コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第20話

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(これまでのあらすじ)

遊牧民族月の民の翁が、聖地である竹林で拾った赤子は、美しい少女に成長します。「月の巫女」として皆から特別扱いされる少女「竹姫」は、自分の中に「人外の存在」としての孤独感を隠していたのでした。そんな彼女の救いとなってくれたのが乳兄弟である「羽」でしたが、二人はバダインジャラン砂漠でハブブと呼ばれる大砂嵐に遭遇してしまうのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 大伴が若いころに出会った月の巫女。

【阿部】(あべ)大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

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【第20話】

「もう一度お聞きますが、宜しいのですね、弱竹姫」

 真剣な面持ちで、男は女に確認をしました。ただ、その言葉には、単なる確認以上の複雑な感情が込められているようで、聞く者によっては「断りの返事」を求めているようにさえ聞こえるのでした。

「ええ、私がどうなるかわからないことは、十分に承知しています。でも、この事によって皆の血が流れることが少なくなるのであれば、月の巫女として、それ以上望むものはありません」

 弱竹姫は、心配そうな面持ちの男を安心させるかのように微笑み、さらに言葉を続けました。

「大丈夫ですよ、大伴殿。なにも悪いことは起きません。そう信じましょう」

 

 弱竹姫は、座っていた敷布から立ち上がり、草地の奥に用意されている祭壇の方に歩き始めました。祭壇といっても、白木を組み合わせた仮ごしらえのものです。まるで屋根を取り去った天幕のように丸く地面から少しだけ高く作られた壇の上には、背の低い小さな卓が一つと敷布が一枚用意されているだけでした。

 足元では短く尖った葉を持つ草が朝露にきらきらと輝いていました。ところどころでは、白く小さな花を咲かせた車軸草が濃い緑色の島を形作っていました。夜が明けたばかりの早朝の空気はとても冷たく、さらに、草地の両側と奥にそびえたっている山肌からは、湿り気を含んだ冷たい靄が次々と草地へ降りてきていました。

 弱竹姫は、彼女が大伴殿と呼び掛けた男と同じぐらいの年頃に見えました。白黄色の薄手の筒衣に短い革の上着を身に着けていて、足首まで届く柔らかな白黄色の腰衣が、山から吹き下ろす風に吹かれて、緑の草葉の上で揺れていました。

 彼女の腰まで伸びた長い黒髪は、先の方で白い布で一つに束ねられていました。そして、彼女がゆっくりと周りを見回しながら歩を進めるたびに、桜蘭からもたらされたものでしょうか、玉が綴られた腰の飾り紐が、辺りに光を振りまくのでした。

 どうやら、弱竹姫と大伴がいる場所は、草原が山に入り込んだところ、切り立った岩壁に挟まれた渓谷の奥地のようでした。谷の出口は広い草原につながっているようですが、祭壇がこしらえられた奥地側は、両側にそびえる岩壁が先の方で合わさっていて、行き止まりになっているようでした。

 祭壇の周りには、数本の竿が立てられていて、竿頭に結ばれた細長い旗が、山から谷の出口へと吹き降ろす風になびいていました。その旗は、弱竹姫が身に着けている衣類と同じように、月の民が聖なる色とする白黄色に染められていました。

 これから戦でも始まるのでしょうか、戦闘準備を整えた男たちが、辺りを警戒しながら祭壇の周囲を歩き回っていましたが、弱竹姫が近づいてくるのに気づくと、立ち止まり頭を下げて道を開けました。

 祭壇の淵には一人の男が腰を掛けていました。男は大伴よりもいくらか年長に見えましたが、その体つきは細く、その面持ちは精悍というよりは、どこか優しさを感じさせるものでした。何やら難しい顔をして旗の流れを眺めていた男は、弱竹姫に気が付くと傍らに放っていた杖を頼りに立ち上がろうとしました。どうやら、彼は片足の膝から下を失っているようでした。

「ああ、お気になさらないで、そのままでいらしてください、阿部殿」

 男が立ち上がろうとする様子を見て、慌てて弱竹姫は声をかけました。

 月の民の中には「月の巫女」と呼ばれる存在が弱竹姫の他にも何人かおり、中には、自分が選ばれた存在だと考えて尊大に振舞う者もおりました。でも、弱竹姫は自分が特別に偉い存在だとは全く考えておらず、他の「月の巫女」から見れば不思議なほど周囲に気を使っていたのでした。弱竹姫は、皆が「月の巫女」として自分を敬い、気を使ってくれるのには、本当にありがたいと思っていましたが、同時に「特別な存在」と自分でも感じられないのに、そこまで気を使わせて申し訳ないとも思っていたのでした。

 弱竹姫に頭を下げて謝意を示しながら、阿部は再度祭壇に腰掛けました。その視線は旗に向かっていました。

「どうですか、阿部殿」

「僕の考えた通りです。この烏達渓谷では、この様に早朝は風が谷を降りていきます。そして、おそらく、陽が昇るに連れて風向きは逆転し、谷の入口から山の方へ風が上がってくることになるでしょう。そうすれば‥‥‥」

 続きの言葉を呑み込んでしまった阿部の様子に、弱竹姫は話を引き取りました。

「そうですね、あとは、御門殿が上手く運んでくだされば、いよいよ私の出番ということですね」

「あの、弱竹姫」

「はい」

 旗の動きをじっと見つめていたのは、それが気になるということばかりではなかったのでしょう。実は阿部の心には大きな迷いがあり、正面から弱竹姫の顔を見ることができなかったのです。

 でも、その迷いを振り切って、阿部は弱竹姫の方へ向き直りました。

「すみません、弱竹姫。このような危険なお願いをしてしまって。もし、これでなにか貴方に負担が生じるようなことがあれば、全てはこの策を考えた僕の責任です」

「あら、何かが起きるかのようなお話ですね」

「ええ、いや、もちろん、そんなことはない、いや、ないはずなんです。でも、わかりません。わからないということが僕の正直な結論です。あんな男の話すことを信じざるを得ないところが、僕の力不足です」

 阿部は、視線を離れたところへちらりと放ちました。その先には、顔を隠すように頭巾を目深にかぶった男が、まるで、全体の進行状況を確認するかのように、少し離れた場所からこちらを見つめていました。

「全く、秋田とか言いましたか、どうしてあいつの言うことを翁や御門殿が信じるのか、僕にはわかりません」

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