「えーと、サラとさくらから聞かれたことは、実は繋がってるんだよね」
七海はあたしも含めたみんなの顔を見回して、話を再開した。
「川の恵みを受けて栄えていたその村では、川神様をお祀りしてた。村人は自分たちの力をはるかに超えた自然の力に対して感謝や敬意を持っていたんだけど、それを表すためには、川という『自然物』でなくて神様という『対象物』があった方が良かったんだろうね」
後半は、サラに対しての説明だ。一神教であるキリスト教に、自然物や人物を神として奉る感覚はないだろうからだ。
「それでね、新年の儀式や収穫のお祭りなどでは、選ばれた美しい女の子と村長が、神様に畏れを捧げる儀式を行ってたの。だけどね、今回みたいに神様が荒ぶれてしまわれたとき、荒神様になってしまわれたときには、畏れはもう受け入れてもらえない。どれだけ人が神様の力を認めているかを、恐れることで表さないといけなかったの」
「オソレはだめだけど、オソレをあらわすのですか?」
「そうなんだよね。同じ『オソレ』という発音なんだけど、ちょっとニュアンスが違ってるの。最初の方は敬う気持ち。自然が持つとても大きな力にすごいと賛美する気持ち、みたいな。だから、いつもは『川の恵みは人間では生み出せない本当にすごいものです。恵みをありがとうございます』と神様にお伝えしてるの。だけど、川の神様がお怒りになって、川が大荒れになっている時には、もっと単純に『恐ろしいです。貴方の力はとても強くて、我々はこんなにも怯えています』とお伝えしないと、神様に伝わらないんだって。そうだなぁ、二つのオソレをすごく簡単な言葉に言い換えるとしたら、初めのが『すごいです』で後のが『こわいです』になるのかなぁ」
サラは「すごいです、こわいです」と小さく繰り返しながら、七海の話を思い返すようだった。
「畏れ」と「恐れ」か。すごく日本的な回りくどい言い回しのような気もするけど、言いたいことはとても良くわかる。きっと、たとえ神様であったとしても、頭に血が上っている時には、わかりやすい表現で「あなたの力を認めています」と伝えないと、理解してもらえないんだろうな。
「そうか、だからなんですね!」
「お、流石、さくら君。説明せずとも気が付いたようだね。実はそうなんだ」
急に声をあげたさくらに、七海が応える。
ん、なんだ? 何がそうなんだろう?
「あの話の中で、泣き虫の子が荒神様への捧げものに選ばれたり、その子が川へ投げ込まれるのでなくて小屋に閉じ込められたりした理由だよ、響、サラ」
ちょっと話の流れについて行きそこなったあたしとサラに、七海がフォローを入れてくれた。
「荒ぶれてしまった川神様に『怖いです』という恐れを捧げて、そのお怒りを鎮めてもらうためには、泣き虫で甘えん坊の子が一番良かったの。だって、そういう子が一番怖がってくれるから。その逆に、賢くて優しい子が『私が村のために犠牲になります』って出て来られても、きっと一生懸命に怖さを押し隠してしまうだろうから、逆効果になるんだよ。小屋に閉じ込める理由も同じ。川に投げ込まれるのももちろん怖いけど、一瞬でしょ。それよりも、荒れ狂う川の様子が聞こえる小屋の中に閉じ込めて死を意識させる方が、よっぽど強い恐怖を、それも長い間、生み出すことができるんだよ」
ははぁ・・・・・・。そう、なんだ。それは、良くわかるよ。七海。
七海の話を聞いていた時に触れた、うめが心底味わうこととなった冷たくて重苦しい恐怖を思い返して、あたしは身震いせずにはいられなかった。
「一瞬の死よりも、それを意識した厳しい状況が長く続く方が辛い、と言うことですか。さっきカインのその後の話をしていた時にも、そんな話が出ましたよね」
「そうですネ。そこもスコシにています。カインはしぬのでなくて、しるしをつけられたうえでツイホウされました。そして、そのさきでコドモができたり、まちをつくったりシタそうです。ななみのはなしではそのあとドウデスカ」
サラは、この捧げものにされた女の子がどうなったのかと、七海に先を話すように促した。
なるほど、カインは結婚をして子供が生まれたんだ。神様が付けた印のお陰か、殺されることはなかったんだね。街をつくったって、けっこう活躍したんじゃないの。心を入れ替えて頑張れたんだね。
「うん、この捧げものにされた女の子のお陰か、その夜が明けるころには雨は降り止んで、川の流れも徐々に落ち着いていったんだって。女の子が捧げた『恐れ』が荒神様に届いたんだろうね」
「その女の子は、どうなったんですか。まさか・・・・・・」
「いいや、さくら。大丈夫だったんだよ。天候が回復したおかげで川の水が溢れることはなかったから、小屋が流されたり水の底に沈んだりすることはなかった。それで、次の日の朝に男衆が木戸を開けたら、床に女の子が気を失って倒れているのを見つけたんだ。男たちが彼女を抱きかかえて呼び掛けると、彼女は無事に意識を取り戻した。何かにぶつけたのか額には大きな傷がついていて、顔には血がべっとりとこびり付いていたけど、その他には大きな怪我はなかったそうだよ」
「よかったです・・・・・・。じゃぁ、その子は無事に家へ帰れたんですね」
きっとさくらは、悪い結末も有り得ると考えていたのだろう。そうではなかったと聞くと、安心したように「フウー」と大きな息を一つ吐いていた。