コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第355話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第355話】

 冒頓と羽磋は、お互いの話がひと段落したところで腰を上げると、王柔と理亜がどこに居るのかと見回しました。二人の話も聞きたいと思ったのです。野営が始まってからだいぶん時間が経過しましたから、気の合った者たちが集まる小さな輪も幾つかできるようになっていました。でも、やはり、王柔の周りに集まって、自分たちがお尻を乗せているこの地面の下での冒険談を聞かせてくれとせがむ男たちの輪が、まだ一番大きいのでした。

 では、理亜はどこに居るのでしょうか? 

 座り込んでいる男たちの肩を押して道をつくり、ようやく王柔の近くにまで来た羽磋は、彼の膝に頭を乗せて理亜が眠り込んでいるのを見つけました。

「すみません、冒頓殿。理亜は寝てしまっているようです。お話の方は・・・・・・」

 羽磋は後ろからついて来ていた冒頓に詫びました。そして、もしも彼女の話を聞きたいと言うことであれば起こしますが、と身振りで尋ねました。

「ああ、いいさ、羽磋。もうずいぶん遅い時間だから、寝かしといてやれよ。ここからは大人の時間だ。話は王柔からたっぷりと聞かせてもらうぜ」

 冒頓は笑いながら首を横に振ると、王柔の横にドカッと腰を下ろしました。そして、周囲の騒がしさが全く気にならない様子で、ぐっすりと眠り込んでいる理亜の顔を見降ろすと、感慨深げな声で王柔に話しかけるのでした。

「羽磋からも話は聞いたけどよ、この子の身体の中にあの奇岩の心の半分が入ってたなんてな。こうして寝ているところを見ると、信じられねぇって感じだよな。いや、もちろん、俺たちはお嬢ちゃんが夜に消えたりするところを見てたからよ、わかるんだけどよ・・・・・・」

「ええ、お話、わかります。冒頓殿・・・・・・」

 わずかに上下する理亜の背中に手を当てながら、王柔も呟きました。

 彼の手には、理亜の身体の温かさが伝わってきます。彼の膝には、理亜の頭の重さがかかってきています。もう、理亜が人の身体に触れられないと言うことは無いのです。夜になると消えてしまうということもないのです。彼女の身体に起きていた異常をなんとか治したいと、土光村中を走り回っていた王柔にしてみれば、ようやく目的を果たせて心の底からホッと安堵の一息を吐くことができるというものでした。

 でも、こうして元の身体を取り戻した理亜に接していると、最も彼女の近くにいた王柔でさえも、「あれは本当にあった事だろうか」と言う思いがフッと浮かび上がってきたりもするのでした。

 まるで父親と娘のような二人の様子を、冒頓は目を細めて眺めました。そして、王柔の前に置かれていた馬乳酒が入った椀を手に取ると、中のものをグイッと飲み干しました。冒頓はそこに自分が携えて来たヤルヒを注ぐと、王柔の顔の前に差し出しました。

「王花殿の酒場では、お前はどうしたいんだっと言ったりもしたがよ。その後、村の長老を訪ねたり、精霊の子の所に行ってみたりと、お前は駆けずり回っていたらしいな。こうしてお嬢ちゃんが元に戻れたのは、お前のそうした努力があってのもんだと思うぜ。良くやったな、王柔」

「ぼ、冒頓殿・・・・・・。あ、ありがとうござ、いま、す・・・・・・」

 冒頓から掛けられた言葉に、王柔は一瞬驚いた顔を見せました。でも、すぐにその顔はクシャクシャッとしかめられ、目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ出しました。

 気弱なところがある王柔にとって、押出しの強い冒頓は苦手な、いいえ、正直に言えば怖い存在でした。また、冒頓が話したように、王花の酒場の奥の部屋で皆が集まった際には、「理亜のことを人にお願いするばかりで、自分がしたいことがちっとも伝わってこない」と、冒頓から強い叱責を受けたこともありました。

 その冒頓から、「良くやった」との言葉を貰い、認められたのです。もちろん、自分が褒められたり認められたりすることが目的で、理亜を助けようとしていたわけではありません。それでも、冒頓から掛けられたこの思いがけない言葉は、王柔の身体中をカッと熱くするほどの嬉しいものでした。

 冒頓は涙を見せた王柔をからかうこともなく、カラッと明るい調子でヤルヒの入った椀を勧めます。王柔はそれを両手で受け取ると口に当て、グッ、グッ、ググッと、一気に飲み干してしまいました。

「おおぅ。なんだ、お前、結構いけるんじゃねぇか。よし、もう一杯どうだ?」

「あ、ありがとう、ございますっ。いた、いただきますっ」

 予想外に飲みっぷりが良い王柔に、冒頓がさらにヤルヒを勧めました。強い酒のせいか冒頓に褒められて上気したせいか、顔を赤くした王柔は勢いよく椀を差し出しました。

「あははっ、あんまり飲み過ぎないでくださいよっ。明日も歩かないといけないんですからっ」

 その様子を見て、羽磋は大きな笑い声をあげました。一応、注意も添えては見たものの、それを言った自分でも二人がここで止まるとは思えませんでした。なぜなら、こんなにも楽しい気分で皆が酒を酌み交わすことができるなんて、いつ以来だか思い出すこともできないほど稀な事だったからです。

 「羽磋殿もどうっすか?」と言う声と共に、羽磋の前にもヤルヒを満たした椀が差し出されました。苑です。まだまだ羽磋と話したいと、ヤルヒの入った皮袋といくつかの干し肉を持って、やってきたのです。