり、いつのまにか、冒頓の中で「動く奇岩はサバクオオカミのみだ」という思い込みが生まれていたのでした。
サバクオオカミの奇岩がヤルダンから溢れて、交易路を進んでいた自分たちを襲ってきたのですから、それを元に慎重に考えを進めて、それ以上のことが起きる恐れがあることにも、気が付かねばならなかったというのにです。
冒頓の中に「動く奇岩はサバクオオカミだけだ」という思い込みができてしまっていたために、彼と彼の交易隊は「サバクオオカミの奇岩は一度撃退した。油断さえしなければ大丈夫だ」という居心地のいい安心感から、抜け出ることを怠ってしまっていたのでした。
「さぁ、出発するぜ。行けるところまで西へ進む。陽が沈んだら今日は野営だ。夜はゆっくり休んで英気を養うとしようや。そして、明日の朝、ヤルダンへ突入することとしようぜ」
一度そのように指針が決まれば、そこは経験を積んだ小野の交易隊と冒頓の護衛隊で構成された隊です。敷布の上にこぼした乳のようにゴビの赤土の上に緩やかに広がっていた駱駝の群は、世話をしている者たちの手によって速やかに集められ、元の隊列に整えられました。
その隊列の先頭には、理亜を乗せた駱駝の轡を取りながら王柔が立ち、彼の横には羽磋が立っていました。荷を積んだ駱駝を引きながら交易隊員が歩く速さに合わせる必要があるので、羽磋を含めた騎馬の護衛隊の者も、馬には乗らずにそれを引いていました。
彼らは、再び交易路を西へ進み始めました。
サバクオオカミの奇岩の襲撃を一度は退けたものの、冒頓が注意を促したように、再びそれに襲われる恐れは十分にあります。でも、人ではない奇岩には反応しないことがわかったため、オオノスリの空風による索敵を当てにすることはできません。
そのため、先頭を歩く王柔や羽磋だけではなく、交易隊の外側を歩いている護衛隊の各員も、自分たちの視線が届く範囲に何か怪しいものがないか慎重に目を配りながら歩くこととなりました。それは、いつも以上に神経をすり減らす、大変疲れる行進となりました。
「くそっ、だんだんと見通しが悪くなってきやがったな」
再出発してからしばらくたった頃、羽磋の横を歩いていた護衛隊の男が、イライラとしたように吐き捨てました。
彼が言うように、交易路を西へ進むにつれて、周囲の様相が少しずつ変わって来ていました。
これまでは、赤茶色のゴビの大地が限りなく広がっている中を、数少ない水辺や草地を縫うようにして、交易路が走っていました。大きな岩山や崖は、地上と空を区切る境界として遥か遠くに見えるものでしかなく、交易路周辺には大きな地形の変化はみられませんでした。
このような非常に見通しの良い場所であったからこそ、サバクオオカミの奇岩の襲撃があった際に、「ここいらにあるはずがないヤルダンの奇岩が転がっている。何かがおかしい」と、あらかじめ気がつくことができたのでした。
しかし、西へ進んでヤルダンが近づくにつれて、交易路は開けた場所だけでなく大きな岩山の間や谷底も通るようになりました。
大きな岩棚が襞のように入り組んだ肌を見せ、それが数段にも重なっている場所もあります。また、いくらか開けた場所であったとしても、丘のような巨大な砂岩から人の頭ほどの小さな砂岩までが、そこかしこに不規則に転がっています。さらには、足元のところどころには大きな裂け目が口を開けていて、その底がどこにあるのかは見て取れません。
どれだけ護衛隊のものが目を凝らしてもどうしても目の届かない場所が、たくさん出てくるようになったのです。
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