コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【掌編小説】 日曜日のお昼はパパのチャーハン

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 平日は仕事で遅くなり寝不足気味なわたしだが、家族の配慮で、日曜日はゆっくりと寝坊させてもらっている。そのお礼というわけではないが、日曜日のお昼ご飯はわたしが担当することにしている。毎週末のことになるが、メニューを考えなくて良いのはありがたい。なぜなら、わたしには絶対の鉄板メニューがあるのだ。

 いつものように朝寝坊を決め込んだわたしがリビングに入ると、妻と、五歳と三歳の兄弟は、子供向けのテレビ番組に夢中になっていた。

「おはよう。今日のお昼だけど、何が食べたい?」

 声をかけたわたしに、三人は声をそろえて答えた。やはり、いつものアレだ。

「パパのチャーハン!」

 そう、これがわたしの鉄板メニュー。よっぽど気に入ってもらえているのか、この「パパのチャーハン」が毎週リクエストされるのだ。

 よしよし、そこまで期待されているのであれば、こちらもそれに応えなければなるまい。だが、「パパのチャーハン」といっても具材が決まっているわけではない。台所に入って冷蔵庫を開けるところから調理スタートで、毎回微妙に具材が異なってしまうのだが、美味しい「パパのチャーハン」に仕上げるコツがあるのだ。

 まずは、冷蔵庫から見繕った食材の下ごしらえをしていく。

 冷凍しておいたご飯を2膳分、電子レンジで解凍する。大丈夫、冷ごはんでなくても、コツさえ守ればパラパラの美味しいチャーハンになる。玉ねぎをみじん切りにし、皮付きウインナーを輪切りにしていく。輪切りになっても、この皮のプチっとした触感が良いのだ。ニンニク一かけは細かくみじん切りに、キャベツは粗目のみじん切りにしておく。さらに冷凍のミックスベジタブルがあるのを確認して、卵を2個溶いておけば準備完了だ。

 大きめのフライパンにサラダ油を少々引いて中火で加熱する。軽く煙が出れば準備ができた証だ。まずは、玉ねぎを投入し、焦げ付かないように優しく炒める。玉ねぎが透明になってきたところで、ウインナーの輪切りとミックスベジタブルを加える。ミックスベジタブルはチャーハンに色取りを与えてくれるうえに、日頃子供たちが苦手にしているニンジンも、チャーハンに入れた場合は食べてくれるのでありがたい。

 具材におおむね火が通ったところで、焦げやすいニンニクのみじん切りとキャベツを入れる。火が通るにつれて立ち上ってくるこの香り。やっぱり炒め物からニンニクは外せない。キャベツもごはんやウインナーと違う食感で楽しませてくれる名脇役だ。

 さあ、ここからは、手早く。火加減は強火だ。

 溶き卵をフライパンに流し入れ、固まる前にご飯を卵の上に重ねる。そしてフライ返しでご飯をほぐしながら全体を返していく。ご飯をつぶさないように注意だ。

 ジャッジャッ。全体を返していく過程で、卵がご飯粒をコーティングして、ほぐしていってくれる。

 シュワー、シュワワー。

 強で回している換気扇に、フライパンから立ち上る熱気と煙がどんどんと吸い込まれていく。だが、食欲をかきたてる音は、換気扇の音に負けずに台所からリビングへと広がっていく。

「パパー、お腹空いたー。まだぁ」

 チャーハンを炒める音に刺激されたのか、リビングから催促の声が飛んできた。

「おう、もうすぐだ、ママをお手伝いしてお皿を出しなさい」

「パパのチャーハン」のコツが発揮されるのは、まさにこの炒める時だ。コツとは、「少量ずつ作ること」、これに尽きる。実は具材は半分取り置いてあり、今作っている チャーハンは、妻と子供たちの分だけだ。炒める分量が少ないので、全体を素早く返すことができるので米粒一つ一つが上手く油でコーティングされる。さらにご飯に熱が素早く伝わるので水分が出てベチャっとすることがない。これが火力の弱い家庭のコンロでも、パラパラチャーハンをつくるコツなのだ。

 ジャッ、ジャッジャッ。ジャッ、ジャッジャッ。

 全体を下から掬い上げるように、素早く何度も米と具材を回転させる。掬い上げた米粒がフライ返しからパラパラと落ちるようになってきたら、仕上げだ。塩をパラパラパラ。コショウをパッパッと。オイスターソースをご飯の上に少々かけてと。

 ジュウ、ジャァ。

 オイスタソースが加わって、チャーハンからほわほわっと湯気が沸き立つ。深い、いい匂いだ。このオイスターソースで、チャーハンにコクが加わるんだよなぁ。そして、最後に香り付けで醤油を鍋肌に一回し垂らす。

 シュシュシュ、シュワワァァァア。ジュワッジュワッ。

 フライパンに触れた醤油が泡立ち、まるで楽器にでもなったかのように食欲をそそる音楽を奏でる。ああ、焦げた醤油が香ばしいぞ。

 お待たせしました、これで、「パパのチャーハン」の完成だ。

「おおーい、できたぞ。お皿もってこい」

「はーい」

 配膳台の上に並べられた妻の皿、兄の皿、弟の皿。大中小と並んだ皿に、もうもうと湯気を立てているチャーハンを盛り付けていく。

「やったぁ、パパのチャーハンだ」

「いいなぁ、お兄ちゃんの方が多い」

「もう、足りなかったらママのチャーハンを分けてあげるわよ」

 音と香りでじらされていた子供たちは、神妙な表情で両手で自分たちの皿を慎重に食卓に運んで行った。いつもは、家族そろってから「いただきます」だが、この時だけは特別だ。

「ねぇ、パパ。食べていいでしょう」

「ああ。いいよ、熱々だから気をつけてな」

 せっかくの出来立て熱々のチャーハン、美味しいうちに召し上がれ、だ。

 わたしの注意を聴いていたのかどうか、子供たちは競うように出来立てのチャーハンを口に運んでいく。

「いただきまーす、は、はふはふ、うん、うまいっ」

「ふーふーふー、あっつー、でも美味しいー」

「うん、美味しいねぇ、パパのチャーハン」

 よしよし、どうやら、今日のチャーハンも好評のようだ。さて、フライパンを軽く洗い、もう一度ご飯を解凍して、自分の分を作るとするか。面倒だが仕方がない、「少量ずつ作る」が美味しいチャーハンを作るコツだからな。しかし、だ。

 わたしは、フライパンを洗いながら食卓に目をやった。弟は自分の分をもう平らげて、妻に分けてもらっているようだ。

 子供たちが成長して、並ぶ皿が大中小から大中中、大大大になったら……。いや、男の子なんだから、育ち盛りになったら大の大盛になるかもしれない。そうなったら、一体わたしは何回フライパンを振らないといけないんだ。自分の分を食べるまで何分かかるんだろう。

 ふと気づくと、こちらを見ている妻と目が合った。突然浮かんできた恐ろしい考えに手が止まってしまったわたしに、妻が優しく語り掛けてくれた。

「いつもありがとう。やっぱりパパのチャーハンは美味しいよ。はやく一緒に食べよ」

 そうだ、やっぱり、日曜日のお昼は「パパのチャーハン」だ。こんなに喜んでもらえて何よりじゃないか。リクエストのある限り何回でも作ってやるぞ。大の大盛もどんとこいだ。

 わたしは妻に微笑みを返して、改めて自分のチャーハンを作り始めた。