コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【短期集中連載⑩終】エデンの東の果ての地で ~ココロにパフュームをⅤ

 

 カインは追放された先で頑張ったみたいだけど、その女の子も頑張れた、いや、ちょっと違うか、でもお役目を果たせたんだね。でも、そんな弱虫で甘えん坊の子だったら、村に帰ってから大人たちに泣きながら恨み言を言って困らせるか、その反対に、自分はものすごく大きな仕事をしたんだと、ますますいい気になって威張りまくったんじゃないかなぁ。

 あたしが、女の子が村に帰った後のことを考えていると、ちょうどいいタイミングで七海がその話をしてくれた。

「その女の子が村に帰ると、村の人たちはもう彼女を下にも置かないような大歓迎をしたんだって。だって、神様に『恐れ』を捧げて村を救ってくれた大恩人だもんね。だけど、どれだけ村人に感謝されても、彼女はそれで舞い上がって浮かれてしまうのでなかった。もちろん、『どうしてわたしを捧げものにしたの』って文句を言うのでもなかったの。甘えんぼの小さな子だったら、そのどちらかになると思うんだけどね」

「どうしてだったのデスカ。ひょっとしてチェンジされたとか?」

 サラの質問に「うん?」と言う表情を浮かべた七海に、あたしは説明をしてあげた。

 きっとサラが言う「チェンジされた」とは、「女の子が違う子と取り替えられた」と言う意味だと思う。ヨーロッパの伝承には、人間の子供がフェアリーやトロールに攫われて、戻ってきたと思ったら彼らの子供と取り替えられていたっていうものがあるから。

「ううん、そうでもなかったの。女の子が他の誰かと取り替えられていたってこともなかった。でもね、彼女からは恐れとか妬みとかがすっかりと無くなっていて、まるで別人のようになっていたんだって。憑き物がすっかり落ちたって感じかな。ああそう、心の中に潜んでいた悪い感情を起こす化け物が、すっかりいなくなったっていう意味だよ」

「アラカミさまが、バケモノヲたいじしてくれたのデスネ?」

「いやぁ・・・・・・。そう、かな? 退治したというか、荒神様がそういう感情を食べてしまったという感じがするけど、あたしには。ともかく、捧げものにされた女の子は、それ以来とても心穏やかな人になって、みんなから敬われて幸せに暮らしたそうだよ。額の傷が印になって、大雨があった年から時がどれだけ過ぎても、みんなが『あの人が村を救ってくれた人だ』って気付けたんだって。ただ、彼女は神様に捧げられた人だからって、村の男と結ばれることだけはなかったそうなの」

 七海の話に「ナルホド、よかったですね」と頷くサラ。だけど、その向かいに座るさくらの方は、彼女と同じようには思っていなさそうだった。

「そうなんですね・・・・・・。村を救った恩人として尊敬されていたとしても、額の印がある限り本当の意味では村人の中には戻れなかったんですね。女の子がそれを寂しいと思わなかったら良いのですけど・・・・・・。あ、そういう気持ちの落ち込みも無くなってしまったのでしたっけ。それだったら、良かった・・・・・・、と言えるのでしょうか・・・・・・」

 子供の頃に絵本で読んだ昔話の最後は、決まって「めでたし、めでたし」で終わっていた。このお話も枝葉を取って幹だけにしてしまえば、「大水害の危機から村は救われました。弱虫の女の子は立派な大人になって幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」となるのかもしれない。

 だけど、だけどだよ。

 カインとアベルの話もそうだけど、あまりにも話を単純化してしまうのも、なんだか違う気がする。うまく言葉にできないのだけれど、それだとあたしの感じたものが無かったことになってしまう気がする。多分、さくらも、そうなんだろう。

「ねえ、七海はどう思ったの、このお話を聞いて?」

「あたし? うーん、最初におばあちゃんから聞いた時もそうだし、今日サラからカイントとアベルの話を聞いてなおさらそう思ったんだけど・・・・・・。変な言い方になっても良いかな、響?」

