コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】最新AI導入! 完全無人対応で安心安全な旅館!

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 いらっしゃいませ。ようこそ。

 ああ、長老様。お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました。

 ささ、どうぞどうぞ、当旅館のご常連の方は、こちらでございます。

 

 

 本日は、ご一泊のご予定ですか。ええ、もちろんお部屋はございますよ。当館自慢の天然温泉もばっちりです。それに・・・・・・。

 ああ、さすがは長老様でございます。お気づきになられましたか。

 はい、おっしゃるとおりです。旅館全体の活気が、以前とは全く異なっております。

 ありがたいことに、宿泊に訪れる人が、ずいぶんと戻ってまいりました。あの頃の人気のなさがが嘘のようでございます。ええ、もう、これは全て長老様のご助言のお陰でございます。

 いえいえ、何をおっしゃられますか。私どもには全く思いのつかなかったことでございました。まさに、発想の転換とはあのことでした。

 

 

 はい、左様でございます。

 以前長老様にお越しいただいた時は、新型コロナウイルスの影響で、旅行で当館を訪れる人が全くいなかった時でございました。

 このままでは古くから伝わるこの旅館もいよいよ立ち行かなくなると、私どもはひどく心配しておりました。ところが、お恥ずかしい限りではございますが、具体的にどうすれば良いのか、何の考えも持ち合わせてはおりませんでした。そのような時にいただいたのが、長老様のあのご助言でした。

「いつも楽しみにしている温泉が無くなってしまうのではないかと心配だ。そこでだ・・・・・・」

という長老様のありがたいお言葉、これまで頑張ってきた従業員一同の心に染み渡りました。

 ええ、それで、わたしも決意したのです。

 ご助言に従って、これまで当館で働いてもらっていた人たちを、全員解雇することにいたしました。

 

 

 ではでは、お部屋へご案内いたします。お荷物は私が。お足元にお気を付けください。

 

 

 長老様には失礼ながら、「ほんとに大丈夫かなぁ」なんて少しだけ、ええ、もちろん、ほんの少しだけですよ、思ってみたりもしたのですが、さすがは長老様のご慧眼でございました。ご助言の通りにしてからしばらくすると、なんと、また当旅館を訪れる人が戻り始めたのです。まだ、例のコロナ騒ぎが治まっていなかった時だというのにです。

「最新のAI導入! チェックインからチェックアウトまで完全無人対応で安心の旅館!」という長老様が示してくださったコンセプトが、見事にこの世情に当たったのでございますね。

 当館にいらした人は、皆さん満足して帰られてます。なにせ、受付から支払いまで、宿泊の人同士を除いては、全く人に接することがないのですから、安心安全の極みでございます。日頃は消毒やソーシャルディスタンスを取ることに煩わされている人たちも、ここにいる間はそのようなことに神経を疲れさせる必要がありません。心からゆっくりと温泉につかって、日頃の疲れを洗い落とすことができるのでございます。

 それに加えて、チェックインのお手続きやお食事のお世話などを、完全に無人化した状態でどのように行うのかについて、当館を訪れる人はとても興味を持っていただいているようです。

 我々も、この点が一番心配だったのでございます。やはり、当館にお越しいただいた人のお世話は人の手で行うのが一番だということで、これまでは人を雇っていたわけですから。でも、これについても、やはり長老様のおっしゃられるとおりだったのでございました。

「どうせ、彼らには見えてないんだから、心配ない」

 あのお言葉は、まさに、真言でございました。

 

 

 お疲れ様でございました。お部屋は、いつものところをご用意いたしました。

 どうぞどうぞ、おかけになってください。まずはお茶をお入れいたしましょう。

 

 

 いやいや、本当に驚きました。

 我々が身を隠すこともなく堂々と受け付けや配膳をしていても、人には見えていないのでございますね。それも、今の人たちは、目に見えないなにものかが受付などをすることを怖がるどころか、最新のAIはすごいなと感心さえしてくれるのでございます。

 彼らにしてみれば、誰もいないと思われる受付で声が響き、どこからともなくお部屋の鍵が現れたり、時間になるとすぅっとひとりでに部屋の扉が開いて、ふわふわとお食事の膳が宙を浮いて運ばれてくるわけなのですが、それらを「AI」という言葉で良いように解釈してくれているようなのです。いやいや、どんな風に解釈して納得されているのか、正直申し上げて私にはわかりかねますが、ありがたいことでございす。

 はははっ、長老様のおっしゃるように、彼らにとっての「AI」という言葉は、我々にとってのまじない言葉なのかもしれません。その言葉を持ち出されると、それ以上考えることを止めて納得してしまうというような、不可思議な力を持っているのでしょう。実際のところは、当館の「AI」は「人工知能(Artificial Intelligence)」ではなく、「妖知能(Ayakashi Intelligence)」なのでございますがねぇ。

 

 

 すみません、久しぶりに長老様にお会いできた嬉しさで、少々おしゃべりが過ぎました。

 はい、当館自慢の露天風呂は、これまでと変わらずにしっかりと整えております。

 地獄の窯で炊いたお湯の源泉かけ流し。

 上の露天風呂では、お泊りの人にゆっくりとお湯に浸かっていただき、俗世でため込んだ体の疲れや心の悩みを、すっかりと洗い流していただきます。そして、上の露天風呂と繋がっている下のお風呂では、長老様を始めとするご常連の方々に人が洗い流した負の成分たっぷりのお湯に浸かっていただき、しっかりと英気を養っていただけるようになっております。

 これがまた、うれしいことに、新型コロナウイルスの騒ぎのお陰で、お湯の質が素晴らしく良くなっているのでございます。

 我々には、ありがたいことでございますねぇ。

 

 

 ではでは、ごゆっくりとお寛ぎ下さいませ。失礼いたします。

 

 

                                   (了)