コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】 渦

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「ねぇ、見てよ。すごく綺麗でしょう」

 嬉しさが溢れたような彼女の声に促されるまま、僕は望遠鏡を覗き込んだ。碧黒の宇宙空間を背景とした視野の中心には、とても大きな、くっきりと明るい光が、周囲に渦のような手を広げながら座っている。

「それは、M31アンドロメダ座大銀河だよ。日本から見える銀河では最大のものなんだから。あまりに大きすぎて、望遠鏡で見ると全体が入りきらないぐらい。でも、凄いよね、伸ばした渦巻きの手まで、はっきりと見えるでしょう。秋のこの時期は、アンドロメダやスバルなどの、大物の銀河や星団が目白押しなんだから。渦と言えば、ブラックホールもそう。大質量の星が収縮していった結果、とてつもない質量になって周りのものをどんどんと吸い込んでしまう。そこからは光さえも脱出できないので、直接は観測できないほどなんだから。あ、地球上にだって、渦巻きはたくさんあるんだよ。『始めに渦巻きありき』とは古代ギリシャのデモクリトスの言葉だけど、自然界の台風や竜巻、渦潮から始まって、人間の遺伝子に組み込まれた螺旋構造にまで及んじゃう。古代の遺跡から発掘された土器や史跡には、渦巻き模様がいくつも見つかっているし、まさに、渦巻きは命のエネルギーを表しているんだよね。台風と言えば、北半球と南半球では、渦の巻く向きが違うって知ってる? コリオリ力っていうのがあってね‥‥‥」

 どこまでも続きそうな彼女の熱弁に苦笑しながら、僕は望遠鏡の前から離れた。

「確かに、渦はいろんなところにあるんだね。だけど、君は大切なものを忘れているよ。それは、君自身だ」

 僕の言葉に、彼女は柔らかそうな頬を膨らませて見せた。晩秋の夜の空気が、彼女の頬を桃色に染めていた。

「なあに。まさか、わたしがブラックホールみたいに色んなものを吸い込んで、質量が大きいって言いたいの」

「とんでもない。確かに君は一つの渦巻きさ。だけど、君が吸い込んだものは、色々と学んだ知識や経験。日常生活で得た感情の機微。それに、親御さんや友人からもらった愛情や思いやり。それらが、ぎゅと詰まったものが君だよ。だから、君が増やしたものは、重さでなく深みさ。そして、君が発しているのは、引力ではなく魅力。そう、だから、僕はそれに抗えない」

 話しながら、僕は彼女の肩を抱き寄せようとした。だが、彼女は、僕の顔の前に手を差し伸べ、それ以上の接近を拒んだ。そして、いたずらっぽく微笑みながら、僕に囁いた。

「馬鹿ね、ロマンチストさん。貴方は、自分の事には気が付いていないようね。貴方も渦巻きの中心。とてつもない魅力を発しているのだから。そう、わたしもそれに抗えない」

 僕の顔の前に差し伸べられていた手は、僕の首の後ろに回された。そして、近づく彼女。

 二つの渦巻きの中心は、ゆっくりと接近し、軽く接触した。