七海とさくらは幼馴染だ。二人は中学校まで他県にある同じ学校に通っていたのだけど、調香師という専門分野に進むために、さくらは都内の進学校に入学した。地元の高校に進んだ七海とはそこで一度離れてしまったのだけど、ファッションデザイナーを目指す七海が、都内の服飾専門学校に通うために高校卒業後は東京に出て来たので、いまはあたしも含めたみんなでたくさんの時間を過ごせるようになった。
「やっぱり、演奏の後はこれだよねぇ。いただきまーす!」
「ダブルサイズ」どころではない、通常の倍以上の大きさのパンケーキが数枚重ねられた特別版パンケーキの上に、まずはポット一つからシロップを全部落とす。これもたっぷり乗せられているバターと一緒にそれを塗り広げてから、サクッとナイフを入れて口に運ぶ。
あー、もう! 幸せだ!
反対側に座るさくらと目が合う。さくらはとても嬉しそうに微笑んでいる。ありがと。うん、美味しいよ、さくら!
隣の席のサラが息をのむ気配がする。待て待て。パンケーキの美味しさは、英国人の貴方の方が良く知っているのではないかい? 確かに一般的なものよりは少々大きなサイズですが、ここは引くところではないですぞ? 木琴鳥のパンケーキは最高なんだからさ、今度試してみたら良いよ。
本当なら、「ああ、美味しい!」という感動の波に乗って、どんどんと食べ進めていきたいところだ。だけど、今日は七海がバイトを終えて席に着くのを待たないといけないし、その後も彼女の話をゆっくりと聞きたい。あたしは、パンケーキのお皿を俯瞰して、ザッとペース配分を計算してから、もう一切れをゆっくりと口に運んだ。
「うふふ、美味しっ。・・・・・・それで、確か今日は、サラが七海の田舎に伝わるお話を聞きたいってことだったよね」
「そうなんです。サラちゃんは日本の昔話や伝承に関心があるんです。それで、わたしが以前に七海から聞いたことのあるお話をしたら、とても興味を持ってくれて、もっと詳しく知りたいってお願いされたんです。ね、サラちゃん」
さくらから話を振られたサラが、コクリと頷いた。
「ソウです。さくらからキイタはなし、とてもオモシロイです。わたしがグランマからきいたオハナシとにているけど、にていないデス」
「似ているけど、似ていない?」
「かみさまにササゲモノするところがおなじです。でも、ゼンゼンちがうストーリーです」
「そうそう、それだよ。あたしはそのサラがおばあさまからきいたお話とか、七海の田舎のお話とかを、詳しく聞いてないんだよね」
「あ、御免なさい。確かにしっかりとは響ちゃんにお話していなかったですね。えーと・・・・・・」
ここであたしに詳しい話をした方が良いか、さくらはサラの顔をチラッと見た。
そこへ、アルバイト中につけていたエプロンを外した七海が、自分用のアイスコーヒーとチョコレートケーキをトレイに乗せてやってきた。
「お待たせー。ちょっと早めに上がらせてもらえたよ。あ、これ、響に」
七海のために空けてあったテーブルのスペースに、トン、トンと、アイスコーヒーのグラスとケーキのお皿を置く。そして、あたしの前にも小皿を一つ。
「七海っ、これはまさか!」
「そのまさかだよ、響君。ダブルサイズパンケーキは美味しい。食べ応えもある。でも、残念な点も確かにある。それはバターだよ。シロップはポットの数を増やせるし、好きなタイミングでそれを掛けられるけど、バターは量を増やしたところで、一番上のパンケーキに集中しちゃうもんね。だから、後出しで持ってきたんだよ。下側に隠れていたパンケーキ用の追加バターをさ!」
「流石だよ、七海! 愛してる! 次に弾く曲は、七海に捧げるよ!」
「あはは、大げさっ。でも、なんかリクエストを考えとくね」
七海は朗らかに笑いながら、トレイを返しに行った。
あたしはさくらに目で合図をした。七海もバイトが終わったことだから、彼女が帰ってきてからサラの話とかをちゃんと聞こうと。よし、その前に・・・・・・。
あたしは計画していたよりもたっぷりとバターを塗ると、大きな口を開けてパンケーキを頬張った。
「・・・・・・コレが、わたしがグランマからきいたオハナシです」
七海が席に着くのを待ってサラが話してくれたのは、彼女がおばあ様から聞かされたというお話だった。と言うか、「お話」って言って良いのかな、これ。聖書にある「カインとアベル」のお話だよね。あ、えーと、神話? うーん、なんだかそれも違うな。やっぱり、「お話」としとこう。
「前にサラちゃんから聞いた時にも、あれって思ったんですけど・・・・・・」
気になるところがあるのか、さくらが小首をかしげている。
「アダムとイヴの子供が、カインとアベルなんですよね。それで、アダムとイヴは神様が作られた最初の人間。そうしたら、世界にはアダム、イヴ、カイン、それに、アベルの四人しかいないはずじゃないですか。どうして、エデンの東に追放されるカインは、罪人の自分はそこで誰かに殺されてしまうと怯えるんでしょう?」
さくらの横では、七海が「あっ」と驚いた顔をしている。