コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【掌編小説】雪の日のプレゼント

 

「参ったなあ。今日と明日は、大変な大雪なのかぁ」

 数年前の冬の日のことだ。その日、台所で皿を洗いながら傍らに置いたスマートフォンで天気予報を見ていたわたしは、心の中でつぶやいていた。その言葉はとても口には出せなかった。わたしの腰にしがみついている二人の子供に、聞かせたくなかったからだ。

「ねぇ、ママ。今日はクリスマスイブだね」

「クリクマシブだよねぇ」

「ケーキ食べるよね」

「キチン食べるよねぇ」

「こら、優愛。チキンだろ、食べるのは」

「チ、キ、キチン食べるよねぇ」

「ああ、もう。ねぇ、ママ。キチンも食べるよね。あれ、もう、優愛の言い間違いが僕にもうつっちゃったよ」

 その日は、クリスマスイブだった。五歳の長男英人と三歳の長女優愛は、朝からずっとこの調子で、途切れることなくわたしに話しかけてくる。晩のクリスマスパーティーが、楽しみで仕方がないらしい。

 そしてもちろん、子供たちが楽しみにしているのは、パーティーだけではない。

 子供たちは、大きく開いた目に溢れんばかりの期待を込めて、わたしに尋ねるのだ。

「ねぇ、ママ。サンタさん、来てくれるよね」と。

「うん、うん。ケーキもチキンも、食べるのが楽しみだね。それに、きっとサンタさんは来てくれるよ。二人とも、とってもいい子にしていたからね。さぁ、ママはお昼ごはんの後片付けをしちゃうから、向こうで二人で遊んでいてね」

「はあーい」

 にっこりと笑って二人を安心させたものの、わたしの心は心配で一杯だった。

 実のところ、既にサンタさんのスケジュールには、問題が発生していたのだ。

 前もって、さりげなく二人からどんなものが欲しいのかは聞き出していた。どうやら、テレビ番組でヒーローやヒロインが使っている道具を模したおもちゃが欲しいらしい。当日におもちゃ屋に買いに行ってそれが売り切れていたりすると困るので、あらかじめそのおもちゃをインターネット経由で注文し、午前中の二人が幼稚園に行っている間に届けてもらうという手配をしていたのだ。

 ところが、わたしたちの住んでいる地方では昨晩から大雪が降り続いていて、交通網がすっかり麻痺してしまっているのだ。しかも、天気予報では、この雪は今日も明日も降り続く見込みだそうだ。

 子供たちが隣の部屋へ行ったところで、こっそりとスマートフォンでおもちゃの配送状況を確認しても、やはり、わたしが注文したおもちゃは、購入したショップの倉庫から出ていないようだ。さらに、運送会社のホームページには「悪天候で道路事情が大変悪くなっているため、配送に遅れが生じております。お客様には大変申し訳ありませんが、ご了承をお願いいたします」との「お断り」が載せられていて、大雪が続くとの天気予報と合わせて考えると、とても夜までに配達されそうにはなかった。

 

「ただいまー。いやぁ、すごい雪だったよ」

 わたしが深いため息をついたところに、身体についた雪を払い落しながら、夫が帰ってきた。

 わたしたちの住んでいる町では年に数回パラパラと雪が降る程度で、これほどの大雪は経験したことがない。そのため、公共交通機関やデパートなどは、既に運休や休業を発表していた。それでも、配送遅れのおもちゃの代りにどこかの店で子供たちへのプレゼントを買えないかと、夫は外に出て雪の降る中を探し歩いていたのだった。

 玄関で靴を脱ぐ夫の元へ走っていく子供たちの頭越しに、わたしは目で問いかけた。

「どうだった?」

 子供たちのほっぺたに雪をくっつけてふざけてみたりしながら、夫はわたしに返事を送ってくれた。首を横に振って。

 まぁ、仕方がないか。大雪で危ないから誰も出歩かないだろうから、開いている店自体少ないだろうし。それに、そもそも近くにあんなおもちゃを売っている店があったかどうかも覚えていないし。

でも、どうしよう・・・・・・。うちの車はスタッドレスタイヤなんか履いてないから、車で買いに行くこともできないし・・・・・・。子供たちはあんなにもプレゼントが届くのを楽しみにしているのに・・・・・・。

 心配がわたしの顔に出ていたのだろうか、子供を連れて奥の部屋に入っていく夫が、すれ違いざまにわたしにあるものを渡して、小さく「心配するなよ、大丈夫だ」と言ってくれた。

「大丈夫? どうして?」

 夫に渡されたのは、近所のコンビニエンスストアの袋。中に入っていたのは、大小四組の手袋だった。

 こんなもの、頼んでないけど?

