
「月の砂漠の輝夜姫」第1巻、そして、第2短編集「惑星ズヴェツダの丘の上で」の文庫本作成に伴い本連載はお休みしておりましたが、無事両本を出版することができましたので、連載を再開したいと思います!
とは言え、長い間お休みをいただいておりましたので、この機会にザァッと物語を振り返ってからの再開としたいと思います。
「どんな物語かと気になるけど、話数が多いから……」と未読の方は、是非振り返りをお読みください(#^.^#)
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これは、いまでは無くまだ人と精霊が近くにいた頃、此処ではなくゴビと呼ばれる荒れ地を舞台とした物語です。
東アジアに秦という国があり、中央アジアに安息(パルティア)という国があった頃、その二つの地域の間では、いくつかの遊牧民族が勢力を競っていました。
その遊牧民族の中で最も栄えていたのが、「月の民」と呼ばれる一団でした。彼らは、後に河西回廊と呼ばれることになる祁連(キレン)山脈の北側を中心にして、ゴビと呼ばれる荒れ地で遊牧生活を行っていました。
遊牧民族「月の民」はいくつもの部族の緩やかな集合体でしたが、その中でも特に大きな部族が五つありました。すなわち、「休蜜(キュウミ)」、「双蘼(シュアミ)」、「肸頓(キドン)」、「貴霜(クシャン)」、そして、「都密(ヅミ)」の五つの部族です。
彼らは「自分たちの祖先は月から来たのだ」と考え、「月は神聖なるものであり自分たちが死後に還る場所である」と信仰していました。また、彼らは「月から来たもので人とならなかったものは、精霊として世界のいろいろなところに宿っている」とも考えていました。
その頃はいまよりもずっと人と自然は近いところにありました。自然環境が見せる変化は、すぐさま人の生活に大きな影響を与えました。人が生まれ、そして、死んでいくのも、自然の変化の中の一部と捉えられていました。月の民の人たちは、それを「月から来たもの」が形を変えたり力を及ぼしたりするのだと、受け止めていたのです。
さて、天上に大きな満月がかかり清らかな光を振り撒くある夜のこと、貴霜族の根拠地である讃岐村から、一人の老人が馬を飛ばして出てきました。造麻呂という名を持つその老人が、向かったのは彼らが聖域として考えている竹林でした。彼は夢の中でお告げを受けたのです。
暗い竹林の奥深くにまで、彼は迷うことなく入って行きました。そこには、頭上を覆う竹の葉の間から差し込んだ月光のために、まるで黄金を敷き詰めたかのようにきらきらと輝いていた一角がありました。そこで、老人が見つけたのは白衣に包まれた赤子でした。老人は涙を流しながらその赤子を抱きかかえると、家に連れ帰って大切に育てるのでした。
時は過ぎて、竹林で拾われた赤子はとても美しい少女へと成長しました。竹林で拾われてから十二年もの間、彼女は周りの者からとても大切に扱われていました。月に向かって竹がすっと伸びる様から聖域と考えられている竹林で拾われた少女は、独身の成人女性に対して用いられる敬称である「姫」をつけて「竹姫」(タケヒメ)と呼ばれるようになります。
竹姫は、周りの人たちに溶け込もうと精一杯の努力をします。でも、村人にとっての彼女は、聖域から迎えられた「月の巫女」であり、敬愛すべき、そして、畏れるべきものでした。そのため竹姫は、自分と周りの人の間には透明な幕のようなものがあって、その向こう側にはどうしても行くことができないと、寂しく感じるのでした。
「月の巫女」として大切にされていることに感謝はするものの、自分の居場所がどこにもないことを苦しく感じる彼女にとって、唯一の心の支えとなっていたのが、自分の乳兄弟でした。同い年である彼は自分を「竹」と呼び一人の人間として扱ってくれるただ一人の存在でした。彼は、周りの人からはその身軽なところから「羽」(ウ)と呼ばれていました。
