コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 これまでの振り返り⑦

 

 交易隊が通り過ぎてしまうと、岩山の隘路はすっかりと静かになってしまいました。
 交易路の傍らには、野盗たちの死体が放置されたままです。彼らは白い頭布を巻いていることから月の民の男のように思われるのですが、無事に月に還ることができたのでしょうか、それとも・・・・・・。
 ヒュイウウウ・・・・・・。
 風の精霊が彼らのもとを訪れ、何事かを問いかけました。もちろん、亡骸が返事をすることはありません。でも、風はそのようなことは気にはしないのでした。相手から返事があろうがなかろうが、相手が生きていようが死んでいようが、そのようなことは精霊にとってはどうでも良いことなのです。
 やがて、彼らの体は砂漠に住む獣の腹に収まるでしょう。食い散らかされた骨や皮膚は、太陽の光にと夜露に晒され、土へとかえって行くでしょう。彼らがここで倒れた跡がすべて消えて無くなるその日まで、風の精霊は彼ら一人一人と共にあるのでした。

 隘路では野盗に襲われてしまったものの、それを無事に切り抜けた以降は、小野の交易隊は順調に歩を進めることができました。
「一つ目のオアシス」と呼ばれるオアシスを経由して、さらに交易路を進んでいくと交易隊は、いくつかの交易路が交わる要所である土光(ドコウ)村に辿り着くことができました。彼らは、そこで一度荷を解くことにしました。それは、水や食べ物の補給と荷の売り買いを行うために、しばらく留まる必要があるからでした。
 彼らが辿って来た交易路は、秦(シン)と呼ばれる東国から始まり、祁連山脈の北側を通っていました。そして、祁連山脈の西の終わりから少し離れたところにある土光村のところで、二つに分岐していました。
 片方の道は北西へ向かっていて、天山山脈の東にある吐露(トロ)村へつながっていました。この道はさらに吐露村の先で、天山山脈の北側を通る道と南側を通る道に分かれていました。天山山脈を迂回するために南北に分かれた二つの道は、西安(パルティア)を北部と中部を通り抜けて、もっと西域にあるローマまでつながっていました。
 土光村から伸びるもう片方の道は西へ向かっていて、王論(オウン)と呼ばれる村につながっていました。王論から先の道は南の方へ向きを変え、タクラマカン砂漠の南側をぐるりと回る様に伸びていました。この道の中継地は和田(ホータ)村で、そのさらに先は、西安(パルティア)やガンダーラへと続いているのでした。

