コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第141話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第141話】

「イヤァ、怖い、オージュ、助けテ!」

「王柔殿、駄目です、オオオッ、くそっ」

「理亜、理亜、手を離すな、手をぉ」

 大木に繋がれていた馬がその大木を引き抜いて、綱の先にそれを引きずったままで動き出すように、駱駝はずるずると動き出しました。背中には理亜を乗せたままで。後ろには手綱にしがみつく王柔と羽磋を引きずったままで。

 そこへ、駱駝の激流の先頭が到達しました。理亜を乗せた駱駝を避けながら、あるいは、地面を引きずられる王柔と羽磋の身体の上を飛び越えながら、駱駝たちは恐ろしい勢いで狭い道の上を走り過ぎていきました。

 でも、その激流を構成する駱駝の数が多くなってくると、そうはいかなくなってきました。彼らはあまりにもぎっしりと密集していて、お互いに体をぶつけあいながら走っている状態なので、障害物を避けるためでも思い通りには動けないのです。

 彼らは、自分たちが唯一自由に動ける方向、つまり、前へ前へと突進してきます。

 ドウウン・・・・・・。

 一頭の駱駝が、理亜を乗せた駱駝の尻に勢いよくぶつかりました。

 興奮の極みにあるところに、後ろから強烈な痛みが加えられたのですから溜まりません。理亜を乗せた駱駝は、悲鳴を上げて身をよじると、大きく跳ね飛びました。背中には理亜を乗せたままで。後ろには手綱にしがみつく王柔と羽磋を引きずったままで。ゴビの赤土と砂岩で出来た細道から、何も身を支えるもののない空中に向かって。

 なんとか駱駝を引き留めようと手綱にしがみついていた王柔と羽磋の足元から、大地の固い感触が消えました。

「アッ」

 手に力を込めるために固くつぶっていた目を開けると、羽磋には見えました。

 橙色に染まった空。

 幾段にも重なって伸び、空の一部を掻き取っている岩襞。

 岩襞の中央には、壁を木の棒でひっかいて作ったような交易路。

 その交易路の上で激しく動き回る、人と駱駝たち。

 そして、それらが、ぐるぐると回転しています。

 王柔と羽磋、それに理亜は、驚いて道から飛び出した駱駝と共に、空中へ放り出されていました。

「アアアァァァ・・・・・・・・・・・・」

 何かに捕まろうと手足を激しく動かしても、何にも触れることはできません。ただ空しく手足を動かしながら、彼らは駱駝と共に崖下の暗がりへと落下していくのでした。

 彼らが落ちた崖っぷちには、王柔の喉から出た声だけが残されていましたが、それもすぐに、駱駝の激流が起こす足音といななきにかき消されてしまいました。

 

 

 どれくらいの時間が過ぎたのでしょうか。

 短い時間だったのでしょうか。それとも、長い時間だったのでしょうか。

 岩壁にぴったりと背中をつけながら、自分の頭の上に大岩が落ちてこないようにと必死にまじない言葉を唱えていた交易隊の男たちには、それは終わることがないようにさえ思えるとても長い時間だったのかもしれません。

 それでも、たしかに、襲撃の終わりの時は来たのでした。

 それが始まった時とは逆に、岩襞を転がり落ちてくる大きな砂岩の塊がだんだんと少なくなり、やがて、子供の頭ほどの塊がまばらに転がり落ちてくるだけになり、そして、砂岩の小片がいくつかパラパラと降ってきたのを最後に、細道には静寂が戻ってきたのでした。

 頭上から落下してくる大岩が絶えてからも、しばらくの間、男たちは壁際から動こうとはしませんでした。まるで、「一番最初に動いた者のところに再び大岩が落ちてくる」と、悪霊が男たちの耳にふれて回ったかのように、背中が岩襞から離れなかったのです。

 その中で、最初に道の半ばにまで出て身体をさらしたのは、やはり、冒頓でした。

「どうやら、終わったようだぜ」

 岩襞が溶けてしまうような熱を帯びた眼差しで冒頓が見上げた壁の最上段には、何もありませんでした。落ちてくるような砂岩も見えませんし、もちろん、それを落とした何者かの姿も見えませんでした。岩襞の上には、もうすっかり暗くなった空しか見えませんでした

 冒頓たちに攻撃を加えていた母を待つ少女の奇岩は、既にこの場所を離れて、ヤルダンへ戻ろうとしていました。ヤルダンを出たときには、彼女の後ろには、付き従うサバクオオカミの奇岩が長い列をなしていたのですが、ヤルダンへの帰り道で月明かりを受けてゴビに影を落としているのは、母を待つ少女の奇岩ただ一人だけでした。サバクオオカミの奇岩は、すべて自らの身体を砂岩の塊に換えて、交易隊を攻撃するために岩襞を落下していったのでした。

 怒りと悔しさで襞の最上段に張り付いてしまった視線をそこから動かすには、冒頓は特別に強く意識しなければなりませんでした。ぶんっと勢いよく首を振ってそこから目を離すと、冒頓は苑と周りの者へ大きな声で指示を送りました。

「くそ、やつらめ、やってくれやがって・・・・・・。いや、今はそれどころじゃねぇ。隊をまとめないとな。小苑、もちろん無事だろうな。急いで細道を抜けるぞ。先に見える広い場所で隊をまとめるから、合図を出してくれ。おい、おめえら、無事な奴はけが人を助けて進め! 茶色い相棒は先に行って待ってるようだぜ。あの広がっているところまで行くぞ。一休みするのはそれからだっ」

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