コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第333話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第333話】

 羽磋や冒頓が知る「母を待つ少女」と理亜の性格は、一方が激しい怒りを、もう一方が忍耐強さと優しさを特徴とするものでしたが、元から二人が全く違った性格だったわけではなかったのです。二人は共に、子供らしい優しい心を持った女の子だったのです。それなのに、母親を目の前で失い、自分自身も通常では考えられないような辛い状況に落とされることで、心に深い傷を負ったことから、精霊と他者に対して大きな怒りと悲しみを持つようになってしまったのです。

 この月が見守る深夜に、精霊の力が支配すると言われるヤルダンの奥で、精霊に語り掛ける力を見込まれて奴隷として買われた理亜が、月の巫女の祭事でも執り行われる「水をゴビの大地に注ぐ」と言う行為をした結果、その同じような特徴を持つ二つの心が交じり合って一つになるという、超常の現象が生じたのでした。

 そして、その交じり合った心は、また二つに分かれて「母を待つ少女」と理亜の身体の中に戻りました。でも、それらの心は、元と同じ色ではありませんでした。

 「母を待つ少女」に戻ったのは、怒りの赤と悲しみの青が混じった、傷口から流れ出る血のような紫色。理亜の身体に戻ったのは、穏やかな温もりを感じさせる黄色と無垢な白色が交じり合った、月の光のような黄白色。二人がそれぞれ持っていた怒りや悲しみはまとめて「母を待つ少女」に、そして、強さや優しさはまとめて理亜に戻されたのでした。

 理亜が「母を待つ少女」の奇岩の足元に水を注いだ直後から、少しの間二人の意識は途切れていました。それは、このように二人の心が混ぜ合わされていたためです。そして、それが原因であるというからにはもちろん、二人の身体に再び心が戻された後には、二人は意識を取り戻すことができました。ただ、それは同時には起こりませんでした。やはり、風粟の病のせいで理亜の身体は弱り切っていたのでしょう。先に意識を取り戻して、ブルブルッと身体を震わせたのは、「母を待つ少女」の奇岩の方だったのでした。

 あれ? 身体を震わせて? 

 そうです、この時からなのです、「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩が、単なる砂岩の塊に過ぎないはずの身体を自在に動かせるようになり、さらには、他の砂岩の像を作り上げて、それに命令を与えて動かしたりできるようになったのは。

 「母を待つ少女」自身も、始めは自分が動けるようになったことに激しく驚きました。目の前で絶望した母親が地面の割れ目に身を投じた時も、彼女を止めるために走り出すどころか、その手と思しき飛び出た部分を母親に向けてわずかに動かすことさえもできなかったのに。

 それでも、この「魔鬼城」と人々に呼ばれるヤルダンの中で、気が遠くなるほど長い間立ち続けていた彼女は、精霊の不思議な力の働きを何度も感じ取ってきました。それにもちろん、自分自身に起きた出来事こそが、夢にも思わなかったことが実際に起こり得ることの証左でした。

 手を振ってみたり足踏みをしてみたりして自分が動けるようになったことを確認していると、「母を待つ少女」は、人が砂岩の像に変えられることがあったのですから、それが動き出すことが起きても、さほど不思議では無いような気もしてきました。

 自分が動けるようになったことへの驚きが小さくなってくると、勢いよく沸き上がってきた別の感情が、その心の余白を一瞬で埋めてしまいました。それは、自分だけを特別に酷い目にあわせた、精霊や他の人々に対する激しい怒りでした。自分の心の中の事ですから、「母を待つ少女」がその感情の出自を疑うことはなかったのですが、もちろんそれは彼女と理亜の二人分のとても強い怒りや憎しみであったので、彼女はそれに従って行動することに何のためらいも覚えませんでした。

「ああっ、精霊めっ。どうしてわたしだけを、こんなに辛い目にあわすんだ。人間もそうだ。どうして、わたしを助けてくれなかったんだっ。憎い、あいつらが憎いっ。そうだっ! 復讐だ! 絶対にあいつらにやり返してやる!」

 「母を待つ少女」は、自分を見物しにやって来る交易隊の男たちのおしゃべりを聞いていましたので、自分が人間として暮らしていた時からずいぶんと時間が経ったこの時でも、ヤルダンの近くに村がある事を知っていました。

「ひょっとしたら、それはわたしと母さんが暮らしていた村なのかもしれない。母さんと私を見殺しにしたあいつらの子孫が暮らしているのだったら、その村を襲ってやろうか。いや、まずは、ここを通る交易隊を襲って、自分に何ができるか確かめるか。それとも・・・・・・」

 復讐の算段をしながら、「母を待つ少女」の奇岩は自分が立っていた広場から出て行こうとします。その時、彼女は自分の足元に小さな女の子が倒れているのに、気が付きました。

「人間だっ!」

 反射的に右腕を振り上げる「母を待つ少女」の奇岩。

 もちろん、その倒れている少女は理亜で、彼女と心を混ぜ合わせた後に分け合った少女です。でも、そのような事を、当事者である彼女が知る由もありません。

 彼女の心の中では、精霊と人間への憎しみの炎が激しく燃え盛っています。相手が小さな女の子だろうと関係がありません。自分が精霊と人間に酷い目にあわされたのも、小さな女の子だった時だったではありませんか。

 「母を待つ少女」の奇岩は、その右腕を理亜の頭に向かって振り下ろそうと、グッと力を入れました。

 でも、それを振り降ろすことは、彼女にはできませんでした。それがどうしてだか、自分でもわかりません。ただ、月の光を受けてほのかな黄白色に染まっている理亜の顔を見ていると、どうしてもその腕を振り降ろすことができないのでした。

「まぁ、この子もわたしと同じように、母さんを捜しているんだからな」

 結局、「母を待つ少女」は自分を納得させるために無理やりにでも理屈をつけて、理亜をその場に捨て置くことにしました。その後、彼女は復讐の相手を求めてヤルダンの奥へと去っていくのですが、自分に水をくれた少女の顔は強い印象となって心に残り続けるのでした。