コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第246話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第246話】

 王柔の上げた声に背中を叩かれて、これから行こうとする石の柱の方をじっと見つめていた羽磋は、慌てて振り返りました。不安や心配を口にすることが多い王柔でしたが、王柔のこの声はこれまでに羽磋が聞いたどの声よりも、不安と混乱でいっぱいのものでした。

 羽磋は次から次に起きる新しい出来事について考えることで精一杯でしたし、理亜は王柔のことを兄のように慕っていましたから、彼女のことは王柔に任せていました。それに何か危険なことが起きるとしたら、それはこの地下世界のどこかからこちらに向かってやって来るのだろうという思いもありました。そのため、羽磋は自分の意識を遠くの方へ、つまり、地下世界の奥の方へと向けていました。でも、いま王柔はなんと言ったのでしょうか。「理亜がいなくなった」と言っていましたが、まさか・・・・・・。

「王柔殿っ。理亜がいなくなったって、本当ですか」

 そう言いながら羽磋も王柔の横や後ろに目をやるのですが、どこにも理亜の姿は見当たりません。いったい理亜はどうしたというのでしょうか。一気に心の中に膨らんできた心配と焦りを自覚しながら、羽磋は慌てて近くを流れている川の方へ走りました。もしかしたら理亜が青い水の流れの中に落ちでもしたか、と思ったのです。この地下世界は青い光が満ちていて十分に明るいですから、川が流れていく先の方まで見通せます。でも、近くにも先の方にも、理亜の姿は見えませんでした。

「羽磋殿、理亜は。理亜はいましたかっ」

 王柔も羽磋の隣に走り寄ってきました。そうです、先ほどまで彼らは川の流れからは少し離れたところにいました。狭い洞窟の中を歩いていた時の様に、足元の近くを川が流れていたわけではありません。ですから冷静に考えてみると、理亜が足を滑らせて川に落ちるということは、ありそうにないことでした。また、もしもそのようなことがあったとすれば理亜が水に落ちる音がしたでしょうし、もちろん、理亜自身も大きな声を出したはずです。確かに羽磋も王柔も目の前に広がる地下世界に圧倒され、どうやってここを出るか、これからどちらへ進むかと、天井を見上げたり遠くの方を眺めたりしてはいましたが、そのような水音や声がすれば気が付いたはずでした。

「いえ、すみません、王柔殿。もしかしたら理亜が川に落ちたのかもしれない、と思ったのですが、僕の考え違いでした」

「そうですか、川に落ちていなかったのは良かったですが・・・・・・。僕は、もしかしたら理亜が怖くなって洞窟の方に戻って行ったのかと思って、後ろの方を見てみたのですが、洞窟へあがる斜面には彼女の姿は見えませんでした。ああ、でも、ひょっとしたら、洞窟の中にまで戻ってしまったのかもしれないですね」

「わかりました。洞窟の中に戻れるほどの時間は経っていないと思うのですが、念のため王柔殿はそちらを見ていただけますか。僕はもう少し近くを探してみます」

 二人は早口で相談を済ませると、王柔は後方の斜面の上で口を開いている洞窟の出入口へ戻るために、羽磋は地下世界の近辺で理亜を探すためにと、それぞれ走り出しました。

 地下世界の地面から一段高いところにある洞窟との出入口に向かって斜面を駆け上がりながら、王柔は自分を責め続けていました。「どうして理亜の手をずっと握っていなかったのだろう。全然怖がっている素振りは見せていなかったけど、本当はこんな訳のわからない場所に流されてきて怖がっていたんじゃないか。ごめんよ、理亜。きっと怖くなって洞窟の中へ戻ったんだよね」と。

 でも、息を切らせて斜面を駆け上がった王柔が洞窟の中を覗き込んでも、そこには理亜の姿はありませんでした。地下世界を明るく照らす青い光は洞窟の奥の方までは届いておらず、そこには川の水が発するほのかな青い光があるのみですから、先の方はぼんやりとして良くわかりません。それに加えて、洞窟がまっすぐに続いているわけでもありませんから、理亜が元来た方へとずっと洞窟を戻って行ったとしたら、この出入り口から覗き込んでいても彼女を見つけることはできません。王柔は、自分の声が危険を呼び寄せる可能性があることなど全く考えることなく、すぐさま大声で洞窟の中へと呼びかけました。

「理亜っ。理亜っ。僕だよ、王柔だよっ。洞窟の中にいるのなら、こっちへ戻っておいで。ごめんね、一人にしたね。だけど、もう僕はここにいるよ。理亜っ。洞窟にいるなら返事をしておくれっ」

 王柔の大声は、洞窟の壁や天井に何度も反射して、長く尾を引きました。これでは、洞窟の奥の方に理亜がいて王柔に返事をしてくれたとしても、とても聞き取れそうにありません。そのため、王柔は理亜に対して何度も呼び掛け続けたいという気持ちをグッと我慢して、自分の上げた大声の残響が落ち着いて洞窟の床を流れる川の水のザワザワという音が耳に入るようになると、今度は口ではなく耳に意識を集中して、彼女の声が聞こえてくるのをじっと待ち続けました。

 それでも、理亜からの返答が洞窟の中から聞こえてくることはありませんでした。

 王柔は意を決して、もう一度洞窟の奥へと大きな声で呼びかけましたが、やはり理亜からの返事は聞こえてきませんでしたし、奥の方から歩いて来る彼女の姿が見えるということもありませんでした。

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