コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第69話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

 

 

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【第69話】

 それぞれを結びつける縄によって、幾つかの連に分けられている奴隷たちでしたが、その中に、交易隊から遅れがちで、何度も護衛の者に怒鳴りつけられている連がありました。それは、連の一番後ろを歩いている少女が、どうしても皆の歩く速さについていけないために、連全体が遅れてしまっているのでした。

「おい、しっかりしろよっ」

「お前が遅れると俺たちまで怒鳴られるんだよっ」

 同じ連の男たちが、護衛隊の男たちに聞こえないように、小さな声で彼女に文句を言います。下を向きながら懸命に歩いている少女は、その都度文句を投げかけた男の方に顔を向けて頭を下げるのですが、謝りはしませんでした。いいえ、違いました。彼女の喉からは、ゼエゼエと苦しげな息と、ヒューヒューと風が吹き抜けるような音が常に漏れ出ていて、とても、謝りの言葉を発する余裕がなかったのでした。

「はぁ、あ、あ、つい、つい・・・・・・はぁはあ・・・・・・」

 少女は、ぼんやりとした頭を二、三度振って、意識をはっきりさせようと努力をしましたが、自分の足元さえもがゆらゆらと揺れているように感じられて、まっすぐ歩くことさえも困難になって来ていました。

 体格のいい護衛の男と比べると、彼の胸の高さまでの身長しかないこの少女は、まだ十歳になるかならないかの年頃に見えました。月の民のような頭布は巻いておらず、髪の色は西方の地でときおりみられる、ゴビの大地の色に似た赤茶色でした。月の民の者より目鼻立ちはくっきりとしており、元気であればとても美しい少女だと思われました。

 でも、今は、彼女はとても体調が悪いように見えました。彼女の手足の肌が白く見えるのは、西方の人がそうだからではなく、全身に血の気が十分に巡っていないためでした。また、彼女の頬やおでこが桃色に染まっているのは、とても高い熱が彼女を苦しめている表れでした。

 交易隊の先頭の二人が後ろを振り返って心配をしていたのは、この少女のことでした。

 交易隊の一員である雨積は「荷の一つである彼女を、目的地まで無事に届けられるかどうか」と心配をし、そして王柔は・・・・・・。

「雨積さん、僕、ちょっとあの子のことを見てきます。道は、あそこに見える砂岩まで真っすぐですから、お願いします。大丈夫、もう直ぐヤルダンを抜けますよ」

「え、い、いや。おい、王柔さんよ、おいっ」

 王柔は、雨積に先導役を任せると、交易隊の流れに逆らって後ろに走り出しました。すれ違う男たちは怪訝そうな顔をして、王柔が通り過ぎるのを見送りました。ただでさえ大変な行軍なのに、馬に乗って交易隊全体を見回っている隊長や護衛の者ならともかく、徒歩のものが後ろへ向かって走っていくなんて、通常ではありえないことでしたから。

 荷を積んだ駱駝や、交易隊の中心を歩く隊長たちの馬とすれ違いながら、王柔はあの少女の顔を思い浮かべていました。

「大丈夫かな、ここ数日すごく辛そうだったけど・・・・・・。心配だ、心配だ。無事に土光村まで辿り着けるかな・・・・・・」

 奴隷とは、つまり、お金で買われた労働力のことですから、買った者の使い方によって、酷い生活を送るか、あるいは、それなりの生活を送るかどうかが決まります。必ずしも、命をつなぐのにギリギリの環境で酷使されるとは限りません。万が一奴隷が働けなくなってしまっては、使用者としても、せっかく労働力に投資したお金が無駄になってしまうことになり、困ってしまうのですから。とはいえ、やはり、奴隷は奴隷。自分たちの祖先は月から来たと信じ、それを誇りとする月の民は、自分たちと奴隷を明確に区別して考えていました。

 少女は、ヤルダンに入る前から体調を崩していて、ここ数日、どんどんとそれが悪化していたのでしたが、彼女自身の心配をする者など、交易隊には一人もおりませんでした。そこにいたのは、雨積のように「無事に荷を届けられるかどうか」という観点で心配をする者や、交易隊の隊長のように「万が一、荷が欠けるようなことがあった時の、自分の責任」という観点での心配をする者だけでした。

 ある意味、彼らの無関心を利用して、彼女が体調を崩してからずっと、王柔は自分の食料や水をこっそりと分け与え、少しでも彼女が元気になるように気遣っていたのでした。もちろん、それは交易隊の人たちだけでなく、他の奴隷にもばれないようにこっそりと行わなければならなかったので、どうして王柔がそのような好意を寄せてくれるのか戸惑う彼女に何も言わないままで、素早く自分の椀から彼女の椀へ乳酒等を分けてやるぐらいの事しかできなかったのですが。

 

 交易隊の隊長は寒山(カンザン)と呼ばれる、五十代の交易経験の豊富な男でした。彼は、王花の盗賊団がこのヤルダンを管理する以前から交易隊に従事し、様々な場所を旅してきました。その旅においては、盗賊や他民族などの人の世の危険、天候などの自然の危険、そして、精霊や魔物の世界に属する危険の全てを体験してきたのでした。その彼が一番恐れるのは、ここ「ヤルダン」でした。王花の盗賊団が管理をするようになって、人の世の危険は少なくなったものの、何度通行しても「ヤルダン」の空気は彼の首の後ろをチクチクと刺激して止まないのです。「ヤルダン魔鬼城」、彼が若いころ参加していた交易隊の者は、この地をそう呼んで恐れていました。今回、通行する「ヤルダン」の雰囲気は、彼が若いころに感じたそれと、非常によく似ているようなのでした。「どこがどう」とは、彼にもうまく言えないのですが・・・・・・。

「一刻も早くここを抜けたいものだ・・・・・・」

 豊かな髭をなでながら、寒山はぽつりとつぶやきました。

 その時、油断なく馬上から辺りに警戒の視線を送る寒山の脇を、交易隊の流れに逆らうようにして、王柔が走り抜けていきました。

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