コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第222話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第222話】

 もしもヤルダンの中に人に害をなすことをたくらむ「悪霊」がいるのであれば、ここにそれがいないとどうして言い切れるのでしょうか。そして、ヤルダンの中には「悪霊」がいると、今では羽磋も考えるようになっているのです。

 羽磋は少し歩く速度を落として、洞窟の奥の方をじっと見つめました。この洞窟の中では明かりと言えば川の水が発する青い光しかありませんから、奥の方は青い光を放つ塊がぼんやりと暗闇の中に浮いているように見えました。それは、まるで青く光る満月が自分たちの先の方にあって、周囲の闇を照らしているかのようでした。

 でも、その塊が発する青い光はとてもおぼろげでしたので、洞窟がまっすぐ進んでいるのか、それとも、光が発せられているところで曲がっているのかすらも、わかりませんでした。どこまで歩けば外に出られるのかもわからなければ、それこそ洞窟が途中で行き止まりになってしまうのかどうかもわかりませんでした。わかることと言えば、少なくともその光の塊があるところまでは、青く輝く光を放つ水が流れて行っているということだけでした。

 それでも、何かわかることはないかと期待して、羽磋はその青い輝きをじっと見続けていました。ゆっくりと進んでいた彼の足は、今では全く動かなくなっていました。

 目を凝らして青い輝きの塊を見続けていると、視界の中でだんだんとそれが大きくなっていくように、羽磋には思えてきました。いや、ひょっとしたら逆かもしれません。彼等の先の方で洞窟の壁や天井がギュっと縮まっていって青い輝きの中に吸い込まれていっているのかもしれません。羽磋は自分の周りの岩壁や天井までもが、その輝きに引き寄せられてグルグルと回転をしだしたように思えてきました。

「わわっ、おおっと」

 前方を注視するために立ち止まっていた羽磋でしたが、急に周りが動き出したように感じられたので、ギュッと目を閉じました。でも、グルグルと周囲が回転しているような感覚は止まりません。とうとう、羽磋は目を閉じたままでしゃがみ込んでしまいました。

 この時、彼の心の中にはすうっと冷たい風が吹き込んできていました。その風は「不安」と呼ばれたり「臆病」と呼ばれたりするものでした。これまで羽磋はこの風に吹かれたことはありませんでした。家族と共に遊牧生活をする中でもそうでしたし、自らの部族を離れて旅に出るようになってからもそうでした。

 でも、どうしたことでしょうか。交易路から落下して川を流されていた時も、地中の大空間の中で出口を探していた時も、最前の行動をとろうと常に全力で頑張ってきた彼が、足を前に進めるどころか立って前を見ることすらできなくなっているのでした。

 羽磋のすぐ後ろでは、王柔が心配そうな顔をして様子を窺っていましたが、羽磋がしゃがみ込むと慌ててその横に座って彼の身体を支えました。そのさらに後ろには理亜がいましたが、こちらはいつの間に拾ったのか小さな石を両手で持ち替えて遊びながら、機嫌良さそうにしていました。

「羽磋殿、大丈夫ですか。お疲れになったんじゃないですか。ここでは夜も昼もわかりませんが、相当長い間歩き続けました。ここで野営として休みませんか。また明日頑張って歩けばいいんですから」

「すみません、何故だかわからないんですが、突然目が回ってしまって。そ、そうですね。ここで休むことにしましょうか。すみません、王柔殿。僕のせいで足を止めてしまって」

「何をおっしゃいます。多分、相当進んでいますよ僕たちは。ひょっとしたら、明日にはここを出られるかもしれません。いや、出られますよ、きっと」

 王柔は羽磋が岩壁に背を付けて座れるようにしてやると、しきりに謝る彼を元気づけようと、意識して明るい声を出しました。いつもとは王柔と羽磋の役割が逆になっているような様子でしたが、これは珍しくはあっても特別なことではありませんでした。他者に対しての優しい気持ちはこの二人が共通して持っている気質でしたので、先に弱気になったり疲れてしまった者をもう一人の者が励ますということは、特別なことではなかったのです。これまでのところは、王柔の方が弱気な性格であったので、羽磋が励まし役に回ることが多かったということなのでした。

 王柔は羽磋に休んでおくようにと伝えると、駱駝の背に載せていた僅かばかりの荷を下ろし、川べりに連れていきました。本来であれば、野営の前には駱駝に水や秣を与えるのですが、交易路から落下して護衛隊本体と離れてしまった彼らには、駱駝に与える秣がありません。自分たちが飲むための水はいくらか持っているものの、駱駝のための水もありません。駱駝はその大きなコブの中に栄養を蓄えているため、餌や水が無くても数日間は動くことはできますが、餌や水があるのに越したことはありません。そのため、せめて水だけでも駱駝に与えようと、王柔は思ったのでした。

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