 

        〇

 

「パパー、行くよ、ほらっ」

「おおっ、英人、やるな! こっちも行くぞ、それそれ!」

「あぶねっ、えーい、まだまだ行くもんね! エイエイエイッ」

「わわわー。逃げろー」

「アハハハッ。パパ、待てー!」

 真っ白な雪に覆われた公園に響いているのは、雪玉を投げ合いながら息子と夫が上げる歓声だ。

「ママ、お兄ちゃんが待て待てーだって」

「そうだね、お兄ちゃんがパパに、待て待てーって、してるね。じゃあ、優愛はママと一緒に雪だるま作ろうか」

「うん、優愛雪だるま作る。コロコローって」

「ねー、コロコローってしようね。まーるくしようね」

 優愛はしゃがみ込むと、わたしが作ってやった雪玉を掴み、コロコロと転がした。それは小さな小さな雪玉で、優愛の前を少しだけ転がって雪の上に筋を作ると、彼女の方を振り向くようにして止まった。

「フフフ、コロコロ、コロコロー」

 雪の上を雪玉が転がるのが楽しいのだろうか、優愛は何度も何度も、飽きることなくその動作を繰り返していた。

「コロコロー、コロコロー。ウフフフッ、ママー、ちょっと大きくなったよー」

「ほんとだ、ちょっと大きくなったねぇ。もっともっと、コロコロして大きくしよう、優愛」

「うん! コロコロ楽しい!」

「ママも楽しいよ、優愛」

 雪には大人を子供に還す力があるのだろうか。子供たちだけでなく、わたしや夫も雪遊びにすっかりと夢中になり、時間は瞬く間に過ぎて行った。

「はぁはぁ、おっ、ママと優愛が雪ダルマを作ってるぞ。英人、こっちも作るか」

「はぁはぁはぁ、うん、パパ。ママと優愛が作っているものよりも、もっと大きいのを作ろうよ」

「よーし、やるか!」

「うん!」

 雪合戦に疲れたのか、息子と夫もわたしたちの近くにやって来て、雪だるまを作り始めた。

「お兄ちゃんたちも、雪だるま作るって」

「よーし、じゃぁこっちはとっても可愛い雪だるま作ろうね、優愛」

「うん、かあいいの作る! 優愛、とってもとーても、かあいいの作る」

 

         〇

 

 わたしたちは、近所の公園に来ていた。前日に夫が買ってきた手袋を身に着けて。

「見ての通りの大雪で、サンタさんは遅れるんだって。昨日の夜にサンタさんからパパのところに連絡があったんだよ」

 朝、ベッドの中で目を覚ました途端、枕元にプレゼントが置かれていないか探し始めた子供たちに、夫はカーテンを開けながら説明をした。

「雪がおさまったら、サンタさんは来てくれるって。だからがっかりするな。その代わり、今日はパパからのプレゼントがあるぞ」

 サンタクロースからのプレゼントが遅れると聞いて、やっぱり子供たちはがっかりしていた。だけど、わたしが心配していたような、泣いて騒ぐほどの落ち込みは見せなかった。

 それは、夫が見せた雪景色が子供心にも「これじゃ、サンタさんも大変だ」と思わせたこともあっただろう。でも、一番効いたのは「パパからのプレゼント」という言葉だった。

「ええ、じゃあじゃあ、今日はパパのプレゼントで、明日はサンタさんの?」

「ああ、今日はパパのプレゼントだ。サンタさんのプレゼントが明日届くかどうかは、天気次第でわからないけどな。でも、絶対にサンタさんは届けてくれるぞ」

「わかった! やったー。パパのプレゼント、パパのプレゼント」

「やったぁ! パパのフレデント!」

 そうして、子供たちに渡されたのが、コンビニエンスストアで買ってきた手袋だった。そう、パパのプレゼントとは、「思いっきり雪遊びをして遊ぶ」というものだったのだ。

 

          〇

 

 雪遊びの次の日には大雪も峠を越し、わたしが注文したプレゼントも無事に我が家に届けられた。その時にわたしと一緒に配達員さんを迎えたのは、玄関の脇に置かれた大小の雪だるまだった。

 もちろん、翌朝に目を覚ました子供たちが、枕元に置かれたおもちゃを見つけて大喜びをしたのは言うまでもない。だけど、雪の日のパパのプレゼントがよほど楽しかったのだろうか、新年になってから幼稚園で子供たちが書いたクリスマスの絵は、二人とも雪遊びの絵だった。

 あの大雪のクリスマスに子供たちと雪遊びをした楽しい記憶は、わたしと夫にとっても、とても大切な思い出になっている。ひょっとしたら、あの例年にない大雪は、日頃から仕事や育児に頑張っているわたしと夫に対して、サンタクロースから送られたプレゼントだったのかもしれないなと、いまでは思うようになっている。

                                  (了)