コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第356話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第356話】

「よし、今日は飲むか! もちろん苑も飲むよなっ」

 羽磋は椀を受け取ると、ヤルヒが入った皮袋の方にも手を伸ばしました。苑の方も心得たもので、皮袋を羽磋に渡すと、自分の椀を差し出してそれにヤルヒを注いでもらうのでした。

「羽磋殿が崖から落ちた時には、本当に心配したっすよ・・・・・・。でも、きっと無事に戻って来てくれると、俺は信じてたっす!」

「ああ、心配してくれて、ありがとう! 俺はやらないといけないことがあるからな、絶対にこんな所で死ぬわけにはいかない。でも・・・・・・、正直言って、今回は良く助かったもんだと、自分でも思うよ」

 二人は同時にグイッとヤルヒを煽ると、カアッと熱い息を吐き出しました。そして、どちらからともなく、「ふふ、ははは、あはははっ」と大声で笑いだしました。

 息が続く限り大きな笑い声をあげた後で、羽磋は頭上を覆う夜空を見上げました。そこでは無数の星に囲まれた月が、彼らを優しく見守るように輝いていました。彼の目には、黄白色の光を放つ月と重なるように、輝夜姫の顔が見えていました。

「あの地下でのことを考えると、こうして地上に戻って夜空を見上げているのが、不思議なぐらいだ。本当に地上に帰って来ることができて良かった。輝夜を月に還す手段を見つけ出して、あいつと一緒に世界を回る約束を果たさないといけないのにな。そうだよ。王柔殿がやり遂げたように、俺もやるべきことをしっかりとやり遂げないと」

 羽磋は自分に言い聞かせるように、静かに呟きました。

 その羽磋の椀に、また苑がヤルヒを注ぎました。苑は羽磋の事をとても尊敬していました。自分とたいして年も変わらないのに羽磋はもう成人を認められていて、格上の存在過ぎて憧れるのもかなわない冒頓にも一目置かれているのですから。それに羽磋は、そのような特別な存在であるにもかかわらず、自分のような年下にも気さくに接してくれるのです。羽磋と知り合ったのは讃岐村から土光村への道の途中で、それからさほど長い時間が経っているわけではないのですが、いつしか苑はこの異民族の男を昔から知っている先輩のように思うようになっていたのでした。

「羽磋殿、俺も羽磋殿のようにしっかりとした男になりたいっす。どうしたら、羽磋殿のようになれますか?」

「え、俺の様に? いやいや、俺なんて全然だよ・・・・・・」

 苑の少年らしい真っすぐな問いに、羽磋は苦笑するしかありませんでした。確かに彼は小さな頃からその能力を認められ、成人前から大人と一緒に仕事をする機会を数多く持っていました。でも、それは自分よりも体力や経験のある大人と一緒に働くと言うことです。自分ができることや知っていることは、当然周りの者はできますし知っているのです。

 このような時に、「自分は認められて大人の中に加えてもらえた」と得意に思う者もいるのでしょうが、羽磋にとってそれは、自分の力や経験がまだまだ足りないことを思い知らされる場でありました。彼ができたことは「一生懸命に頑張ること」だけでした。そしてそれは、輝夜姫が自分を特別扱いする人々に溶け込もうと「一生懸命に頑張る」ことへの、強い共感に繋がっているのでした。

 特別なことはなにもないという羽磋に、それでもと苑は何度も話をせがみます。なにも教訓めいた話や冒険談でなくていいのです。羽磋が子供のころどうしていたとか、遊牧の中でこんなことがあったとか、とにかく羽磋に関する話が聞きたくて仕方がないのです。

 羽磋は背筋を伸ばして頭を高くすると、辺りを見回しました。始めは、羽磋や王柔の周りに男たちが集まっていましたが、一通りの説明を終えたいまでは、気の合った者同士が賑やかに語り合う塊が、そこかしこにできあがっていました。その塊の一つには、しきりに恐縮するように頭を下げる王柔と、彼の背中をバンバンと叩いて笑う冒頓の姿もありました。

 この様子では、もう地下での冒険談を求められることはなさそうです。それに、まだまだ宴のような野営も続きそうです。

「ようし、じゃあ、村での事を話そうか。そうしたら、苑が覚えていることで良いから、匈奴のことも教えてくれよ。月の民の外のこと、たくさん知りたいんだ」

「はい、もちろんですっ。羽磋殿っ」

 嬉しそうに返事をする苑の椀に、羽磋はヤルヒを注ぎました。

 獣除けで焚かれている篝火の中で、パチンバチンッと木が爆ぜる音がしましたが、見張りの者を除けば、それに気が付いた者はおりませんでした。みんな自分たちの話に集中していたのです。ヤルダン入口で野営を行う男たちの夜は、まだまだ長く続きそうでした。

 

 次の日の朝、太陽の光がゴビの砂漠を照らし始めた頃には、この野営地は既に活動を始めていました。

 いくら前日の夜に騒いだからと言って、次の日の朝の仕事に差し障りを生じさせることはできません。遊牧中であれば、羊や馬の世話は人間の都合に関わらず自然の運航に合わせて行わなければいけませんし、彼らのように野営中であれば、駱駝や馬に餌や水を与えたり荷を纏めたりする必要があります。もちろん、その間も周囲への警戒を絶やすわけにはいきません。彼ら遊牧民族は、たとえ根拠地の村に帰り歓迎の宴で杯を重ねる時であっても、自分たちの財産である家畜の世話の事を完全に忘れてしまうことなどないのです。