「もちろん、良いよ。七海の言葉で聞きたいんだよ」

 珍しくちょっと遠慮する様子の七海に、あたしは身を乗り出すようにして催促をした。きちんとわかりやすい言葉で整理できないとしても、七海は物事の本質を感覚的に掴むことができる人だと思っているからだ。

「なんだかまとまってなくて、恥ずかしいんだけど・・・・・・。あのね、『みんな、一生懸命生きてたんだな』っていうのが感想なの。村の人も捧げものにされた女の子も、誰が悪いとか誰が良いとかなんて、あたしには言えない。ただ、その時その場所で、本当にみんなが一生懸命に生きてたんだなって。サラから聞いたカインとアベルの話もそうで、もちろん人殺しは悪いことだけど、それよりも、カインもアベルもそこにいて、それぞれ懸命に生きてたんだなって、そっちの思いの方が大きいんだ」

 ああ、そうだ。

 もう一度、あたしの目の前にあの村の景色が広がった。あの子、そうだ、うめ。泣き虫だったうめ。小屋の中で死を恐れて泣きわめいていたうめ。村人から恩人として敬われるうめ。嫁ぎ、娶り、子をなしていく兄弟の中で、独りで年老いていくうめ・・・・・・。

 それと同時に、サラから聞いたカインとアベルの世界も見えた。アベルだけが神に受け入れられたことに怒り悲しむカイン。弟を殺してしまった自分を強く責めるカイン。ああ、追放された先で妻と子供を得た時、彼はどれほど嬉しかっただろうか。それでも、他人と会う度に、彼らの視線が自分の額に向くことで、自分が罪人であることを突き付けられるんだ・・・・・・。

 今日、サラの話や七海の話を聞いて感じたのは、そうなんだ。それらは昔の話で、それで語られる人は昔の人だけど、その人たちは確かに生きていたんだ。一生懸命に生きていたんだ。あたしと、あたしたちと同じように、生きていたんだ。

「ねぇ、七海のおばあさまのお話は昔の日本のお話ですけど、流石にカインとアベルの話から比べると、ずうっと後の話ですよね。エデンの東へ追放されたカインは、そこで街を作って子供を育てたそうです。もしも、その子孫たちが東へ東へと住む場所を広げていったのだとしたら、その果てにある日本にまで来たのかもしれないですよね。ほら、日本人の祖先は大陸から渡って来たそうですから」

「おもしろいかんがえデス、さくら。だけど、なんだかウレシイです。ふたつのはなしにニテイルところがあるのも、そのせいかもシレマセンネ」

さくらが二つの話を関連付けたことに、サラも嬉しそうな顔をする。その顔がさっきよりも身近なものに思えるのが不思議だ。

「さぁ、ずいぶん長いこと話し込んじゃったね。お茶もケーキも無くなったし、今日はここまでにしようか。最後に、響、さっき言っていたリクエストをして良い?」

「もちろん、七海とみんなのために弾かせてもらうよ。あの曲はピアノを習い始めた頃に練習したことがあるから、大丈夫」

「あれ? 曲名はまだ言って無いよ?」

「わかってるよ、七海の聞きたい曲は。あの映画の曲だよね。あたしも同じだから」

 七海はニッと笑って頷いてくれた。

 あたしは、ゆっくりと椅子を引いて立ちあがると、七海たちに右手をひらひらと振ってから、ピアノに向かって歩いて行った。

 演奏する曲は、そう、映画「エデンの東」のテーマ曲だ。

 カインもアベルも、七海の話に出て来た女の子も村人も、みんなその時その場所で、一生懸命に生きてたんだ。何だかそのことが無性に愛おしくて仕方がない。

 その思いをしっかりと込めてピアノを弾きたいと、強く思う。

 いまのあたしにとって、それが「一生懸命に生きる」ということだから。

(了)

 

 

 

 

 


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