パソコンの不調により中断が長引いたため、再開にあたり第一話から中断したところまでの物語を、一度振り返りたいと思います。
「最初から読んでなかった」という方もこれで安心、すぐに本編に追いつけます!
これからも、竹姫や羽たちと共にゴビの砂漠を旅していただけたら、作者としてこれ以上うれしいことはございません。
よろしくお願いいたします!
※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでもご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。
【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。
【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きどん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)
【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。
【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。
【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。
【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ
て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。
【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。
【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。
【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。
【王花】(おうか) 野盗の女頭目
【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。
【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。
【あらすじ㉝】
王花と王柔は土光村にたどり着いた理亜を自分たちの元へ迎え入れると、今度は彼女の身体に起きている不可思議な出来事を何とかできないものかと、村の長老たちの元を何度も訪ねていました。
本来ならば、このような人間の世界よりは精霊の世界に近い出来事については、月の巫女に相談するのが一番良いのですが、土光村には月の巫女がいなかったのです。そこで、彼女たちは多くの知恵を持つ長老を訪ねていたのですが、残念ながら自然との付き合い方や遊牧の仕方などには明るい長老も、理亜の身に起きているような出来事には何の助言も持っていなかったのでした。
このように理亜の身体を治す為にできることが手詰まりであったことが、危険を冒してでも彼女を連れてヤルダンを目指すことになった理由の一つだったのでした
冒頓の言葉を受けて自分のできることを真剣に考えた王柔が思いついたのは、自分にはまだ土光村でできることがあるのではないかということでした。
そう、それは理亜を連れて「精霊の子」を尋ねるということだったのでした。
精霊の子は人よりも精霊に近い存在とされ、人と細かな意思の疎通をすることは困難とされています。また、彼らは村の中で大切に守り育てられていて、多くの場所で様々な経験を積んでいるわけではありません。「知恵のある者」とは言い難いかもしれません。
でも。
いま必要なものは、人の世界に属した知恵などではないはずです。
「そうだ、そうだよ。理亜の身体に起きていることは、僕たちの常識を外れたことじゃないか。もしヤルダンに棲むといわれる悪霊がこのことの原因なら、僕らよりも精霊に近い精霊の子が、何かを教えてくれるかもしれない。そりゃ、話もできなくて無駄足になるかもしれない。だけど、それがなんだ。できることは全部やってみるんだ」
自信がない時には、何かを思いついたとしても、それをしないことの理由を自分自身で作り出してしまいます。これまでの王柔は、そのようなことが多くありました。
でも、いまの王柔は違いました。
「お前は、どうするんだ」
冒頓は、そういました。
「お前には、何ができるんだ」
冒頓は、そうは言わなかったのです。
冒頓が言いたかったことは、王柔の心にしっかりと伝わっているようでした。
自分たちの行動を思い出しながらここまでを話した王柔は、羽磋の方を見て頭を下げました。
「僕たちが精霊の子を訪ねた帰り道に、羽磋殿にお会いしましたね」
「あ、あの時がそうだったのですか」
あの日の朝方に羽磋が見かけた、王柔と理亜が村外れに向かって行く姿は、精霊の子を訪ねるためのものだったのです。
羽磋の心の中で小さな棘のように刺さっていた疑問が、すっと溶けていきました。
何やらすっきりとしたような顔をしている羽磋から冒頓たちの方へ向き直すと、王柔は再びぽつぽつと話し始めました。
精霊の子が生活をしている場所は、土光村の外れにありました。
決意をしっかりと固めて酒場を出た王柔でしたが、人通りの激しい大通りを抜けて、自分の足音が聞こえるぐらいの静かな一角に入ってくると、理亜とともに歩く彼の足取りは急に重くなってきました。
あれほどたくさん考えた末に思いついたことだったのに、自分の中でしっかりと出した結論だったのに、いざ「自分から人を訪ねてお願いをする」という自分の最も苦手なことが目の前に近づいてくると、「逃げ出したい」という気持ちがどんどんと膨らんできたのでした。
「嫌な思いをして精霊の子に話をしたって、何もならないかもしれない。だったら、最初からやらない方がいいんじゃないかな」
王柔の心に、どこからか囁きかける声が響いてきました。
彼は意識してはいないものの、実はその声は王柔自身のものでした。
「やっぱり自分にできることなんて、無いのかもしれない」
「いや、冒頓殿に言われたんじゃないか。お前はどうするんだって」
「でも、自分が何かをして、余計に悪いことが起きたらどうする?」
「そんなこと、やってみないとわからないよ」
「そうでなくても、何も助言をもらえなかったら、無駄にしんどい思いをするだけだよ。人にお願いをするなんて、僕が一番苦手にしていることじゃないか」
「それは・・・・・・」
「そうだ、そうだよ。精霊の子のことを考えついただけでも、僕は頑張った。それで十分じゃないか。あとは王花さんにでもお願いしたらいいんだよ。人には得手不得手があるんだから」
「確かに・・・・・・。でも、それで、いいのかな・・・・・・」
「オージュ、ドウしたの?」
ふいに聞こえてきた理亜の心配そうな声が、王柔を現実に引き戻しました。
「ご、ごめん、理亜。ぼーっとしてたよ」
王柔は理亜を安心させようと優しい声を出すと、先を歩いている理亜の元へ走り寄りました。
王柔が近くに来ると、理亜は安心したような柔らかな表情を見せます。二人が出会ったのは寒山の交易隊が吐露村から土光村に向けて出発しようとした時でしたから、それほど遠い昔のことではありません。それでも、自分に自信がない王柔でさえも、理亜のしぐさの一つ一つから、彼女から自分に寄せられている信頼を感じ取ることができるのでした。
そのとき、王柔の心によぎったのは、自分の妹である稚が養母に奴隷として売られてしまった時の記憶でした。あの時の王柔は、なんの当てもないにもかかわらず、妹を探して養父母の家を飛び出しました。
いまはどうでしょうか。妹と同じように大事に思っている理亜の為に、できることがあるのではないでしょうか。
「もしここで帰ってしまったら、僕は死ぬまで自分自身を軽蔑し続けるに違いない」
そのような明確な言葉にこそならなかったものの、再び彼の中で強い意志が芽生えました。そして、今度こそそれは、彼の身体を支える背骨へと成長するのでした。