コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【小説】標本採集調査

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『系統番号△△-△△-△△ 標本番号 〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇』

 オオセンザンコウ 
【概略】体長75-85㎝、尻尾65-80㎝、体重25-33㎏。全身は腹面と四肢の内側を除いて、体毛が変化した角質の鱗で覆われている。全体の姿は、既に標本採取が終了したアルマジロに似ていて、松ぼっくり状である。

 

『系統番号△△-△△-△△ 標本番号 〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇』

 ロードハウナナフシ 
【概略】体長15㎝、体重25gの昆虫。大型で赤色。雄と雌がある種のつがい状態を形成するという特徴を持つ。

 

『系統番号△△-△△-△△ 標本番号 〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇』

 氷河が割れる音 
【概略】何千万年も前から存在している氷河は、その内部に当時の空気をそのまま取り込んでいる。氷河が割れた瞬間、何千年の時を超えて二つの空気が混じり合い、歓喜の声を上げる。ペレト・モレノ氷河で採取した当該標本は、音声(空気振動)データと空気組成分析データから成るもので、約四千万年の時を超えた、大気の出会いの歓声である。

 

『系統番号△△-△△-△△ 標本番号 〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇』

 アングロキャニオン 
【概略】砂岩が風水により侵食を受けて形成された渓谷で、何百万年にも及ぶ地層が見事な縞模様を形作っている。その隙間から差し込む太陽の光は「天使が隠れるカーテン」と呼ばれ、現地住民の信仰の対象となっている。

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 この地球には、まだまだ、未知の驚きと喜びが隠されている。

         標本調査員 クラースヌイ・アスミノーク

  

 

 目の前の空間に表示された報告書を、ビエールイ・カリマールは渋い顔で見つめていた。彼の三角形の頭部についているヒレが、小刻みにブルブルと震えていて、まるで、心の内にたまっている不満を、少しでも空中に拡散して減らそうと努力しているようだった。

 カリマールがいるのは、彼ら標本調査隊が使用している宇宙船の中の一室で、彼が腰かけている椅子と目の前にある机の他は何もない、無駄なものが極限にまで排除された部屋だった。

 もちろん、椅子や机にしても、カリマールの報告書確認作業のために、床が形を変えたものであり、必要が無くなれば元の床に戻るのだった。彼ら、銀河系中心部の住人は、無駄なことを嫌い、合理的な思考を貴ぶ者たちだった。

「失礼いたします、アスミノーク、入ります」

 カリマールのいる部屋の外から声が掛けられると、壁の一部が開いて、来客を招き入れた。

 その空間からするすると部屋の中に入ってきたのは、赤い色をした球形の頭胴部と八本の肢をもつ人物、アスミノークであった。彼はカリマールの部下であり、この報告書をまとめた人物であった。

「お呼びでしょうか、閣下」

 アスミノークは、カリマールの前で、二本の肢で身体を支えて直立すると、残り六本の肢を背面に隠した。

 彼らの間では、肢の数こそが格を表す指標であり、目上の者の前ではできる限り肢を隠すのが礼儀なのだ。

「アスミノーク君、君の報告書を見させてもらったのだがね。いつもながら、詳細で合理的なデータを採取した、見事な報告書だった」

「ありがとうございます、閣下」

 カリマールは、アスミノークにちらりと目を配ると、また報告書に注意を戻して話を続けた。

「しかし、だ。そろそろ、必要な標本は採取できたのではないだろうか。君も知っての通り、我々が行っているのは、工事予定場所に失ってはならない大事なものが存在しないかどうかを調べる、一昔前の環境アセスメントではない。工事予定場所に存在する貴重なものの標本やデータを持ち帰って保存し、必要なときに再現が可能なようにする標本採取調査だ。それは、わかっているね」

「もちろんです、閣下」

「よろしい。つまり、すべての生物・事象の標本採取は不可能だ。あくまでも、合理的な範囲にそれを留める必要がある。既に工事が行われることは確定している。この星系一帯をマイクロブラックホールで更地にして、ワープアウトレーンを整備するのだ。君の素晴らしい調査で、この星の価値あるもの生体標本や、ゲノム情報、自然現象の発生データや記録データなどは、充分採取できたと思うのだが、どうだろうね」

