コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【小説】感謝の泡沫が地を埋め尽くす ~こころにパフュームをⅡ

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 七海、お元気ですか。

 村ではもう雪が降ったでしょうか。東京も雪こそ降らないものの、すっかり寒くなりました。

 今日は学校のお友達からとても面白いお話を聞いたので、お手紙を書きました。七海には「電話でもいいじゃん」って言われそうですけど、せっかくなので。だってほら、電話だとすぐに横道にそれちゃいそうでしょう? きちんとまとまった「お話し」として伝えたかったの。今はそんな気分なのです。

 それは、わたしが学校の芝生の上に座って、新しい香水のイメージをぼんやりと膨らませていた時に、横に座っていた友達が語ってくれたお話しです。

「さくらちゃんも、芝生をちぎって感謝しているんだね」っていうのが、そのお話のきっかけなのです。

 何のことだか、さっぱりわからないでしょう?

 確かに、無意識のうちにわたしは芝生をちぎっては投げしていたみたいだから、その事を言っているのだとは思うのですけど。不思議そうな顔をしていたわたしに、「ああ、それはこういうお話があるの」って話してくれたのです・・・・・・。

 

 

 昔々のその昔のことです。

「お願いがあります。わたしを埋めてください」

 彼は、自分の前に並んでいる男と女に、落ち着いた口調でそう言いました。

 緩やかな衣を身に着けている彼は、とても年を取った男でした。一方で、その前に立っている男と女は、彼とは全く正反対でした。深い皴が刻まれ乾いた肌をしている年老いた彼とは違って、その二人は張りのあるみずみずしい肌を持っていましたし、なにより、その肌を全く隠すことなくそこに立っていました。

 つまり、二人は裸のまま、でも、全く恥ずかしがる素振りを見せずに、彼の前に立っていたのでした。

 実は、彼と若い男女は、姿かたちこそ似ているけれど、全く違う生き物だったのです。

 彼は、何処かの星からこの星にやってきた一族の最後の一人。そして、男と女は、彼が自らの姿に似せて創った動物だったのでした。

 なぜ彼は男と女を創り、そして、こんなお願いごとをしたのか、ですって?

 それは、彼は淋しかったからなのです。

 

 

 彼の一族は他の星から来た者を祖としていましたが、新しく子が生まれることがとても少なくて、長い時を経る中でその数がだんだんと少なくなっていました。彼が生まれたときには、とうとう彼の一族は、彼の両親を残すのみになっていました。この広い星の上で、彼の両親と彼、その三人だけが、ポツンと取り残されていたんだそうです。

 彼の一族がこの星を訪れた始めの頃は、彼らの他には色とりどりの花々やすっくと立つ木々しかなかったんだそうです。つまり、植物しかいなかったってことです。

 植物は生きるために必要な恵みを与えてくれるし、目を楽しませてもくれる。だけど、友達として一緒に遊んだりおしゃべりをしたりすることはできない。

 鳥や虫や動物がいないので、彼らが交わす話し声の他には、木々の間を風が吹き抜ける音ぐらいしか存在しない世界。それはどんなにか静かな世界だったんでしょうね。

 その静かな世界の中で少しずつ仲間の数が減っていくことをとても淋しく思った彼らの一族は、自分たちの友達、話し相手として、様々な動物を創り出しました。それだけの技術を持っていたんですね。

 でもね、彼らが生み出した動物たちは友達にはなれても、話し相手にはなれなかったんです。彼らはとても優れた技術を持っていたのですけど、話すことがことができる動物、声を出すことができる動物を生み出すことは、どうしてもできなかったんです。

 さらに悲しいことに、せっかく仲良くなったとしても、その友達たちとは、すぐに別れなくてはならなかったんです。彼らはとても長寿の生き物で、その星の公転周期から考えれば数えることができないほど長い年数を生きる事が出来たんですけど、彼らが生み出した動物たちの寿命はあまりに短くて、何年かすると彼らを置いて死んでしまうんです。

 仲良くなった動物たちの亡骸を土に埋めることを何度も何度も体験した彼らは、とうとう諦めてしまいました。自分たちと共に時間を過ごしてくれる友達、話し相手を得ることを。何度も何度も友達を見送って、これ以上悲しい思いをすることが嫌になってしまったんです。

