コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第18話

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(これまでのあらすじ)

 月の民が聖地としている竹林で翁が拾った赤子は、美しい少女へ成長しました。皆が竹姫と呼ぶその少女は、乳兄弟である羽から「二人だけの秘密」として、輝夜という名をもらいました。逃げた駱駝を追いバダインジャラン砂漠に踏み入った二人は、ハブブと呼ばれる大砂嵐に呑み込まれます。余りの視界の悪さに騎乗する駱駝が転倒し、砂漠に投げ出される二人。羽は持ち前の身の軽さで事なきを得ましたが、輝夜姫は無事なのでしょうか。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

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【第18話】

「うう・・・」

「どうしました、姫、・・・・・・姫」

 暗闇の中で、誰かが自分を呼ぶ声がしました。誰でしょうか、この、とても温かい声の持ち主は。

 彼女は、ゆっくりと瞼を開きました。

 まず、視界に入ったのは、夜空全体に広がって輝く無数の星々。今日は月が出ていないのでしょうか、星々はその存在を、いつもよりも声高く主張しています。視界の隅で夜空の両端を切り取っているのは、空に向かって高くきりたっている白い山肌でした。そして、彼女が少し右手を動かしてみると、先の尖った冷たい草々が指先に触れました。

 どうやら、彼女は草地の上に広げられた敷布に横たえられているようでした。声をかけられた方に顔を向けると、心配そうに彼女をのぞき込んでいる男の顔が目に入りました。年の頃は15歳前後でしょうか、遊牧で鍛えられた精悍な体つきをしていますが、その表情には彼女を心配する気持ちが溢れていました。

 心配されていることで落ち着いたのか、ようやく彼女は自分に注意を向けることができました。

 でも、彼女の頭の中では、色々なものがぐるぐると、しかも形を変えながら回っていました。

 いったい、その中から何を取り出せばいいのでしょうか。

 ここはどこなのだろうか。

 今はいつなのだろうか。

 この男は誰なのだろうか。

 私は何をしていたのだろうか。

 私は。

 わたし。

 わ・た・し。

 そう、私は誰なのだろうか。

 

「姫、弱竹(なよたけ)姫! 大丈夫ですか?」

 また、遠のいていく彼女の意識を、叫ぶような男の声が追いすがりました。

 私。

 わたし?

 わた・・・・・・し・・・・・・。

 彼女の意識は、再び暗い澱みの奥底へ落ちていくのでした。

 

「輝夜っ、どこだ!」

 懸濁した意識の中に、小さな声が届きました。風の立てる鋭い叫び、砂の打ち付ける乾いた音にかき消され、それはとても小さな声でした。でも、その声が、彼女の意識の水面に触れたとたん、見る見るうちに、その触れた点を中心として波紋が広がって行きました。その波紋が広がっていくにつれて、懸濁した意識は、少しずつ清められていきました。

 彼女は眼を開きました。

 砂嵐で巻き起こされた砂が空気の色を黄色に変えており、また、さらにそれが月星の光を遮っているため周りはとても暗く、目を開いても何も見ることはできませんでした。

 自分がどうなっているのか、状況はわかりません。ただ、どうやら砂漠の上に横たわっているようです。顔にも身体にも、細かい砂粒がびっしりとまとわりついているようです。

 輝夜姫は立ち上がろうとしましたが、自分の身体にまったく力が入らないことに気が付きました。いったい、何があったのでしょうか、全身が酷く痛みました。

「こ、ここだよ。羽。羽っー!」

 輝夜姫は、それでも何とか上半身を起こして砂の上に座り込むと、自分に出せる精一杯の声で叫びました。そして、驚きました。どうして、こんなに小さな声しか出ないんだろう、と。

 

 羽のすぐ目の前から輝夜姫の声が聞こえました。とても、弱々しい声です。砂嵐で視界が限られていたため気が付けなかったのですが、輝夜姫はどうやらすぐ近くに倒れているようです。

「そこか、良かった。輝夜、怪我はないか?」

 輝夜姫の居場所はわかったものの、羽はただただ彼女の身が心配でなりません。輝夜姫の小さな声を頼りに、羽は砂を蹴って駆け寄りました。それは僅かな距離でしたが、必要とした数歩でさえもしっかりと受け止めてくれない砂場に、羽の口から呪いの言葉が漏れました。

 

「大丈夫か、輝夜、ああっ」

 ようやく輝夜姫の姿を見つけた羽でしたが、彼女の姿は痛々しいものでした。

 膝を立てて砂の上に座り込んでいる輝夜姫ですが、その身体にはまったく力が入っておらず、上半身は立てた膝の上にもたれかかっていました。彼女には、自分の頭を支える力もないようでした。また、右手は砂の上に放り出すようにのばされていましたが、手首の上の部分が、一目でわかるほどに腫れあがっていました。

 輝夜姫は駱駝から落ちたときに、頭を強く打ったのかも知れません。意識がとても不安定で、信頼する羽が自分のすぐ隣に来てくれたのに、気づいているのかどうかもわからない様子でした。

「ごめん、ごめんな、輝夜‥‥‥」

 輝夜姫の姿を目にして、羽の体の奥底から申し訳なさが溢れ出てきました。輝夜姫をこんなに傷つけてしまったのは、自分だ。ごめん、ごめん、ごめん‥‥‥。羽は、輝夜姫の小さな体を抱きしめました。

「うう、いたっ‥‥‥。ああ、羽?」

 びくん、と輝夜姫の身体が震えました。羽は慌てて彼女の身体を離しました。酷く腫れた輝夜姫の右手は骨が折れている怖れがあります。自分でも意識せずに輝夜姫を抱きしめてしまい、痛い思いをさせてしまったのかも知れません。

 輝夜姫は膝にもたれさせていた上半身に力を入れると、羽の方を向きました。ただ、まだ、意識は明瞭にはなっておらず、その視線は羽と周囲とを彷徨っていました。

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