竹姫と羽はともに成長する中で、お互いを血を分けた兄弟以上のとても大切な存在と感じるようになっていくのでした。
月の民の遊牧隊は季節に合わせて移動を繰り返します。ある年の秋、貴霜族の遊牧隊が夏を過ごした高地からゴビの荒れ地へと移動する際に、竹姫と羽は同行することができました。それは、できるだけ竹姫にいろいろな経験を積ませてやりたいという、造麻呂の翁の、それに、貴霜族の若者頭で羽の父でもある大伴の意向によるものでした。
ゴビの荒地を進む遊牧隊が砂漠に隣接した場所に宿営地を定めた晩のこと、騒動が持ち上がりました。羽が世話をしていた駱駝がいなくなっていたのです。昼間に水汲みの手伝いをしていた竹姫は、その駱駝が砂漠の奥へと入っていくのを目撃していました。遊牧民族にとって大切な財産である駱駝を逃がしたことに責任を感じる羽と、彼の役に立ちたいと考える竹姫は、駱駝を探して夜の砂漠へと入っていくのでした。
砂漠のところどころには、駱駝が好むラクダ草が生えていました。どうやら、逃げた駱駝はそれを食べながら、どんどんと砂漠の奥へと入っていったようでした。後を追う二人も砂漠の奥へと入っていきますが、離れたところから彼らを見つめる者が一人、そして更に、その者を遠くからうかがう者が一人いるのでした。
幸いにして、二人は逃げた駱駝を見つけ、それを捕まえることができました。大きく安堵した二人は、砂漠の上に身を投げ出して、満天に広がる星空を眺めながら休憩を取るのでした。
いつもは誰かしら周りに人がいるのですが、いまは誰もいません。夜の空気に包まれた二人は、いつしかお互いの気持ちや夢を語り合うようになっていました。
「月の巫女として特別に扱われるのはありがたいが、それは自分に対してではない。自分は自分にしかできないことが欲しい」と話す竹姫。竹姫は自分のことを「人外の存在」とさえ話し、「わたしってだれなのかな」とつぶやくのでした。そんな彼女の夢は「世界中のいろんなところを旅して、いろいろなものを見て経験して、自分を造りたい」ということでした。
竹姫の乳兄弟として育った羽は、何とかして彼女を励ましてやりたいと思い、「月の巫女としてではなく、彼女自身に素晴らしい魅力があるんだ」と告げると、「自分が世界中に竹姫を連れて行ってやる」と約束します。そして、その二人だけの約束の証として、通常は成人の際に目上の者から贈られる「名」を贈ることにしたのでした。
羽が竹姫に贈った「名」は「輝夜(カグヤ)」でした。それは、「月の巫女」とされる竹姫が「月」だけでなく、夜空中に輝く星々のようにたくさんの魅力を持っているんだ、そのような思いが込められた「名」だったのでした。
「二人だけの約束」、そして、「二人だけの秘密の名」を持った竹姫と羽。
「自分は人外の存在で、本当に一緒にいてくれる人はいないんだ」
そのように感じていた竹姫は、このことをどれだけ喜んだことでしょうか。羽と出会えたことを、どれだけ幸せに思ったことでしょうか。でも、その竹姫の幸せに影を落とすように、夜の砂漠に大きな天候の変化が訪れたのでした。
それは大規模な砂嵐「ハブブ」でした。
二人は急いで駱駝に飛び乗りハブブから逃げようとしますが、とても間に合いません。襲い掛かる猛烈な風は、二人を駱駝の背から砂上へ突き落しました。その風に乗って飛んでくる砂が次々と肌に突き刺さりました。まるでその砂は、二人に覆いかぶさってその腹の中へ飲み込んでしまおうとするかのようでした。
このままでは、ハブブによって新しく作られる砂丘の地下深くに、二人は埋められてしまうに違いありません。
一体どうすればいいのでしょうか。
「もし私に、皆が言うような月の巫女としての力があるのなら。大事な羽を守るために、それを使いたい」
そのように強く願った竹姫は、古から月の巫女に伝わる唄を静かに歌い始めるのでした。
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