コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第236話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第236話】

 羽磋を先頭にした短い隊列は、足早に洞窟の奥へ奥へと進んでいきました。

 ザザザシャ・・・・・・。シャササア・・・・・・。

 羽磋たちが歩いている箇所と川との距離は離れる時もあれば近くなる時もあり、水音が小さく聞こえる時もあれば大きく聞こえる時もありましたが、それが全く聞こえなくなることはありませんでした。川が完全に地中に潜ってしまうことはなく、それは常に通路と並走しているようでした。

 羽磋は心の奥底で駱駝を恐怖に陥れた何かが襲ってくることを心配していましたが、その何かが現れることはありませんでした。また、岩壁の襞に隠れた小さな凹みはともかくとして、人が歩けるような大きさの洞窟はずっと一本道であり分岐は生じていませんでした。そのため、彼らは進む道を悩む必要に迫られることはなく、短い休憩の他は、黙々と洞窟の奥へ奥へと歩き続けることができました。

 羽磋たちの進む先を案内するかのように足元を流れている川の水は青い光を放ち続けていましたが、洞窟の奥へ進むにつれてその光が少しずつ強くなって来ているように、羽磋には感じられました。やはり、この先は外へ通じているのではなくて、精霊の力を川に与えて青い光を発するようにした存在が潜むところへと通じているのでしょうか。もちろん、この先に何があるにしても、前へ進むこと以外に羽磋たちにできることはないのですが・・・・・・。

 大空間から洞窟へ入ってしばらく間は、凸凹として足場の悪い中を駱駝を引きながら歩いていましたが、今日は自分たちだけです。羽磋たちは、昨日以上の速さで、洞窟の奥へ奥へと進むことができていました。。

 その歩みの過程で、洞窟の内部の状況について、川の水の光の変化と共にもう一つの変化が起きていることに、羽磋たちは気が付いていました。それは、光の筋でした。これまで洞窟の天井部分は隙間なく分厚い岩や土で覆われていたのですが、洞窟を奥の方へ進んでいくと、その天井部分のところどころに隙間か穴が生じているようで、川の水が発するほのかな青い光とは別の光、つまり外部に降り注いでいる太陽の光が、その割れ目を通して洞窟の内部にまで差し込んできているのでした。

 洞窟を進んで来てその光の筋を発見した時に、羽磋は心臓が飛び出るような興奮を覚えました。

 陽の光が差し込んできているということは、天井が薄くなってきているのだ。自分たちが知らない間に洞窟が上り坂になっていたのかもしれない、もうすぐ地上へと出ることができるのかもしれないぞ、と思ったからでした。

 羽磋の考えは、半分は正しく半分は間違っていました。

 陽の光が差し込んでいるということは、天井が薄くなっている、少なくとも、光が差し込むような割れ目が外と通じるほどの厚さにはなっているという証拠です。これまではそのような現象はなかったのですから、間違いなく以前よりは外部に近いところに洞窟は来ていると思われました。

 とは言え、洞窟の内部が上り坂になっていたというのではありませんでした。どうしてそれがわかるのでしょうか。それは、相変わらず川の水が羽磋たちの歩く地面の脇を流れ続けていることからわかるのでした。もしも洞窟が上り坂になっていたのなら、川の水はそれを登ることはできないので、地面の中へと流れ込んで消えて行っていたはずでした。川がその様になっていないということは、羽磋の考えと逆の状況になっているということを示していました。

 大空間に端を発して地中を長く伸びてきた洞窟の上には、これまでのところ小山のようなゴビの台地が載っていたのですが、ここに来てそれがなくなっていたのでした。そうです、洞窟が上り坂になっていたのではなく、その天井の上に載っていた土の厚みが変わっていたのでした。見方を変えると、複雑な形をしたヤルダンの岩山の下を抜けた洞窟は、ヤルダンの中にある開けた広場の下に到達していたのでした。そして、その広場にはところどころに亀裂があって、そこを通った陽の光が洞窟の空気の中に筋となって現われていたのでした。

「羽磋殿、光が差し込んできていますよっ。出口ですかねっ、僕たちはとうとう出口まで来たんですかねっ」

 後を歩いていた王柔にもその光の筋が目に入ったようで、彼の興奮した声が羽磋の耳に届きました。これまでは羽磋に話しかけることを控えていた王柔でしたが、この大きな発見には声を上げずにはいられなかったのでした。

「あ、はいっ。そうですねっ」

「ですよねっ、ですよね。やった、やったぁっ」

「あ、いや。すみません、王柔殿。少し待ってください・・・・・・」

 光の筋を目にした羽磋も王柔と同じように興奮していましたから、王柔の嬉しそうな問い掛けにすかさず賛同の声を出しました。でも、王柔があまりにも手放しで喜ぶものですから、逆に少し冷静に考えようとして、時間を取り始めました。困難な状況の中で何かを判断する際には、指導する立場の複数の者が安易に同じ見方に染まってはならないと、貴霜族の若者頭を務める父から教わっていたのを思い出したのでした。

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