コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【小説】城壁と墓

f:id:kuninn:20200726212320j:plain

 

 

「報告! 東門へ向かった聖マルコ小隊全滅!」

「なんだと? 東門は守りが手薄ではなかったのかっ」

「物見によりますと、東門の上に新たに構造物が建てられ、投射が激しくなっているとのことです。聖マルコ小隊は矢で射すくめられ、門までたどり着けませんでしたっ!」

 クウッ。奴らめっ。

 私は部下に命じてガントレットを外させると、土埃と汗で汚れた顔を拭った。

 この戦いが極めて厳しいものであることは間違いない。だが、我々に「退却」の二文字などないのだ。必ずや奴らが拠るあの城を打ち壊し、塔の頂上に掲げられているあの旗、杖に蛇が巻き付いている異教の象徴(シンボル)を引きずりおろしてやるのだ。

 そうだ、我々はそのために、創造主たる神によりこの地に使わされたのではないか。

 思えば、我々がこの地に送られてきたときには、奴らの城にはたいした備えは施されていなかった。そもそも、城の周りに堀すらなかったのだ。

 ただ、残念なことに、攻める我々の側も兵の数や装備が十分ではなかった。騎兵の乗る馬の頭数もそろっておらず、歩兵に至っては槍さえも行きわたっていないほどだったのだ。

 もちろん、少ない人数、貧弱な装備であっても、我々の士気は極めて高かった。奴らの城に対して、命を惜しまない勇敢な攻撃を幾度も加えてやったものだ。

 しかし、いずれの攻撃も、あと少しのところで戦力が尽きてしまった。そして、我々が一度引いて体制を整えている間に、奴らは攻められた箇所の守りを固めてしまうのだった。

 最初の城攻めで城門に集中攻撃を加えた後には、城の周りに堀が設けられた。

 地下道を掘って城内に潜入を試みた後では、奴らはいつでも注げるように煮えた油を用意するようになった。

 堀の外から長い梯子をかけて城壁を這い上がろうと試みたこともあった。一進一退の攻防の末、ついに城壁の上に兵の手が届こうとしたその時、どこから調達したのか、大きな石が城内からいくつも飛んできて、兵もろとも梯子を圧し潰した。

 そして、今回だ。

 城の東門の守りが手薄であるとの情報が入ったことから精鋭を送ったところ、奴らはそれを待ち構えていたかのように、高いやぐらを組み我が部下の上に矢の雨を降らせてきたのだ。

「だが、まだだ。我々を見くびってくれるなよ」

 私はこちらを見下すかのように建つ奴らの城を仰ぎ見ながらつぶやいた。初めて攻めたときのあの低い壁や薄っぺらな門の面影などはどこにもない。今や、分厚くて高い壁と重厚で打ち破ることなど不可能に思える門を持った、難攻不落の城だ。

 しかし、どうだ。

 それを前にしても、私の、そして、私の部下の心のどこを探しても、怯む気持ちなど微かにも存在しないのだ。

「あの城を打ち壊す」

 その強くて熱い気持ちが、我々の心の奥底から、無限に沸々と湧いてくるのだ。

 それこそが、神より与えられた我々の存在意義なのだから。

 ああ、今こそ、最後の戦いの時だ。

 我々の死体それ自体を橋として堀を渡り、あの城門を正面から打ち破るのだ。

「諸君! 今こそ創造主から与えられた命をお返しする時だ! 我々はこの地を墓に選ぼう! 我が同胞よ、我々の屍を超えて行け。そして我が子たちよ、我らが墓の上に、千年も栄える王国を建てたまえ!! さあ、友よ、戦え、戦え、戦えいぃっ!!」

「おおおうっつ!!」

 我が騎士団の男たちが喉も裂けよと上げる雄たけびが、大地を、そして、奴らの城を揺るがした。

 創造主よ、我が神よ。貴方の子等は勇敢に戦います。

 どうぞ、ご照覧あれっ!

 

 

   〇

 

 

「先生、今度のは期待できそうです。きれいに抗体反応が起きています」

「そうか、なんとかうまく免疫を獲得できるようになってくれればいいんだが」

 様々な機械が所狭しと並べられた研究室の一角で、白衣の男が二人、マスクをつけた顔を寄せ合ってパソコンのモニターを覗き込んでいる。この画面上に、今行われている実験の様子が、逐一映し出されているのだ。

 新型感染症が世界中に蔓延し人々を恐怖の渦に落とし込んでいる中で、人類の希望はこのウイルスにかかる抗原抗体反応による免疫獲得の仕組みの解明、つまり、ワクチンの開発にかかっているのだった。

「墓標がどんどんと増えていくのを、これ以上見ていられないですものね」

「そうだ。我々が必ずワクチンを開発して、子供たちに安全な未来を与えてやらなければならないんだ」

 二人の発する真剣な言葉が交差する下で、モニターにはウイルスとヒト細胞との激しい戦いが映し出され続けているのだった。