コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【短編小説】 駅前広場のスケッチ

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 金曜日の夜

 太陽が今日の仕事を終えてから、もう数時間は経っていた

 いま停電でも起きれば、周りのものはとっぷりと闇の中に溶け込んでしまうだろう

 立派な夜だ

 

  駅前に造られた小さな円形の広場

 ぼくは今日の仕事を終えてから、そこでぼんやりと彼女を待っていた

 背中には、大きな時計を支えている鉄柱の冷たさが感じられた

 ごめんね

 もう少しだけ、ぼくのささやかな重さも支えてくれるかな

 

 駅に向かう人たち

 駅から出てくる人たち

 多くの人たちが、広場を通り過ぎた

 足早に、ぼくの目の前を通り過ぎた

 

 ヘッドフォンにスマートフォン、完全装備で視線を落としながら歩く女の子

 電車に乗り遅れそうなのか、小走りで駅に向かうおばさん

 うっすらと赤い顔をして、新聞を片手に自宅へ向かうおじさん

 数人で話をしながら、一塊になって改札を抜けてきた学生さん

 

 通り過ぎた

 みんな、ぼくの前を通り過ぎた

 

 ぼくは、視線を空へ向けた

 天まで届けとばかりにその高さを競い合うビルたち

 その中に造られたこの駅と広場は

 大きなガラスコップをすとんと置いたように、込み合った空間を丸く切り取っていた

 そして、その底からぼくが見上げた見た夜空には

 黒灰色の雲が、コップに蓋をするように広がっていた

 

 カツ、カツ、カツ

 硬いヒールが立てる音が、ぼくの耳に届いた

 ザッ、ザッ、ザッ

 運動靴が地面を蹴る音が、ぼくの耳に届いた

 

 みんなが歩いていた

 息を吐きながら、みんなが歩いていた

 炭酸を吐きながら、みんなが歩いていた

 

 ああ、そうだ

 あることを思いついて、僕は力いっぱい、ぎゅっと目を閉じた

 次に、その目を勢いよく開いた

 するとどうだろう

 ぼくの視界はキラキラと輝く泡で満たされたんだ

 ビル灯りを反射しながら

 コップの底から夜空へとのぼっていく

 炭酸の泡で満たされたんだ

 

 その泡の流れの中に、上へ上へと浮かんでいくかたまりがあった

 明るいかたまりが

 黒いかたまりが

 光り輝くかたまりが

 身体に浮き輪のように泡をくっつけていた

 それは、その浮き輪の浮力によって

 コップの底から夜空へ向かって、浮かび上がっていくようだった

 

 たくさんの泡

 ああ、たくさんの泡だ

 まるで、コップに注いだ炭酸水が立てるような

 たくさんの泡だ

 もしも、ぼくが巨人だったとして

 このコップをひょいと持ち上げて飲み干したとしたら

 いったいどんな味がするんだろうか

 

 

「わわっ!」

 急に肩を叩かれたぼくは、思わず大きな声をあげてしまった

「なあに、そんなにびっくりしちゃって。はぁ、ごめんね、遅れちゃって。ずいぶん待たせちゃったでしょう? はぁはぁ」

 ぼくの肩を叩いたのは、待ち人だった。

「ううん、いいよ。退屈じゃなかったし」

「うーん、そう? はぁ、それなら良かったけど」

 約束に遅れた彼女は、おそらく走ってきたのだろう。そういう人だ

 息を切らせていた

 炭酸を吐いていた

「うん、本当だよ。さあ、行こうか。今日は、ちょっと歩こうよ」

 僕は彼女の手を握ると、広場を横切るようにして、ゆっくりと歩きだした

 そう、今日はなんだか歩きたい気分なんだ

 炭酸を吐いてね

 そうしたらきっと、僕たちの楽しい気持ちが

 炭酸の泡をまとって、明るく輝きながら夜空に上がっていって

 それこそ、神様に届きさえする

 そんな気がするんだ