 アスミノークは、上位者であるカリマールの高い評価に、もともと赤い顔をさらに赤らめた。

 標本調査隊とは言うものの、宇宙船の運行や彼らの生命維持にかかる雑務等はAIが行っていて、隊員としては、隊長として総括的な判断を行う十本肢のカリマールと、船外調査などを行う八本肢のアスミノークの二名しかいない。
 それでも、彼らの間には、絶対的な上下関係が存在していたのだった。彼らが、自分たちを同じ価値の存在と感じることはないのだ。それぞれが、同じ数の肢を持つようになるまでは。

「閣下のお考え、至極ごもっともと存じます。しかし、愚かなる私には、ある生き物について、調査を終えて良いかどうか、判断がつきかねるのです」

「君の言う生き物とは、これ、かね」

「左様でございます、閣下」

 カリマールが、表示させた箇所は、報告書のかなり先の方だった。

 その部分には、「ヒト」と呼ばれる生物の特徴と彼らの所業の標本、ゲノム、そして、データが記載されていた。

「彼らは、自分たちを知的生命体と呼び、文化を創り出していると主張しています。私の行った調査でも、確かに、生き物全般に見られるような自らの遺伝子を伝えるための活動の標本だけではなく、まったく自分の利益を度外視した行動、無償の愛としか呼びようのない行動の標本も得られました。また、文化的活動として、絵、音楽、文学などの様々な創作物の標本も入手いたしました」

「なるほど、それが、これというわけだ」

 カリマールが、報告書のある個所を肢で触ると、標本として採取された音楽データが再生され、部屋全体に響き渡った。

「おっしゃる通りでございます。私が愚考いたしますのは、銀河中央憲法で規定される知的生命体の基本的人権のことでございます。文化を構築できるだけの知性を持つ生命体は、その人権を認められ、それは何者にも侵されることがない、と定められております故」

 アスミノークの言わんとするところは、カリマールにもよく理解できた。もし、ヒトが知的生命体として認められれば、彼らの存在を消去するような工事を行うことはできない。

 知的生命体でなければ、標本調査で生体やゲノムを採集すれば足りるし、文化的活動でなければ、絵や音楽なども標本やデータを採取すれば問題がないのだが・・・・・・。

 ああ、そうだ。

 カリマールのヒレが大きく広げられた。さらに彼の十本の肢が頭胴部を中心として大きく広げられた。それらは、興奮のあまり、目まぐるしく青や白に色を変えていて、あたかも、アスミノークの目の前に、小さな星が現われたかのようだった。

「アスミノーク君」

「はい、閣下」

「君の報告のこの部分が非常に大事だと、私は思ったのだが」

 カリマールが指し示したのは、ヒトに関する報告の後半部分だった。

 そこには、彼等の特徴として、自らの生存に関わる理由によらず殺戮を行うこと、文化的活動と称するものへの積極的な破壊行為などが記されており、地球から生命を一掃するだけに足る兵器の標本や、銃弾により傷つけられた彫像のデータなどが、資料として添えられていた。

 これらの報告の中でも、カリマールの注意を特に引いたのは、次の一節だった。

「彼らは、環境の悪化を自覚しているにもかかわらず、これを放置、あるいは、無視している」

 この一節には、標本資料として、砂漠化の進行データや平均気温の変化を示すデータ、そして、この環境の悪化に対して彼らが行っている対処が、添付されていた。もっとも、行われている対処の欄には、カリマールの目を引くような有意のものは、記載されていなかったのだが。

「君の報告書によると、彼らは、自分たちの棲む世界の環境を、自分たちが悪化させていることを理解しているね。しかし、それを意識して放置、あるいは、無視しているようだ。これは銀河中央憲法施行規則で規定される、消極的集団自殺に当たるのではないかね」