 ここで、羽磋たちが「一つ目のオアシス」を見つけて中継地点である土光村が近いと歓声を上げたときからひと月ほど前の頃にまで、物語は時間を遡ります。
 小野の交易隊とは別の交易隊が、交易路を逆の方向に、つまり西から東へと進んでいました。彼らが歩いているのは、北西側に位置する天山山脈の東端近くにある吐露村と南東側に位置する祁連山脈の西端近くにある土光村の間の道でした。
 山脈沿いに走っていた交易路は、ここでゴビの荒れ地を通り抜けるようになっていました。それは、できるだけ効率よく水辺を伝いながらゴビを通り抜けようと、遠い昔から旅人が伝い歩いてきた交易路でした。その大部分は視線を遮るものが何もない一面の赤土の荒野の中を抜けているのですが、ある一部の区間は、他の区間とはまるっきり様相が異なっていました。
 その区間では、大きな砂岩の台地があちらからもこちらからも張り出していて、できるだけ真っすぐに伸びたい交易路を妨げていました。砂岩の台地は、砂岩が風と雨に浸食されてできたものなのでしょうか、奇妙な形をした襞や割れ目を無数に持っていたのですが、交易路はそれにあわせて細く複雑な道にならざるを得ませんでした。
 また、交易路自体も非常に歩きにくいものでした。それは、空から雲がドスンと落ちてきて固まったような、複雑な形をした岩丘の間をうねうねと通り抜けたかと思うと、巨人が大きな剣で大地を切りつけた痕跡かと思うような鋭い裂け目の中に入り込んだりもするのでした。
 強い風が吹き抜けるたびに、「ヒュイー・・・・・・」と悲しげな声がそこかしこから響いてきて、交易隊の各員の心を冷たくさせるこの場所は、「崖のある小さな丘」という意味を持つ「ヤルダン」と呼ばれていましたが、あまりにも非日常的で恐ろしげな様子から、そこを知るものからは「ヤルダン魔鬼城」とも、呼ばれているのでした。
 ヤルダンに転がっている奇妙な形をした砂岩や、精霊か悪霊かが潜んでいるような暗がりをたくさん持つ複雑な地形は、古くから旅人の想像力を掻き立ててきました。
 例えば、ヤルダンの西側、つまり、吐露村側には、大きな壁のような砂岩が二つ立っているのですが、これは「ヤルダンの門」と呼ばれていて、かつて、日中でも太陽が顔を出さず大風が吹き荒れるという異常な日が続き、ヤルダンから悪霊があふれ出して吐露村を襲おうとした時に、村の月の巫女が精霊に祈りを捧げてこの「ヤルダンの門」を作り、悪霊たちから村を護ったのだと伝えられていました。
 また、ヤルダンの東側には、人の背丈ほどの奇妙な形をした砂岩があり、人々から「母を待つ少女」と呼ばれていました。これにも、次のような言い伝えがあるのでした。
 昔々、この場所にあったオアシスの縁に貧しい母娘が暮らしていました。ある時、娘が重い病気に罹ってしまったのですが、母親にも周囲の人にも彼女を治す術はありませんでした。
 しかし、母親は「祁連山脈の奥に、万病に効く薬草が生えている」と、交易路を通って来た旅人から耳にします。娘の為にそれを手に入れようと、母親は旅に出ます。でも、自分の病を癒すために母親が旅に出たのだとは言え、残された娘が心細く思わないはずがありません。彼女は、だんだんと身体が弱っていくのを自覚しながらも、どれだけ高熱が出て苦しい日でも、毎日村の外に出て母親を待つのでした。
 でも、季節がいくつ過ぎても、母親は帰ってきませんでした。
 とうとう、娘が全ての力を使い果たす日がやって来てしまいます。でも、そこで不思議なことが起きました。毎日、精霊の力を含むヤルダンの風に吹かれ続けたせいなのでしょうか、娘は砂岩でできた像となってしまうのでした。
 それからしばらくして、ようやく母親が戻ってきました。彼女は、娘の為に祁連山脈の隅から隅までを探し回り、苦労に苦労を重ねた結果、目当ての薬草を手に入れて戻ってきたのでした。しかし、母親が目にしたのは・・・・・・、両手を胸に押し当てて自分を待つように東を向いて立ち尽くす、異形の岩に変貌した娘の姿でした。
 母親は、砂岩の像となった娘の前で大きな声で泣き叫び、帰りが遅くなったことを詫びました。そして、娘の前を走り去ると、ゴビの大地に大きな口を開けている裂け目の中へ身を投じて死んでしまったのでした。
 人は不思議なものを見ると、その由来を想像せずにはいられないものなのかもしれません。
 ヤルダンの大地には大きな裂け目がいくつもあるのですが、それらにも由来となる話があるのでした。
 その裂け目の行き付く先、地中の奥深くには、山のこちらの端からあちらの端に届くような、巨大な双頭の竜が潜んでいるというのです。あまりにも長大な体の両端についているそれぞれの頭は、自分の他に体へ命令を出す頭があるとは思っていません。そのため、竜が体を動かする度にその体は大きく捻じれ、あちらこちらにぶつかります。その双頭の竜が割れ目の底で身体を動かすから、時折り大地が大きく揺れたり、山が崩れたりするのだ、というのです。
 その他にも、ヤルダンにまつわる言い伝えや伝承はたくさんあります。でも、その多くは恐ろしい話や悲しい話でした。やはり、人々にそのような感情を抱かせるだけの禍々しい力が、ヤルダン魔鬼城にはあるのでした。