「ありがとうございました。さようなら。」
帰りのあいさつをしながら保育園の門扉を閉める。
父子家庭の我が家は、当然わたしが仕事帰りに息子を迎えに行くことになる。どうしても期限一杯まで延長保育をお願いすることになるので、冬のこの時期は、あたりはすっかり暗くなっている。
「今日は保育園どうだった? 楽しかった?」
さして遠くない保育園の駐車場まで、しばし、息子と手をつなぎ夜の散歩を楽しむ。
まばらに街灯があるとはいえ、この辺りは車のあまり通らない住宅地なので、路上は薄暗い。わたしの顔を見上げる息子の顔には、うっすらと夜が影を落としている。
いや、今日はいつもより元気がないな。何か保育園で嫌なことでもあったんだろうか。
「どうした、元気ないな。なにかあったのかな?」
立ち止まって、息子の顔の高さまでしゃがみ込んで声をかける。やっぱり、なにか、悲しそうな表情だ。
「あのね、颯太ね、おねがいね、はやくてね、言えなかったの、ママにね、ウ、ウアー・・・」
息子は何かを説明しようとしているが、思い出してまた悲しくなってしまったのか、泣き出してしまった。
「あーもう、しかたがないなぁ」
ひょい。
息子を片手で抱きかかえ、そのまま駐車場まで歩くことにする。
話は歩きながら聴こう。
お迎え終了したこの時間だけは、少しだけ余裕がある。
「あのね、あのね」
だっこで少し落ち着いたのか、息子がぽつぽつと話しだし、話の全貌がようやく分かってきた。
今日は、ふたご座流星群の日。
延長保育の園児たちと保母さんは、暗くなった園庭で、流れ星を探していたそうだ。
「流れ星を見つけたら、消える前にお願いを3回繰り返すと叶うらしいぞー。探してみようー!」
必死に流れ星を探す園児たちの姿が目に浮かぶようだ。もちろん息子もその中にいる。
今年は月夜と重ならずに観測条件が良いせいもあるのか、息子も何個か流れ星を見つけたようだが、あまりにも消えるのが早くて、願い事を3回繰り返すことができなかったようだ。
母親を事故で亡くした息子の願い。
「ママにもう一度会いたい。」
「そうかー。残念だったなぁ。」
抱きかかえている息子の背中を、反対の手でポンポンと叩く。子供の身体は温かい。
「だけどな、心配することないんだよ。」
「でも、颯太、ちゃんとお願いできなかった。」
また、ぐずりだしそうな息子に、あわてて言葉をつなぐ。
「いいか、颯太。ママはお星さまになったってパパは言っただろう。そういう人はたまに流れ星に乗って地上に帰ってくるのさ。今日はたくさん流れ星が落ちるから、きっとママも帰ってくるよ。」
わたしの言葉を聞いて、息子はわたしの肩にもたれさせていた頭をがばっと起こした。
「え、ほんと! パパ、ママにまた会えるかな!」
「もちろんほんとだよ。でも、夜の流れ星に乗ってくるから、会えるのは夢の中だけだけどな。」
がっかりするかな、と少し心配しながら続けたが、息子の言葉は意外な物だった。
「それはそうだよ、パパ。起きてる時だったら幽霊だもん。でも、ママに会えるから、今日は颯太早く寝るね。早く帰ろうパパ!」
「あ、ああ。そうだな。じゃあ、帰ってお風呂入ってごはんにしよう。」
「うん!」
子供は強い。悲しい出来事も、自分の中で確実に処理していっている。そういえば、抱きかかえている息子の身体も、少ししっかりしてきたような気がする。
そんなことを考えながら歩いていると、保育園の駐車場に辿り着いた。車の後部座席に備え付けたチャイルドシートに息子を載せ、夜空を見上げる。
田舎の空とは比べることはできないだろうが、住宅地のここから見上げても、数多くの星が瞬いている。広く高く、視界いっぱいに広げられた星空。
今この瞬間に流れ星が現われたなら、「颯太の夢にママが現われますように」と三度唱えるだろうか。いや、その必要はない。わたしは知っている。今日、颯太の夢に彼女は現われるだろう。今夜落ちる流星のどれか一つに乗って、きっと彼女は返ってくる。
「パパ、早く帰ろうよ!」
後部座席の息子からの催促で我に返ったわたしは、車の運転席に回り込みドアを閉めた。
「よし、帰るぞ、出発!」
息子に声をかけながら、駐車場から暗い夜道に車を乗り出す。ヘッドライトが流れ星のように動き出した。
思わず、わたしは心の中で、願いを三度唱えた。
「今夜、多くの流れ星が現われますように。」