 その頃には、世界中にたくさんの種類の動物たちが息づいていましたが、それらとは一切のかかわりを絶って、自分たちだけで暮らすようになったんだそうです。

 そのようになってから、さらに長い長い時間が経ちました。

 世界では、色々な動物が産まれ、生き、そして、死んでいきました。

 やがて、時間が止まったような生活をしていた彼らのところにも、変化が訪れて戸を叩いたのでした。それが携えていたのは、悲しみと孤独でした。そう、長寿とは言っても彼らも生き物、最後に残った家族のうち、彼の両親のところに死という変化が訪れたのでした。

 亡くなった両親を土に埋めた彼は、とうとう独りになってしまいました。だけど、彼はそのままで、ずっと独りで時を過ごしました。何年も、何十年も。いいえ、何百年も、何千年もです。その間、彼は淋しさを感じることはなかったそうです。

 だけど、とうとう、自分にも老いという変化が表れ始めたことを感じたとき、彼は気がついたのでした。

 自分が死んだときに埋めてくれる人がいないんだってことに。自分を父や母が眠る土中に埋めてくれる人がいないってことに。

 今まで独りで過ごしてきたときには感じなかった淋しさが、自分の最期を看取ってくれる人がいないこと、そして、永遠に父母と一緒になれないということに気がついた途端に、彼に襲い掛かってきたのでした。

 そこで彼は、新しい動物を創ることにしました。

 自分を埋めてもらえるように、自分と同じ姿をして道具を使うことができる動物を。

 自分を埋めてもらえるように、自分の指示を理解するだけの知能を持った動物を。

 それに加えて、それだけの知能を持った動物が、今度は彼らの終わりの時に淋しい思いをしなくてもいいように、子孫を増やせるように男と女の対として、それを創ったのでした。

 

 

「お願いがあります。わたしを埋めてください。わたしが死んだら、あの父と母の墓の隣に、わたしを埋めてください」

 彼が、自分が創りだした男と女にそう頼んだときには、もう彼の寿命は尽きようとしていました。

 これまでに彼ら一族が創り出してきた動物たちと同じように、その男と女も言葉を話すことはありませんでしたし、その裸の姿を恥ずかしがるような高い知能も持っていませんでした。でも、柔和な表情をしたその二人は、彼が何を頼んでいるのかは理解してくれたようで、彼に対してしっかりとうなずいてくれたのでした。

 気にかかっていたことが解消できて、よっぽど安心したのでしょうか。それとも、これ以上独りでいるのは耐え難くて、少しでも早く父母と一緒になりたかったのでしょうか。それからほどなくして、彼は亡くなってしまいました。

 もちろん、男と女は、彼の頼みを忘れることはありませんでした。彼の亡骸を大切に運んで、彼の父母の墓の隣に埋めてあげたのでした。ざくざくざくっと、道具で穴を掘って。ざぁっざぁっと、土をかけて。

 それが終わると。あれ、それが終わると?

 男と女は顔を見合わせました。だって、彼らはこのためだけに創られたのです。そして、これ以降のお願いや指示は、彼から与えられてはいなかったのですもの。

「仕事が終わったんだから、自分たちのやりたいことを自由にすればいいじゃん」って、七海なら言うのでしょうね。でも、彼らはそこまでの知能を持った動物としては作られていなかったんです。

 所在無げにぼうっと立ち尽くしていた男と女の足元を、チラチラッと小さな影が横切りました。それは、ドングリを一つ両手で抱えたリスでした。リスは彼が埋められた墓の上まで走ると、そこにぽんっとドングリを落として、走り去りました。

 次に現れたのは、一羽の小鳥でした。真っ赤な花をくちばしに咥えたその小鳥は、墓の前にその花をささげる様に落とすと、林の中へ飛び去って行きました。

 今度は、空に小さな点が現われたかと思うと、見る見るうちにそれが急降下してきて、何かを彼の墓土の上にパンっと落下させると、また青空の中へ戻っていきました。

 一体それは何だったと思いますか、七海。なんと、海鳥が魚を持ってきたのです。

 ザァっと強い風が吹き抜けたかと思うと、彼の墓の周り一面は花びらで飾り付けられました。

 空が急に曇ったかと思うと、強い雨が打ち付けました。その雨は直ぐに止んで、雲の隙間から、一条の鮮やかな光が差し込みました。もちろん、そうですよ、彼の墓のところにです。

