コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第5話

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(これまでのあらすじ)

 祁連山脈の北側で遊牧をして暮らす月の民。翁と呼ばれる老人は、夢に導かれ竹林で赤子を拾いました。大切に育てられた赤子は美しい少女へと成長し、初めて遊牧に参加することとなりました。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読めます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

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【第5話】

 やがて、一行が進む赤茶けた台地の上に、ぽつぽつとではありますが下草が見られるようになり、少し先にはナツメヤシの姿を見ることもできるようになってきました。

「よし、お疲れさん。しばらくはここで宿営するぞ、皆準備をしてくれ」

 ようやく一行がナツメヤシが林立する小さなオアシスに辿り着いたところで、大伴が皆に設営の合図を出しました。太陽は頂点を過ぎて地に向かい始めていました。夏営地から秋の遊牧先への道すがらどことどこに水場があるかを、指導者である大伴は把握しています。今日は、その水場の一つの近くで宿営することにしたのでした。しばらくは、この水場を中心にして遊牧を行い、周囲の草を家畜が喰いつくしたころを見計らって、次の宿営地へ向かうのでした。

「やれやれ、疲れたな」

「それ、お前たちも、食事に行ってこい」

「おーい、天幕(ユルト)を立てるぞ、手伝ってくれ」

 乗っていた馬や駱駝を降りて腰を伸ばす者、集団にして引き連れていた羊や山羊を周囲に放す者、さっそく荷車から移動式の天幕(ユルト)を下ろして設営をしようとする者と様々です。でも、皆の顔には、長い移動に一区切りがつき、しばらくは落ち着いて遊牧ができるという、ほっとした思いが浮かんでいました。

「何日も駱駝に乗っての移動だったんだ、竹も疲れただろう」

 竹姫が駱駝の背から降りるのを手伝いながら、羽が声を掛けました。

「うん、疲れたわ。駱駝って同じ側の前足と後ろ足を同時に前に出すんですもの。右左に大きく揺れるので、讃岐で乗っている馬とは全然勝手が違うね。いつ落ちるかとドキドキしちゃった」

 揺れるしぐさを手でおおげさに示して、竹姫はおどけて見せました。

「いや、そんなに苦労しているようには見えなかったけどな。讃岐で馬に初めて乗った時もそうだったけど、竹は何でもすぐにこなせてしまうんで、すごいよ」

「そうかなぁ、確かに最初苦労しても、なんだか体が覚えているというかコツを思い出すというか、そんな感じはあるんだけどね。でも」

 いたずらっぽく言葉を止めた竹姫を見やって、羽は土に打ち込んだ杭に驢馬の引き綱をもやう手を止めました。

「でも、なんだよ」

「でも、やっぱり何日も駱駝に乗っていると、お尻が痛いです」

「ははっ、なんだよ、それ」

「ふふっ、だって痛いんだもん」

 しかめっ面をしながらお尻を抑える竹姫と羽は、顔を見合わせて笑いだしました。やっぱり、二人とも移動が一区切りついてほっとしていたのでした。

 

 月の民は、長い距離の移動は氏族単位で行いますが、宿営地などで遊牧を行う際には、おおむね家族や親族ごとに分かれます。それは、狭い場所に多人数が集中してとどまると、家畜に食べさせる草が足りなくなるからでした。このオアシスでの宿営でも、水場を中心とした思い思いの場所へと、人々は家畜を追いながら広がっていくのでした。

 竹姫は大伴の一族と一緒でした。場所を定めて天幕を建てると、子供と女性の次の仕事は水汲みです。何人かの女性たちが水瓶を抱えて歩き出すと、竹姫も手近な水瓶をもってそれに続こうとしました。

 荷物整理をしていた若い女性が、それに気付いて竹姫に声を掛けました。

「竹姫はそのようなことはなさらないで良いですよ。女子供たちだけで十分です。天幕の中でお休みください」

「至篤姫、良いんです。わたくしも他の方と同じように扱ってください」

 竹姫は声をかけてくれた至篤に言葉を返し、慌てて他の女子供たちを追いかけました。ここまでの道程でいろんなことを体験できたとは言え、まだまだ竹姫にとっては目新しいことばかりですし、なにより、善意からとはいえ特別扱いされることは、彼女に取っては嬉しいことではなかったのでした。

「あ、羽、水汲みに行ってくるね。待ってぇ、わたくしも行きます」

「おう、竹、気を付けてな」

 女子供たちを追いかけていく途中の竹姫から声をかけられて、羽も竹姫に軽く声を返しました。その様子を見て、至篤は羽を睨みつけました。

「判ってるよ、至篤。竹姫と敬称をつけて呼べってんだろう」

「判っているのならそうしなさい、羽。あなたも、もうすぐ名をもらって一人前になるのでしょう。そうやって水汲みにもいかずに大人の見習い扱いしてもらっているのだし、巫女様にぞんざいな口の利き方をしてはいけないことはわかるでしょう」

「はいはい、わかったよ」

 適当ないらえを至篤に返しながら、羽は胸の中で別のことを考えていました。

「至篤も悪気はないんだけど、それで、竹が喜ぶとは思えないんだがな。あいつ、ときたますごく寂しそうな顔をするときがあるからな」

 羽にとって竹姫は「月の巫女」などという遠い存在ではなく、兄妹のような友達のような、とても身近な存在なのでした。竹姫の近くにいると、皆が竹姫を大切に思う気持ちは、羽にも感じられました。ただ、それと同時に、竹姫と皆との間を、限りなく透明で薄い、でも確かに存在する幕のようなものが遮っているようにも感じられるのでした。

 羽は、その幕の存在を感じる度に、どうして皆は竹姫との間に溝を作るのだろうと不思議に思い、そして、自分だけはいつまでも竹姫の一番の友達であろうと強く考えるのでした。

 

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