コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第75話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

 

 

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【第75話】

「どういうことですか・・・・・・」

 全く予想もしていなかった寒山の行動に、王柔は大きく戸惑いました。先程まで寒山は、少女を休ませてやってほしいという王柔の願いを、考慮するそぶりすら見せていませんでした。その寒山が、どうして彼女を連から解き放つような行動を起こしたのでしょうか。

 説明を求めるように自分の顔を見つめている王柔には何の注意も払わずに、寒山は少女から切り離した奴隷たちや周りの交易隊の者に向って、大きな声を発しました。

「風粟の病だ。この女は風粟の病に罹っている。病に罹ったことのない者は速やかに離れろ!」

 寒山の言葉を聞いた者たちの顔には、意外な言葉を聞いたとでも言うかのように、一様にぽかんとした表情が現われました。そして直ぐに次の表情が現われました。それは驚きの表情と何かを思い出そうとする表情でした。その後、彼らは大きく二つに分かれました。心からの安堵の表情を見せた者と、心から怯えた表情を見せた者の二つにです。

「よかった、俺はガキのころあの病に罹ったことがあるんだ」

「ええっ。あの病だって? 冗談じゃない、俺は罹ったことがないんだ、こらっ、もっとあの子から離れるんだ、おいっ歩いてくれ、お前が止まっていると、同じ連の俺も動けないじゃないかっ」

「俺は罹ったことがあるが、あの時は死ぬかと思ったぜ、お前は?」

「いや、俺はないんだよ。おい、ちょっとここを離れるから、しばらく駱駝の面倒を見てくれるか」

「ああ、おい、まずは少し離れようぜ」

 奴隷も交易隊員も、自分たちの事やお互いの事を話し合いながら、少しずつ、あるいは、あわてて、寒山たちから距離を取り始めました。

 そのため、わずかな時が過ぎたあとには、奴隷の少女の周りには、寒山と王柔のみが残されることとなりました。

「風粟の病? 風粟の病と隊長殿は言ったのか?」

 もちろん、寒山が皆に投げた言葉は、王柔にも届いていました。風粟の病、その言葉は、王柔にとっては惨劇を思い起こさせる魔の言葉でした。そして、多くの奴隷や交易隊員にとっても、それは恐怖の言葉でありました。彼らが急いでこの場を離れてしまったのも、あながち、病気が伝染することを恐れてのことだけではありませんでした。その言葉は、月の民を始めとする遊牧民族にとっては、口にするたびに恐ろしい死の世界が目に浮かんでくる程の恐怖の象徴であって、寒山が風粟の病に罹っていると話した奴隷の少女からできるだけ離れていたいと、誰もが心の底から動かされたのでした。

 気の弱い王柔のことですから、これが彼女のことでなければ、真偽のいずれかを確かめる前に、「その恐れがある」というだけで、その場所から離れていたことでしょう。でも、今はそのような気持ちは起きませんでした。それよりも、寒山が言ったことが本当なのか、確かめずにはいられないのでした。

 風粟の病? あの、自分の部族を壊滅に追い込んだあの病に彼女が罹っているのだと?

「いま、何とおっしゃったのですか。隊長殿、彼女が、あの病に罹っているというのは本当なのですか?」

 寒山は、今初めて気づいたとでも言うかのように、王柔の方に注意を向けました。

「ああ、間違いない。ところで、お主は良いのか? わしはこのとおり、あの病は経験しているが」

 そう言いながら、豊かなあごひげを持ち上げた寒山の喉元には、幾つかの痘痕(あばた)が見られました。これは、風粟の病に罹った者に見られる病の痕跡なのでした。風粟の病は、風のように広がり、これに罹ったものは高い確率で命を落とす恐ろしい病でしたが、一度罹って回復した者は二度と罹らないという、不思議な特徴を持っていました。それゆえに、この病のことを「悪霊の確認」と呼び、この病の痕跡のことを「確認済みの印」と呼ぶ者もあるのでした。

 王柔も、あの惨劇の際にこの病気に罹りはしましたが、幸い回復をしていました。その時の痘痕(あばた)が、彼の場合は後ろ髪の下に残っていました。髪を持ち上げてそれを寒山に示しながら、王柔は彼女の方へ近づこうとしました。

「僕はこのとおり、あの病を経験していますから大丈夫です。隊長殿、この子のどこに、あの病の兆候があるというのですか」

「わからんか、その奴隷の顔に、ほら」

「顔に・・・・・・、ああっいつの間に・・・・・・」

 下を向いて荒い息をしている彼女の顔を確認しようと、王柔は彼女の横にしゃがみ込みました。彼の目に映ったのは、彼女の頬や額に現れている、あの病の兆候でした。ああ、忌まわしい赤い発疹が、悪霊の確認の標が、彼女の顔中に現れているのでした。

「そんな、気が付かなかった・・・・・・」

 風粟の病は、発熱などの兆候が出たあと、一度症状は治まります。そして、その後に再び、身体の中で悪霊が動き出すのです。この者が生きるに値するのかどうかの確認をするのです。その確認に対する身体の反応が、赤い発疹となって皮膚に現れ、ときにはそれが水疱となり、酷い時には膿を貯めるほどにまで悪化するのでした。この赤い発疹が現われると同時に、再度高い熱や呼吸器の不全などの症状が出始めます。この最もつらい症状が数日間続いた後、悪霊が認めた者は快方に向かうのですが、それでも、身体の一部には発疹や水疱の後が残るのでした。それが、確認済の印と言われる痘痕(あばた)でした。一方で、悪霊が認めなかった者や、その確認に身体が耐えられなかった者は・・・・・・。

「おい、大丈夫か、理亜。しっかりしろ、死ぬんじゃないぞ!」

 王柔は、寒山の前であることも忘れたのか、奴隷の少女の肩を抱き、混濁している彼女の意識に伝わるようにと、願いを込めて叫びました。

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