コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第120話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第120話】 

 

 まるで生きているかのように動いている奇岩たちですが、それらには、感情というものはないのでしょうか。

 自分たちに向って放たれた矢に対して、わずかに顔を向けたものの、全く慌てた様子は見せません。それどころか、それを避けようという素振りさえも、見せないのです。

 バシィッ!

 ある矢は、奇岩の前足を弾き飛ばしました。恐ろしい勢いで突進していたそのサバクオオカミは、体勢を崩すと、ドゥッっと大きな音を立てて、横倒しになりました。

 これが生きたサバクオオカミの群であれば、そのすぐ後に続いていた個体は驚いて飛び退ったりするものですが、サバクオオカミの奇岩は違いました。目とおぼしき窪みを護衛隊の方へ向けたまま、倒れた仲間を踏みつぶしながら、前進を続けるのです。

 そして、倒れたサバクオオカミの像はといえば、自分を踏みつける仲間の足の下でも、砕けて砂に還るまで身体を動かし続けるのでした。

 ドス、ドスッ!

 続けざまに矢が胴体に突き刺さった奇岩がありました。

 でも、その奇岩は痛がる様子など全く見せずに、前へ進み続けます。その像がようやく動きを止めたのは、その次の矢で頭を砕かれた時だったのでした。

 サバクオオカミの群は、砕けた仲間を砂煙として巻き上げながら、自分たちに向って矢を放ってきた護衛隊の方へと、左右に分かれて向って来ました。

 その一体一体は、みな異なった形をしています。まぁるい顔をしたものもあれば、尖った顔をしたものもあります。一つとして同じ形のものはありません。遠くから見ればサバクオオカミのように見えたそれは、近くで見れば、子供が土を捏ねて作ったような、武骨で無機質な岩の塊なのでした。

 しかし、その岩の塊は、唸ることもなく、息を吐くこともなく、ただ、かみ砕くためだけに大きく口を開けて彼らを襲おうとしている、悪意ある岩の塊なのでした。

 サバクオオカミの生気のない無表情でいびつな顔は、護衛隊の者たちに、「自分たちが戦っている相手は、月に還ることができずに永遠に地上を彷徨うこととなった悪霊たちだ。彼らがその奇岩に乗り移って、自分たちの命とぬくもりを奪おうと襲ってきているのだ」と、感じさせるのでした。

「・・・・・・なんだ、あいつら・・・・・・」

 もとより、岩が走って襲ってくるなど、この世の理から外れたことです。どのような異常なことが起きても、不思議ではないのです。

 あらかじめヤルダンに起きていることを知らされていたにもかかわらず、実際に自分たちの目でこの生死すら超越した奇妙な状況を見て、その声なき恫喝を心で聞いた護衛隊の各員は、心を痺れさせずにはいられないのでした。

 

 それは、ほんの少しの時間であったのかも知れません。でも、その時間、あまりに常軌を逸した異常な光景と、経験したことのない恐怖が、彼等の心を麻痺させた時間は、確かにあったのでした。

「うわっつ!」

 護衛隊の一人は大きな声を上げました。いつの間にか、群から抜け出して先行していたサバクオオカミの一体が、すぐ目の前まで来ているではありませんか!

 その大声を上げた男に向かって、走ってきた奇岩は勢いよく飛び掛かりました!

 それは、野生のサバクオオカミさながらの、躍動感のある高い跳躍でした!!

「ああああっつつ!!」

 男には矢を放つ間も、短剣を抜く間もありませんでした。ただ、彼にできたことは、恐ろしさのあまり動かすことのできない体の中で、唯一動いた箇所である自分の口を大きく開いて、掠れた声を上げることだけでした。

 

 ヅォッ、ドウウウン・・・・・・。

 

 大きな音を立てて、塊がゴビの赤土の上に転がりました。

 それには、胴体に大きな穴が開いていました。

「あああ、ああ、ああ・・・・・・」

「おい、大丈夫か、しっかりしろ、近塩(キンエン)!」

 転がっていたのは、大きく飛び跳ねて近塩に襲い掛かろうとしていた、サバクオオカミの奇岩でした。そして、その胴を矢で射抜いたのは、護衛隊の徒歩の者を引き連れてこの場に突入してきた、冒頓だったのでした。

「おいっ、目を大きくあけて、しっかりと見やがれ! お前らの放った矢は効いてるぞ! 相手は不死のバケモンじゃねぇ。射れば崩れ、斬れば倒れる。獣と同じだぜっ!」

 ドーン、ドーン、ドーン!!

 冒頓のすぐ後ろで彼の影のように付き従っていた苑が鳴らす銅鑼の音ともに、痺れて麻痺した護衛隊の男たちの心を、冒頓の檄が叩き起こしました。

「おおおう、そうだっ」

「隊長の言うとおりだ、矢が当たった奴らは崩れて倒れているじゃねぇか」

 護衛隊の者たちの上に覆いかぶさっていた、冷たくて重苦しい呪いは、冒頓の言葉で払われました。

「よいしょ、いつもの通りやるかっ!!」

 左右に分かれていた騎馬の者たちは、一斉に馬首を返して、その場を離れ出しました。

 月の民を含めたこの辺りでは、馬に鞍をつけることは行われていたものの、まだ、「鐙」は発明されていませんでした。

 そのため、どうしても、乱戦になると、落馬の恐れが出てきてしまいますから、矢を放って役割を果たした護衛隊の者たちは、速やかに戦場を離れることにしていたのでした。もちろん、それを追ってくるものがあれば、馬上で後ろに向き射かける「背面騎射」で倒す心づもりでした。

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