コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第215話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第215話】

 

 朝になりました。

 とはいっても、それは太陽が昇ってきて王柔たちの周囲が明るくなったという訳ではありませんでした。地中に広がるこの大空間には太陽の光は入ってきませんし、水面から放たれるほのかな青い光の量にも時間の経過による変化はないからです。そのため、一人で夜の後半の見張りに立っていた王柔が、「そろそろ朝だろう。もう羽磋殿と理亜を起こしてもいいだろう」と決めた時間が、すなわち朝であるということになったのでした。

「んんー。もう朝なの、オージュ」

 大きく伸びをしながら起き上がる理亜。そして、その横では眠りから覚めた羽磋が、自分のいるところを確認するかのように辺りを見回していました。その二人の様子を眺めている王柔は、とてもほっとしたような表情を浮かべていました。一人で見張りをしていた時のとても緊張して不安げな様子だった王柔とは、全く別人のようでした。

 王柔と理亜は朝の挨拶をかわしながら、水辺から離して置いてあった皮袋のところへ食べ物と飲み物を取りに歩いていきました。あまりにいろんなことが起きすぎて、そのことにまで頭が回っていないのでしょうか、どうやら王柔は、理亜が夜の間消えていなかったことには気が付いていないようでした。

 羽磋は自分の目に入ってくる岩壁や天井、さらには青く輝く水面の様子から、自分たちが置かれている状況を再認識していました。あまりにも体が疲れていたので、羽磋の眠りはとても深いものでした。本人としては、目を閉じたと思ったら王柔に起こされた、というような感じがしていました。それでもやはり、目を覚まし続けているのと眠りが間に入るのとでは感覚が全く異なります。目が覚めた瞬間の羽磋は、自分がどこにいるのかが、よくわからなくなっていました。そこで、この特異な状況にあわせて、自分の意識を改めて修正しなければならなくなっていたのでした。

「ああ、やっぱり、俺達はこの大空間に閉じ込められているんだな。大変なところに来てしまった。でも、そうだ、昨日調べたんだった。奥の方にこの大空間から水が流れ出ている洞窟が二つあるから、そこから外に出られるかもしれないんだ。ここにいても、どうにもなりはしない。とにかく行ってみるしかないんだ」

 羽磋は王柔と理亜の様子にも、意識を向けました。理亜の方はこの厳しい状況がよくわかっていないのか笑い声をあげながら王柔に話しかけていますし、王柔の方も理亜に気を使っているのか、それとも、理亜の笑顔に助けられているのか、理亜に対しては不安な様子を見せずに、ときおり笑顔を見せながら接しています。羽磋は、せっかく安定しているように見える王柔の心をかき乱すことはないなと考えて、理亜の身体が夜の間消えていなかったことをこの場で話すのは止めておくことにしました。それが問題の解決の糸口になるのならともかく、今のところは不思議が一つ増える以上の何にもなりはしなかったのですから。

 王柔と理亜は、食料や身の回りの物が入った自分の皮袋と水袋を持って、羽磋のところに戻ってきました。

 交易隊が旅をするときには、主食である羊や乳を発酵させた乳酒やそれを乾かしたチーズをたくさん用意し、数多くの駱駝をそれを運ぶ役に割り当てます。冒頓が率いていた護衛隊でも、土光村から吐露村まで旅をする間の糧食を運ぶ駱駝を何頭も用意していました。でも、交易路から落下して川を流された彼らが今持っている食料は、個人で携帯している水と干し肉と乾かした果物ぐらいしかありませんでした。

 この後外に出るまでどれぐらい歩かないといけないかわかりませんし、首尾よく外に出られたとしても、冒頓の護衛隊に合流するまでどれくらい時間が掛かるかわかりません。羽磋たちは、ほんのひと切れの干し肉を、長い間口の中で噛んでから飲み込むと、それで立ち上がることにしました。理亜にも何か察せられたのでしょうか、事情の説明はされなかったものの、彼女もそれ以上の食べ物を欲しがることはしませんでした。

「さぁ、行きましょうか。昨日調べておいたあの洞窟の中を歩いていけば、きっと外に出られるはずです」

 羽磋は意識して楽観的に出発の合図をしました。起き抜けに考えた通り、ここにいても助けが来るわけではなく、やがて食料が尽きてしまいます。とにかく行ってみるしかないのですから、気持ちを前向きにするのに越したことはないのでした。

 心配性で何事も悪い面に目が行きがちな王柔にも、この羽磋の気持ちが伝わったのでしょう。羽磋の合図に従って腰を上げながら、理亜に向かって冗談か希望かよくわからない軽口さえも話すのでした。

「じゃぁ行こうか、理亜。僕たちも気を付けるけど水辺の方も見ておいてくれよ。ひょっとしたら、美味しいものがたくさん入った皮袋が流れ着いているかもしれないからね」

「うん、わかった。オージュ、お腹すいてるの?」

「今は大丈夫だけど、すぐにいつもの乳酒が飲みたくなるだろうからね、理亜が見つけてくれると嬉しいな」

「わかったヨ。理亜が見つけてあげるね、オージュ」

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