コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第357話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第357話】

 駱駝や馬の世話を終えた後に、護衛隊や交易隊の男たちは馬乳酒やチーズで簡単な食事をとりました。そして、敷布を畳み、荷を駱駝の背に乗せると、出立の準備は整いました。昨日の夜に思う存分語り合ったせいか、おしゃべりをしてグズグズと準備に時間を掛ける者は、一人もいませんでした。

 大まかに二つの塊に分かれ、自分の方をジッと見つめて指示を待つ男たちの顔を、冒頓はゆっくりと見回しました。目の前にいる男たちが一丸となって、一連の人知を超えた出来事を乗り越えてきたのですが、ここで二手に分かれることになります。これはヤルダンに乗り込む前に立てられていた計画に沿ったことなのですが、このこと自体が「異常」から「通常」に戻れたことの象徴のように思えてなりませんでした。

 通常の野営地からの出発であれば、「ようし、出発だ」と冒頓が簡単な指示を出すだけです。でも、この時の冒頓は、特別な思いを込めて部下にねぎらいの言葉をかけてから、出発の合図を出したのでした。

「みんな、今日までよく頑張ってくれたな。お前らのお陰で、ヤルダンの問題は上手く片が付いたぜ。そこで、元々の計画どおり、ここで二手に分かれる。まずは羽磋。お前は小野殿から託された荷と共にヤルダンを抜けて、吐露村まで行く。案内は王柔。護衛は騎馬隊から弁富、それに弁富の徒歩の部下たちだ」

「はい、冒頓殿」

 羽磋は、「いよいよ阿部殿に会うために吐露村に向かうことができるのだ」と、胸が熱くなるのを感じました。もともと羽磋は、父である大伴から「吐露村にいる阿部殿は、月の巫女について色々と調べている方だから、彼に会って月の巫女について教えてもらうのが良い」と言われて送り出されたのです。

 都合よく大伴と旧知の仲である小野の交易隊が村の近くにいて、彼らも吐露村を目指していたことから、羽磋は小野の交易隊に同行を願い出ました。交易隊の護衛をしていた冒頓たちとは、この時に出会ったのでした。

 羽磋が出立した村から吐露村へ行くには、交易路を西へ進んで土光村に入り、そこから北西にあるヤルダンと呼ばれる砂岩の台地が入り組んだ難所を通り抜けなければなりませんでした。そのヤルダンは王花の盗賊団と呼ばれる一団が管理をしていたのですが、彼らが砂岩の像に襲われるという不可思議な問題が生じていたために、ヤルダンを通り抜けることができなくなっていました。

 でも、サバクオオカミの形をした砂岩の像を率いて王花の盗賊団を襲っていた「母を待つ少女」の奇岩は、元の少女の姿を取り戻して地下へ去りました。サバクオオカミの像も崩れ落ちて、元の砂に戻りました。これでようやくヤルダンを通り抜けて、目的の地へ足を進めることができるようになったのです。いままでは次々と目の前に現れる困難を乗り切るので精一杯でしたが、改めて自分の目的に向けて視線を上げることができるようになると、嬉しさがこみ上げてくるのでした。

 羽磋の横では、王柔が赤い布をギュッと頭に巻きつけていました。これは、ヤルダンの案内人が目印のために頭に巻くもので、これを付けている者に先導されている交易隊は、ヤルダンを管理している王花の盗賊団から狙われないで済むのでした。いまはまだ、冒頓がヤルダンで起きていた問題を取り除いたことが、王花の盗賊団の頭目である王花に報告されていないので、この赤い頭布を巻く必要は無いのですが、ヤルダンの案内を務めるという役目を与えられたので改めて気合を入れようと、王柔はこれを巻いているのでした。

 王柔の服の裾をギュッと握っているのは理亜です。元の身体を取り戻した理亜は、彼女の保護者と目されている王柔と一緒に行動することとなりました。羽磋と交易隊を案内してヤルダンを抜けると、そのまま吐露村まで行くのです。そして、こんどは反対の方向へ、つまり吐露村から土光村の方へヤルダンを抜けようとする交易隊を、そこで待つことになるのでした。元々、他国から奴隷として連れて来られた理亜にとっては、どこへ行きたいとか何かをしたいなどの思いがあるわけではありません。彼女にとっては、自分を大切に思ってくれる王柔の傍にいたいということが、一番の希望なのでした。

 幸か不幸か、風粟の病を発した理亜は、奴隷を引き連れて進んでいた交易隊の長である寒山に捨てられていたので、自由の身であると言えました。そのため、彼女が王柔の横に居続けようとするのを止める必要は無いのでした。

「その他の者は一度土光村へ帰るぞ。ヤルダンの通り抜けができるようになったことを王花殿に報告しなきゃならねぇ。もちろん、小野殿にもだ。もともと、小野殿の交易隊は吐露村を目的地としているからな。準備ができ次第、出発することになるだろう。だから、弁富。お前は羽磋を吐露村まで送り届けたら、そこで待機しておけ。俺たちも、大して時を置かずに吐露村に着くだろうからな」

「わかりました、隊長殿」

 羽磋と交易隊の護衛をして吐露村まで行くように命じられた弁富は、冒頓から厚く信頼を置かれている壮年の男です。彼は責任の重さをよくわかっていましたから、冒頓の目をしっかりと見つめながら、力強く返答するのでした。