 銀河中央憲法施行規則では、集団自殺とは、増え過ぎた生物にときおり見られるものとされていた。
 それには、集団で川に飛び込み自殺するなどの積極的なものと、絶滅の危機があると理解しておきながらこれを放置する消極的なものがあるとされ、いずれも、ある特定の生物が増え過ぎた結果、周囲の環境全体に決定的な悪影響が生じないようにする、一種の安全装置とされていた。

「この現象が起きるのは、知的生命体に進化する以前の生命体に限られている。ほら、施行規則のここで書かれているだろう」

 カリマールは、広げていた肢をたたむと机の一部を操作して、報告書とは別の書類を空間に出現させた。

 銀河中央憲法施行令とその施行規則だ。

 施行令には「知的生命体には、次のものを含まない。集団自殺を行うもの」との規定があり、施行規則では「集団自殺とは・・・・・・」と、その詳しい取り決めがなされていた。消極的集団自殺は、施行規則で定められる集団自殺の一つだった。

「さて、ここからは、私の一人言になるのだがね。我々の調査もずいぶんと長くかかっていて、このままでは合理的とみなされる範囲を、超えてしまう恐れがあるのではないかと、心配しているのだ。また、この辺境の地は何かと興味深いものが多いとはいえ、私にも君にも、増えた知識を生かす場が必要だろう。それに、この調査で、君の素晴らしい能力は充分に理解できたつもりだ。本国に帰還した際には、君には十本肢となるだけの十分な能力が備わっていると、上申するつもりだよ」

 カリマールの声は、とても穏やかで、かつ、柔らかなものであったが、アスミノークには、粘性の液体で周囲を満たされていくような、不思議な印象を与えるものであった。

 しかし、それは決して、アスミノークにとって、不快なものではなかった。

 なに、周りが何かで充填されて身動きが取れなくなれば、全身の力を抜いてそれに身を預けてしまえばいい。そうすれば、楽になれるし、それに抗うというのは非合理的というものだ。なにより、いま自分の周囲を満たしているこの声は、こんなにも温かではないか・・・・・・。

 さらに続けられたカリマールの言葉は、彼にとって決定的な言葉だった。

「それに、だ。アスミノーク君。何と言っても、彼らは、四本肢だからね」

 

 

 カリマールが報告書の末尾を「調査完了」と訂正した「太陽系に関する標本調査報告書」を本国へ送信したあとで、宇宙船はその調査活動拠点としていた地球の一角から、本国へ向けて飛び去った。そこは「ヒト」がナスカと呼ぶ場所だった。

 標本調査が完了した以上、工事をこれ以上遅らせる必要はなくなった。後は、この星系の中心である太陽に、マイクロブラックホールをぶつけて更地にするだけだった。

 もっとも、帰国する標本調査隊員に感傷というものはなかった。調査で得た知識は今後の活動に生かすが、後ろを振り返って感情を動かしても、得るものはない。それが、彼らの考える合理性というものだったのだ。

 

 


 

 やがて。

 銀河系中央方面から、太陽系に向って、一つの物体が放たれた。

 それは太陽に近づくにつれて、彗星のように長い帯を引くようになったが、あまりにも速い移動速度から、地上から眺めると、まるで流れ星のように見えた。

 

 

 それは、日本では盛夏の夜に当たった。

 夏祭りの会場では、様々な夜店が軒を連ねていて、とても賑わっていた。

 人々は上気した頬を夜風で冷やしながら、月星を眺めたり、友人と語らったりして、思い思いに楽しい時間を過ごしていた。

「ねぇねぇ、何買ったの? あたしはイカ焼きー」

「わたしは、タコ焼きを買ったよ。一つ食べる?」

「わぉ、ありがとー。あ、ほら、見て、すごい流れ星だよっ。あんなの、初めて見た」

「ほんとだ、お願い事お願い事、えーとえーと、これからもみんなと楽しく過ごせますように!!」

「あたしも! これからも、こうやって、みんなと楽しく過ごせますように!!」

 

 

 そして、その時は訪れた。

 

                                 <了>