コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】 エッグスタンドで朝食を

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 ふん、ふふーん。

「さて。いただくとするかな。」

 休日の今日は、ちょっと特別な朝食なのだ。

 

 1人暮らしの僕の朝食は、いつも大体同じパターンだ。トーストとコーヒー、それと、まとめて茹でておいた茹で卵を1個。もちろん、茹で卵は日持ちするように固茹でがマストだ。

 固茹で卵に特に不満はないのだが、先日、映画の登場人物がテーブルに置かれたエッグスタンドで半熟卵を上品に食するシーンを見て以来、「エッグスタンドで半熟卵」にあこがれを持つようになってしまった。もう、茹で卵ではない、別のスペシャルな料理に見えないかい?

 仕事に追われてなかなか行動には移せなかったが、先日、飲み会の後で繁華街をぶらぶらしていたところ、路地裏に小さなアンティークショップを見つけた。いつもなら、何気なく通り過ぎるところだが、店先に並べられていたエッグスタンドが目に飛び込んできた。 

 ちょっと古ぼけた金属素材で、茹で卵を受ける漏斗状の上部はシンプルに無地、それを支える台座は、小人か妖精かが戯れている様子が浮き彫りにされている。造形も気に入ったし、お酒の勢いもあったしで、僕はエッグスタンドをその場で購入した。

 

 そう、念願のエッグスタンドを入手して、今日が初めての休日。僕は卵を慎重に半熟になるように茹で、楽しみにしていた実食に移ることにした。

 何をつけて食べるのかな。いつもは塩だけど、なんだろう、トリュフソース? そんなものがあるわけないし、やっぱり醤油かな。

 それでは。

 慎重に、エッグスタンドに立てた卵の先端を、スプーンの裏で叩く。

 コンコン。

「入ってます。」

 はい?

 え、今どこかで、声がした? なんだろう、1人暮らしの僕の部屋には、誰かがいるはずもない。空耳かな。まぁ。いいや。

 コンコン。

「だから、入ってますって。」

 チョット待て。

 確かに、声がした。しかも、この卵の中から。

 マジで、というか、なんでだ? 今まで、当然だが、こんなことはなかったぞ。いつもと何が違う。そうか、これは半熟卵だ。あ、なーんだ、だからか。

 いや、いやいやいや。

 半熟卵だから中から声がするというとなにか、固茹で卵では声がしない理由があることになるじゃないか。つまり、しっかりと茹でられて、中で声を出しているものが死んでしまったから、ということにならないか? それはいかん! だって、考えても見ろ、僕は毎朝、固茹で卵を食べてきたんだぞ。それで、今まで一回も声がしなかったということは、そのすべてで何かを殺してきたってことにならないか。確かに、人は他の生き物の命をいただかないと生きていけない動物だと、何かの折に聞いた気がするが、ええっ、僕のキッチンの鍋の中でそんな出来事が!?

 ふうぅ。

 深呼吸。冷静になれ、僕、いや、俺。

 まず、半熟卵から声がすることを受け入れるな、俺。そんなことありえないじゃないか。わかるだろう。ファンタジーすぎるぞ。

 気を取り直して、僕はもう一度慎重に卵を叩くことした。

 コンコンコン。

「あーもう。出ます、今。出ますよ!」 ジャー、ゴボゴボゴボ・・・

 やっぱり、声がするー!! しかも、なにか、水の流れる音まで。

 なんだ、これは、おかしすぎるだろう。おかしすぎる!

 僕は、力を込めて、卵を叩いた。

 コンッ、コンッ、パキ!

 ひびが入った上部の殻を取り除き、卵の中を見ると。

 そこには、なにもなかった。

 白身も黄身なく、ただ、卵の殻の内側が、綺麗な白いアーチを描いていた。

 そして、卵の底に、小さな小さな黒い穴が一つ・・・・。