コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第34話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。砂漠で発生した大砂嵐「ハブブ」に襲われた二人は意識を失いますが、大伴に助けられます。宿営地で目を覚ました羽は竹姫の無事を確認しますが、なんと、竹姫は大事な約束を完全に忘れているのです。淋しさと怒りで羽は竹姫に傷つける言葉を投げつけて走り去りました。その羽と行き会った大伴は、彼に話があると告げて、宿営地からゴビへと誘うのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第34話】

 馬だまりでは、朝の餌を喰いつくした馬たちが、自分たちの近くにぽつぽつと生えている下草を喰いちぎって口さみしさを解消していました。しかし、大伴がいつも騎乗している馬だけは、飼い葉桶に首を突っ込んで、朝食の真っ最中でした。

「すまんな、朝飯はしばらく待ってくれ」

 大伴は、話しかけながら愛馬を引き出すと、その背に鞍と革袋を置きました。その横で自分の愛馬に鞍を置きながら、羽は大伴に尋ねました。大伴の火照った身体や、一頭だけ給仕が終わっていなかった大伴の愛馬の様子から、大伴がどこかへ出かけていたと考えたのです。

「父上、こんな朝早くに、どちらかに行かれていたのですか」

「ああ、少し用があってな。後でお前にも話すが、ちょうど宿営地に戻ってきたところに、お前が目を覚ましていてくれて助かった」

「実は、父上にお聞きしたいことが‥‥‥」

「その話は後だ。まずは馬を出すぞ、それっ」

 少しでも早く自分の疑問を解消したいと話しかける羽でしたが、大伴はその質問を予期していたとでもいうように、羽の言葉を遮って馬に合図を出しました。良く調教された大伴の愛馬は、乗り手の意思を的確に感じ取り、ゴビの大地をゆっくりと走り出しました。馬の動きに合わせて、大伴の身体も上下します。それは、どこにも無理な力が入っていない、まさに人馬一体となった動きでした。

「まずい、このままだと、父上に置いて行かれてしまう」

 大伴に騎乗の技術をたたき込まれた羽も、決して乗馬が不得手というわけではありません。自分の馬に飛び乗ると、大伴の後を追って馬を出しました。

「鞍上でも良い姿勢をとるようになったな」

 大伴は、後ろからついてくる我が子の姿を確かめると、少し速度を上げました。もちろん、羽もそれに合わせて馬を走らせます。二人の後には、巻き上げられたゴビの赤砂が、長くたなびいているのでした。

 

 月の民がゴビで放牧を行う場合は、ゴビの中でも比較的草が多く生えている場所を選び、拠点となる宿営地を立てます。ただ、一つの草地で多くの家畜を養うことはできないことから、一緒に移動をしてきた部族の仲間であっても、放牧をする際には、この宿営地を中心としたかなり広い範囲に分かれて、自分たちの拠点となる天幕を張って放牧を行うことになります。そもそも、一つの拠点から家畜を放つ範囲だけでもかなり広いものになるので、部族全体が放牧を行っているその全体となると、とても一目で見渡すことはできないほどの広さになります。

 主に放牧される羊は臆病な性格であり群れで行動する性質を持つので、多くの場合は、放牧に出されても天幕の近くに広がる草地に留まっていて、遠くゴビの大地に迷い出ることはありません。それでも、稀に迷子となるものも出ますし、また、いつのまにか天幕の近くの草を食べつくしてしまって、群れ全体が天幕から離れてしまうこともあります。そのため、時間ができると、馬に乗って自分たちの家畜の様子を見回るのが、彼らの習慣なのでした。

 大伴たちが立てた宿営地は、讃岐村の民を中心とした貴霜族の遊牧隊の拠点でもあり、大伴たちの他にも複数の家族やその一族が集まって暮らしていました。また、それだけに彼らが連れている家畜も多く、見回る必要のある草地の範囲も広いのでした。

 大伴は、彼らの遊牧地の間を縫って、ゆっくりと馬を走らせました。周囲の家畜の様子、ゴビに点在する草地の様子、そして、天候の変化などを確認しながら進みます。時折、止まって馬を休ませたりもしますが、羽が並びかけて話しかけようとすると、また馬を走らせてしまいます。宿営地を出た当初は何とか大伴に追いついて話をしようとしていた羽でしたが、「今は、まだ、話をする時ではないのだ」大伴がそう背中で語っているように感じたため、見回りの途中からは黙って大伴に従うようになりました。

 二刻ほどゴビを走り回ったでしょうか、いつのまにか、二人は彼等が放牧を行っているゴビ一帯を見渡すことができる高台に上って来ていました。この高台にはまったく草が生えておらず、剥き出しの赤土が吹きっさらしの風で常に舞いあげられていて、特に風が強い時には、草地から見上げると赤い砂煙の中にその姿が半ば消えてしまうこともあるほどでした。

 この高台の真ん中あたりで、ようやく大伴は馬の歩みを止めました。大伴はいかにも慣れた様子で馬から飛び降りると、まだ息を弾ませている愛馬の首筋を軽くなでながら、羽が同じように馬から降りるのを待ちました。どうやら、大伴は、最初からこの場所で羽と話をするつもりだったようでした。

「羽、何度もじらすようなことをして悪かったな。ゆっくりと時間をとって話がしたくてな。それも、ここのような人目につかない場所でな」

「いえ、気にしないでください。たしかに、ここなら人目にはつきにくいですが‥‥‥」

 羽は、大伴の言う「話」とはどのような内容なのか考えをめぐらしながら、周囲を見回しました。

 高台では今日も風が赤土を巻き上げています。もっとも、高台の中にいる彼らからすると、舞い挙げられている赤土は視界を遮るほどのものではなく、周囲から誰かがこちらにやって来ることがあれば、容易に気が付くことができるでしょう。しかし、離れた場所からこちらを遠目に見たとしても、舞い挙げられた赤土を透して大伴たちに気が付くことは難しいと思われます。まさに、この高台は、周囲を警戒しながら内密の話を行うのには、絶好の場所と言えました。

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