コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第29話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。しかし、大砂嵐「ハブブ」に二人は呑み込まれてしまうのです。ハブブが通り過ぎた後に二人を探しに砂漠に分け入った大伴は、二人が倒れていた場所で、自然の摂理に反した奇妙な光景を目にするのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先からまとめて読めます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第29話】

「あ、ああ」

 予想もしなかったほどの羽の勢いに少し気圧されながら、有隣は答えました。

「竹姫は、次の日にはもう目を覚まされていたよ。どこにも怪我はされていないし、羽が心配することはないよ」

 そうです、バダインジャラン砂漠から大伴が羽と共に連れ帰ってきた竹姫は、その次の朝には目を覚ましていたのです。そのため、最初は羽のことを酷く心配していた有隣としても「寝込んではいるけど、羽もそのうちに目覚めるだろう」と、安心することができていたのです。とはいえ、一度自分の中で羽の状態を見定めると、それ以上は無用に心配を膨らませることをしないという心の強さは、若者頭の妻として多くの経験を積んだ有隣ならではの事でした。

「そうか、無事か、良かった」

 羽は、有隣の言葉を聞いて、大きく息をつきました。心配事が晴れて心も体も羽が生えたかのように軽く感じましたが、体中から力が抜けてしまって、その極めて軽く感じる身体さえも支えることができずに、その場にしゃがみこんでしまいました。

 その時、宿営地の入口から、羽の聞きなれた声が響いて来ました。

「あー、もう、待ってー、小冬ー」

 竹姫の声です。しゃがみ込んだまま声の方を振り返った羽が目にしたのは、小ぶりな水瓶を抱える小冬と、同じく小ぶりな水瓶一つを不器用そうに両手で持ちながら、その後ろに続いている竹姫の姿でした。

「あ、羽兄、起きたんだね!」

「良かった、ほんとに良かった。羽、目が覚めたんだね、心配していたんだよ」

 二人は、天幕の傍らでしゃがみ込んでいる羽の姿を目にすると、嬉しそうな声を上げました。すぐにでも、羽に駆け寄ろうとするのですが、それぞれ手には水がいっぱいに入った重い水瓶を持っています。しかたなく、水を貯めている壺の方へと足を進めるのですが、その間も顔だけは羽の方を向いていました。

 手にしていた水瓶の口から水が壺へ落ちていくのをもどかしそうに眺めながら、冬と竹姫は壺を水で満たしました。二人とも、長く眠り込んでいる羽のことをとても心配していたものですから、こうして羽が目を覚まして天幕の外にいるところを目にして、ほっとして嬉しくて仕方なかったのです。

 自分の瓶の水をすべて注ぎ終えると、竹姫は、瓶をその場に転がしたまま、羽の方へ駆け出しました。冬も自分の瓶を空にしてすぐに羽に走り寄ろうとしましたが、こちらはその手を有隣に掴まれてしまいました。

「なにを、するん、むぐっ」

 大好きな羽兄の傍に行きたいのに邪魔をされた冬は、有隣の方を向いて大きな声で文句を言おうとしましたが、今度はその口を有隣の手の平で塞がれてしまいました。

 「むぐむぐっ」

 ばたばたと暴れて抵抗する冬でしたが、有隣の前では生まれたての子羊のように無力でした。久しぶりに目が覚めた羽にじゃれつこうとしていた冬を引きずりながら、有隣は天幕を離れました。日頃から仲の良い竹姫と羽を、二人だけにしてやろうという、有隣の気づかいなのでした。

 冬には可哀そうなのですが、羽は、そもそも有隣のそのような気遣いに気付く余裕もありませんでした。有隣に「竹姫は大丈夫だよ」と聞かされて安心はしたものの、竹姫の声が聞こえたときから、やはりその眼で竹姫の無事を確認したいという思いで心が一杯になってしまい、竹姫の姿しか視界に入らなくなっていたのでした。

 座り込んでいた羽は、急いで飛び起きると、自分からも竹姫に駆け寄りました。

 天幕の傍らで、向き合う、竹姫と羽。それぞれの表情には、相手のことを心配する気持ちと、こうして無事な姿を見ることができた安堵が、表われていました。

「かぐ、いや、竹。大丈夫なのか、身体は」

「う、うん。大丈夫だよ、ありがとう。わたしよりも羽こそ大丈夫なの、三日も寝込んでいたけど」

 竹姫は、羽の勢いに少しびっくりしたような様子を見せながらも、笑顔で答えました。砂漠から帰って来て次の日には目覚めた自分よりも、三日も寝込んでいた羽の方がよっぽど身体が大変であったはず。それなのに、これほどまでに自分のことを心配してくれる羽の気持ちが嬉しかったのです。

 羽は、竹姫の元気な様子を見て安心しました。どうやら、本当に大きな怪我もないようで、自分が目覚めたことを素直に喜んでくれていることが、羽にも伝わってきます。「ん‥‥‥」羽は、心のどこかでわずかな違和感を覚えましたが、それは、竹姫の元気な姿を見た喜びと安心感の前では、鼓草の綿毛ほどの重さも持ち得ず、すぐに心の外へ吹き飛んで行ってしまいました。

「良かった、良かったよ。竹が無事で本当に良かった‥‥‥」

 日頃は大人たちに交じって遊牧の仕事がすることが多くて、子供らしい表情よりも、年齢以上に大人びた表情を見せることが多い羽でしたが、この時ばかりは安堵のあまり、両手を振り回して子供の様に全身で喜びの感情を表すのでした。

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