 そして、その光を目印にしたのか、たくさんの動物たちが、次々に彼の墓のところへやって来るようになったのでした。多くの動物は彼に捧げるものを持ってきていましたし、そうでない動物は彼の墓に土をかけることで自分の心を表すのでした。ええ、自分の心です。彼ら動物たちは、忘れてはいなかったんです。自分たちが彼らに命を与えられたことを。彼らの友達として作られたことを。だから、彼ら一族が最後を迎えたこの時に、そのことへの感謝を表したかったのです。

 たくさんたくさんの動物がやってきました。感謝の光が溢れ、惜別の雨が降り、そして、葬送の風が吹きました。

 その間、男と女は、ずっと彼の墓の側にいました。

 男と女には、この後にすべきこともなかったですし、また、ここにいたいと感じていたのでした。男と女には、高い知能こそなかったのですが、「自分たちがここにいれば、彼も淋しくないだろう」と感じていたのでした。

 

 

 そこに、変化が訪れました。

 彼の墓土から新緑の芽がぴょこっと顔を出したかと思うと、それは見る見るうちに背を伸ばし、若木となり、枝葉を広げ、見事な大樹となったのでした。

 突然に訪れた大きな変化に驚きを隠せない男と女の前に、するすると枝が伸びてきて白い小さな花を咲かせました。おずおずと差し伸べた女の手が触れる前にその花は萎れ、次にその根元が膨らんだかと思うと、つやつやと輝く大きな赤い果実となったのでした。

 自分のために整えられたようなその果実を女はためらうことなく手に取り、半分を男に渡しました。そして、それを口にした二人は「あっ」と大きな声を出しました。それは、七海、男と女が生まれて初めて発した声だったんですって。

 たちまち、男と女の目に、知性という名の光が宿りました。男と女はお互いの裸の姿を見て顔を赤くすると、彼の家へ飛び込み、彼の衣服を身にまとって戻ってきました。

「ああ、父よ、ああ、父よ。ありがとうございます」

 彼の墓に向って男と女は大声で感謝を叫び、高らかに歌を唄うのでした。それは、これまでの男と女ではありませんでした。彼らには命に加えて、言葉が、知識が、知能が与えられたのです。そして、いま、彼らがそれらを使って初めて歌う唄は、彼に対する大いなる感謝と愛を表すものでした。

 その唄は不思議な力を持っていました。彼の墓から流れるその唄を聴いた動物たちは、次々に大きな声を上げ、唄を歌い出したのです。それは、どんどんと輪を描くように世界に広がっていき、大地の上を走り、海を渡り、星中を巡りました。いままでに、唄などというものが空気を揺るがしたことなど、その星ではありませんでした。世界中の至る所で生じたその唄は、星を包む空気の中を埋め尽くす細かな泡のようなものとなりました。そして、次々とそれは弾けて、周囲に感謝と愛の気持ちを広げるのでした。

 

 

「と、いうわけで・・・・・・」とその子は続けるのです、七海。わたしたちが無意識の内に、葉っぱをちぎったり石ころを蹴っ飛ばしたりするのは、葉っぱを捧げたり土をかけたりして彼に感謝をささげた記憶が、遺伝子の中に刻み込まれているからだって。

「ええっ、そうなんですか。全然知りませんでした」って感じですよね。

 後で聞いてみたら、やっぱりその子がその場で創った作り話だそうです。わたしの動作を見てとっさに思い付いたっていうのですから、すごいですよね。でも、そうだったらいいなって思いも、前からあったんですって。

 響ちゃんていうのですけど、その子は作曲家を目指している子で、音楽は人を幸せにするものだと思っているんですって。だからこの話の様に、音楽が感謝と愛を伝えるために生まれたのだったらいいなって、思っていたのですって。

 なんだか、わたしたちと似ているなって思っちゃいました。

 自分の好きな得意な分野で、人に幸せを届けたい。わたしは香水で、七海はファッションで。誰かの心に、隙間が生じて、淋しさの風が吹き込んでいるとしたら、それを幸せで埋めてあげたい。

 ね、彼女と一緒ですよね。

 高校を卒業したら、七海も東京の専門学校に来るんですよね。その時には、響ちゃんを紹介しますね。ちょっと、いえ、すごく、ですか、想像力がたくましい子ですけど、とってもいい子なんですよ。

 その時が待ち遠しいな。

 では、寒さで風邪などひかないように注意してくださいね。もちろん、服を作るのに集中しすぎての夜更かしも厳禁ですよ。

                                   さくら