コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第179話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第179話】

 冒頓の心の中で鳴り響いていた警報は、母を待つ少女の奇岩の姿に即座に反応しました。

「アレは危ない! アレは危険だ! 逃げろ! 逃げろ!」

 もちろん、逃げるという選択肢など、冒頓が選ぶはずはありません。それでも、これまでに彼が様々な相手と戦って培ってきた経験は、なんとか彼の足を反対に向けようとして、心が割れんばかりの勢いで警報を鳴らし続けるのでした。

「どこがどう変わったか知らねえが、迫力だけは増したようだな。だが、子分はどうしたんだ? 本当に一人になっちまったようだが?」

 冒頓は、その警報に従うのではなく、むしろ、それに反発するかのように、母を待つ少女の奇岩を睨みつけました。

 それは、赤茶けたゴビの大地の色とは少し異なる、黄土色をした砂岩の像でした。

 ごろごろとした岩の塊ではなく、すっと長細く大地に直立したその奇岩は、頭のように思える膨らんだ先端と腕のように思える二つの突起を持っていました。大地に接する部分は二股に分かれていて、両足で立っているようにも見えました。

 それは、人間の体の部分部分に似た形をもった、奇妙な砂岩の塊だと言うこともできるでしょう。しかし、いま自分たちの目の前にいるものを、冒頓たちはその様には思っていませんでした。その砂岩でできた像は、確かな意志を持った生き物であり、恐ろしいほどの圧力を放つ敵でした。それが、温かい血肉を備えているのか、あるいは、芯まで砂岩で構成されているのかなど、今の彼らにとっては何の意味もないことでした。

 これまでは、サバクオオカミの奇岩という厄介な取り巻きのせいで、冒頓たちは母を待つ少女の奇岩と直接戦うことはできていませんでした。しかし、今ならば、そのサバクオオカミの奇岩がいなくなった今ならば、冒頓たちの短剣は彼女に届きそうです。

「行くぜ、コラァッ!」

「オオオオウッ!」

「羽磋殿の敵! 思い知れっ!」

 冒頓は、それに護衛隊の男たちは、そして、苑は、母を待つ少女の奇岩が発する圧力に負けないように、大声をあげて自己を鼓舞しながら、短剣を振り上げて走り出しました。

 先ほどまでサバクオオカミの奇岩が占めていた場所には、その痕跡であろう砂の山しか残っていません。母を待つ少女の奇岩と男たちの距離は、瞬く間に無くなっていきました。

 それでも、母を待つ少女の奇岩は、全く慌てたそぶりを見せませんでした。

 彼女は、あの青い輝きの爆発の際に、サバクオオカミの奇岩たちから、一度は分け与えた力を回収していました。

 それは、冒頓のあの煽り文句、「お前は一人だ。ずっと一人だ。そしてそれは俺のせいだ」という言葉が、彼女の心の真ん中に突き刺さったからでした。

 母を待つ少女の奇岩は、病に倒れた少女が、薬草を求めて旅立った母を一人で待ち続け、長い長い年月の末に岩になったものと伝えられていました。彼女は「どうして自分だけが、こんなに辛い思いをしなければいけないのか」と、来る日も来る日も母が旅立った東の方を向いて立ちながら、心の中で血の涙を流していたのです。その悲しみが、恨みが、絶望が、あまりに大きかったが故に、彼女は石となったのです。

 その彼女に掛けられたあの言葉。母を待つ少女の奇岩は、全ての力を自分に取り戻して、冒頓とかいうあの背の高い男の首を、自らの手でねじ切りたいと思わずにはいられなかったのでした。

 サバクオオカミの奇岩たちに分け与えていた力は、母を待つ少女の元に戻っていました。それは、砂岩でできた彼女の体の端々にまで行き渡り、大きな自信を彼女に与えていたのでした。

「あの男、あの背の高い男を、許さないっ」

 母を待つ少女の奇岩は、空を仰いでいた顔をゆっくりと男たちの方へと戻しました。その動きは、以前よりもいっそうなめらかで、人間に近いものでした。その肌が砂岩でできていることは変わらないのですが、近づいてきた冒頓たちには、彼女の顔に表情までがあるように思えました。そして、その顔に浮かんでいるように思えた表情とは、凄惨な笑みでした。

「あの男、あの男、あの男!」

 これまでとは比べ物にならないほど強くはっきりとした波動が、母を待つ少女の奇岩から発せられました。

 母を待つ少女の奇岩は、自分に向かって押し寄せてくる冒頓たちを迎え撃つのではなく、自らも彼らの方へと走り出しました。サバクオオカミの奇岩は野生のサバクオオカミのように動きましたが、全ての力を自分の中へ取り込んだ彼女の動きは、人間のそれよりもなお滑らかで、遥かに力強いものでした。

 再び始まった戦いでは先ほどまでとは逆に、冒頓を先頭にした護衛隊の集団に、母を待つ少女の奇岩が勢いよく飛び込む形になりました。

「おおおおっ。そらぁ!」

「お前かっ、お前かぁっ!」

 これまでに戦ったどんな男よりも素早い動きで飛び込んでくる母を待つ少女の奇岩の体をめがけて、冒頓は短剣を突き出しました。

 母を待つ少女の奇岩は、僅かに体を動かしてその短剣をかわすと、自分右の腕を鎌のように振って冒頓の首を跳ね飛ばそうとしました。

 今度は、冒頓の方が頭をすくめて、その腕をやり過ごしました。チュンッと高い音を立てて、冒頓の髪に巻き付けられていた髪飾りが、弾き飛ばされました。

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