コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第16話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、皆から竹姫と呼ばれる美しい少女に成長しました。でも、竹姫は皆からの愛情は感じられるものの、自分は皆と違う「人外」だと疎外感を感じていました。そんな中、夜のバダインジャラン砂漠で、竹姫は乳兄弟の羽から「輝夜」の名をもらいます。竹姫にとって、羽は初めて自分の内側に感じられる人になりました。しかし、二人の周りでは、天候が急変していました。今、「ハブブ」と呼ばれる大砂嵐が、二人を呑み込もうと近づいてきているのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

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【第16話】

 羽も、これほどの大きな砂嵐は経験したことがありませんでした。ただ、遊牧経験の豊富な父から、砂漠で遭遇する恐れのある大きな危険の一つとして「ハブブ」と呼ばれる大砂嵐のことは聞いていました。ハブブの規模、風の強さ、巻き上げる砂の量は、通常の砂嵐とは比較することのできないほど大きなものです。そして、なにより、恐ろしいのは‥‥‥。

「竜巻だ」

「竜巻? あの、壁みたいなのが竜巻なの?」

 必死で考えている羽の口から、いつの間にか最も恐れているものの名が漏れでていました。そう、竜巻です。砂を巻き上げている嵐の中でも、風の勢いには強弱があります。その勢いが最も強い個所では、風が漏斗状に渦巻いていて、地上にあるすべてのものを、吸い込み、砕き、大空へ放り投げてしまうのです。一度、竜巻に出会ったが最後、地上にあるもので、逆らうことができるものはありません。その恐ろしさと言ったら、豊かに水をたたえたオアシスが、ハブブがもたらした竜巻によってすべての水を天上に吸い出されてしまい、それが通り過ぎた跡には単なるくぼ地だけが残っていた、という話があるほどです。

「いや、あの黒い壁は、ハブブが巻き起こす砂の量があまりに多いからああ見えているだけで、普通の砂嵐だ。と言っても、それはそれで、すごい風と砂だけどな。だけど、見えるか、その中に何本か黒い筋がうろうろしているだろう。あれが、竜巻だよ。くそ、こんな、大きなハブブ見たことないぜ」

 二人が話しているうちにも、ますます風の勢いは強くなってきていました。黒い壁はどんどんと大きくなってきています。明らかに、ハブブは二人の方へと、その領域を広げてきているのがわかります。

 グウウゥ。グイェエエ‥‥‥。

 二人の横で、駱駝も不安そうに声を出しました。

 輝夜姫も心配そうに羽を見つめています。

 何らかの行動を起こすならば、残された時間は幾ばくもありません。

「どうする、どうすればいいんだ」

 羽は、必死に考えました。自分の判断が誤っていれば、自分だけでなく輝夜姫までも危険にさらすことになるかもしれません。

 目の前では、まるで二人を包み込もうとするように、ハブブの黒い影が大きく広がっています。

 全身に打ち付ける風の勢いが、ますます強くなってきました。

 このままここに留まっていては、すぐにハブブの中に取り込まれてしまうことでしょう。

 焦ります。時間をかけて考える猶予はありません。

「考えろ、輝夜を助けるにはどうすればいいんだ」

 父上はどのように言っていたっけ。砂嵐の時には、身を低くして動かないのが基本。だが、このままここに留まれば、間違いなくハブブに呑み込まれる。その中で暴れている竜巻に吸い込まれる危険も十分に有り得る。では、逃げるか。だけど、逃げるってどこへ? ハブブの勢いは風の勢い。風より速く走って逃げられるはずはない。それに、周囲は隠れるところのない一面の砂漠だ。せめて、ゴビの台地ならば、風を避ける場所を探すことができたかもしれないのに‥‥‥。

「痛い、風が痛いよ」

 輝夜姫の声に、羽は決断を下しました。

「ここにいてもハブブに呑み込まれてしまう。逃げるぞ、輝夜。駱駝に乗ってくれ、走れるな?」

 全ての人は、何度か差し掛かることでしょう。その人生において「あの時に別の決断を下していればどうなっていただろう」と、後で何度も振り返ることになる「岐路」にです。羽にとって、この決断の瞬間は、まさにその「岐路」の一つでした。そして、羽も、「あのときに逃げなかったらどうなっていただろう」と何度も振り返ることになるのでした。

 とはいえ、決断は下されました。羽は輝夜姫がここまで乗ってきた駱駝に膝をつかせて、輝夜姫がその背に乗るのを助けると、自分は先程捕まえた駱駝の背に、手綱を頼りにするだけで身軽に乗り込みました。

「わかった。頑張るよ」

 輝夜姫は羽に「どうする」とは聞きません。ただ、どのように指示されるのか、それに対して自分がどのように応えるのかに集中しています。羽には、輝夜姫から寄せられる信頼が痛いほど伝わっていました。

「なんとしても、輝夜だけは守りたい。このままここに留まっていても、間違いなくハブブに飲み込まれる。逃げれば、いくらかでも時間が稼げる。稼いだ時間の間に、ひょっとしたら、ハブブがそれてくれたり、あるいは生じたときのように前触れもなく消滅してくれるかもしれない。最悪、追いつかれたとしても、現状と何か変わることがあるだろうか」

 それが、このときの「岐路」で逃げるを選択した、羽の考えでした。

 かろうじて、薄雲を透して星の位置は確認できます。

 身を隠せるような地形の変化があるゴビの台地は、幸いにも、ハブブが巻き起こす砂嵐とは反対側でした。

 砂嵐の壁はどんどんと近づいてきています。足元の砂も、強い風に流されて、まるで水のように動き始めています。視界全体に広がっている砂嵐の壁から、幾本もの竜巻が角のように突き立っているのが、はっきりと確認できるようになってきました。

 時間がありません。

「いくぞ!」

 羽は、駱駝に合図を送りました。

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