コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 これまでの振り返り⑯

 

 そのとおりなのです。月の巫女の祭器に関する調査は、公式な手順ではなく御門から直接に頼まれた事であるにもかかわらず、それを他人に明かしてしまうところが、交結の交結たるところで、「とても」気さくで「非常に」人当たりのいいところなのでした。
 しかし、このことは御門の力が他部族の中にも及んでいることを、はっきりと示していました。
「ですから、阿部殿は王花の盗賊団や我々の交易隊などを立ち上げたのです。月の民の一員として仕事をするだけでなく、その陰で自分のためだけに情報を集める部下が必要だったのです」
 月の民全体の単于(王)は御門ですから、月の巫女の力を戦に利用するということは、月の民という国の指針と言えます。国としての大きな動きは、各部族の主だったものが集められる草原での大集会で決定されるのですが、御門はそのような機会を通じて、各部族に対して月の巫女やその祭器についての収集や情報集めの指示を出していました。
 つまり、肸頓族の族長である阿部としては、表向きは御門に従って月の巫女に関する調査を行っていましたが、肝心なところはその調査の報告には入れずに、自分の胸だけにとどめるようにしたかったのです。そのためには、公の活動の陰で自分の指示に従って動いてくれる、小野のような忠実な部下が必要だったのでした。
 小野の交易隊は、交易と共に月の巫女に関する情報や祭器の収集も行っていました。それは御門の指示を受けた族長としての阿部のためというのが表向きの理由でしたが、実のところは、月の巫女を月に還そうとする阿部個人の目的のためなのでした。
「今日は、これを交結殿のところに持っていきます」
 小野は小脇に抱えていた包みを開き、中のものを羽磋に示しました。そこには、雪のような白色と炭のような黒色で彩られた、見たこともない動物の皮が入っていました。
「これは、火ネズミの皮衣です」
「これが・・・・・・。月の巫女の祭器の一つとされる、あの火ネズミの皮衣なのですか」
「ああ、羽磋殿、そんなに怖い顔をされなくても大丈夫です。偽物ですから」
「成程・・・・・・って、ええっ、偽物なのですか!」
 御門のために働いている交結のところに、どうして小野は月の巫女の祭器を持ち込むのか、そう不審に思った羽磋でしたが、何でもないように付け加えられた小野の説明には心底から驚かされたのでした。
 小野は交結のところに偽物を持ち込んで、いったいどうしようというのでしょうか。

「いやいや、今日は本当に良い日だ。留学の方にお目にかかれた上に、このような良い報告までいただけるとは!」
 でっぷりと太った男が歓声を上げているのは館のもっとも大きな部屋の中で、その足元では西方から取り寄せられたという敷石が、この辺りではあまり見られない幾何学的な文様を描いていました。男の目の前では、小柄な男が畏まっていました。
 太った男はこの土光村の代表者で館の主でもある交結であり、話し相手の小柄な男は小野でした。先ほどまでここにはもう一人の男、留学の徒として交結に挨拶をしに来た羽磋がいたのですが、要件が終わったことから先に退室していました。もちろんこれは、月の巫女の祭器の話をするために人払いをしたという形を作り、羽磋は月の巫女の秘儀には触れていないという印象を交結に与えるための、小野の計画なのでした。
 数十人が入ることはできるであろう大きな部屋の中で、交結と小野は二人きりになっていました。そして、交結の手には小野が差しだした「火ネズミの皮衣」の包みがありました。
「この皮衣のように白黒の毛皮など見たことがありません。それに、この手触りの滑らかなことと言ったら! まさか、この私に月の巫女の祭器に触れる機会が訪れるなんて!」
 うっとりとした様子で、生まれたばかりの乳児の頭をなでるように、優しく「火ネズミの皮衣」をなでる交結。
 交結の満ち足りた心持ちを察した小野は、ここぞとばかりに揉み手をしながらそっと話を切り出しました。小野の顔には、何かをひどく心配しているような表情が作られていました。
「実は、私どもは大変心配をしております。と申しますのは、祭器には偽物が非常に多いのです。もちろん、慎重に調査を尽くした結果、月の巫女の祭器に間違いないと考えたからこそ、是非とも御門殿にお渡ししなければいけないと思い、東方から苦労して持ち帰った品ではございますが・・・・・・」
「いやいや、ご心配なさるな、小野殿。このような不思議な毛皮が、まさか偽物だということはありますまい。長年、交易の中心地であるこの土光村の長を務めてはおりますが、このような不可思議なものは見たことがありません。いや、もちろん私にも、精霊の力に関する見極めはできませぬ。それが正しくできるのは、祭祀を司る秋田どもだけでしょうが」
「ありがたいお言葉です、交結殿。ただ、万が一のことがあった場合、御門殿が我らの主である阿部殿のことをどう思われるか、それを案じておるのです」
 いかにも困っている者が信頼する者に打ち明け話をするように、小野は交結にそっと話すのでした。
 小野はこの「火ネズミの皮衣」を、交易路をずっと東に行った先にある秦という国で、非常に苦労して手に入れました。もちろん、偽物と知りながらこれを手に入れたわけではありません。当初は本物の祭器と信じていたのです。しかし、旅の途中でこれが偽物ということを、彼は知ってしまったのでした。
 もしもこれが本物の祭器であれば、秘中の秘として他者の目から隠し、阿部の元へ届けようとしていたところでした。ひょっとしたら、御門の力が及んだ者が彼の交易隊の中にも紛れ込んでいて、どうしても隠し切れずに御門に報告が上がってしまうかもしれませんが、その危険を冒すだけの価値が祭器にはありましたから。
 ところが、これが偽物となれば、そのような危険を冒す必要はないでしょう。御門の為に祭器の調査をしたが、残念ながら偽物をつかまされた、それで良いのではないでしょうか。
 いいえ、慎重な性格の小野は、別の危険にも備える必要があると考えました。
 たとえ「残念だが、偽物をつかまされた」とし、阿部を通じてそれを御門へ納めたとしても、今度は「阿部が本物と偽物をすり替えて、御門の元には偽物を送り自分の手元には本物を残しているのではないか」と疑われるのではないでしょうか。
 もちろん、あらゆる事態に備えることはできませんが、できるだけ慎重に事を行うことはできます。
 交易隊に御門の手の者が入り込んでいるのなら、小野が本物と信じてこの「火ネズミの皮衣」を入手したことを彼は知っています。それが偽物であったことを、その者が知っているかどうかはわかりませんが、少なくともこの交易路という限られた場所では、極めて珍しい様相をしているこの毛皮の偽物を用意することができないことは、その者が証人となるでしょう。
 つまり小野は、交易隊に入り込んでいる者を逆に利用して、阿部を通じて御門に届けられる「火ネズミの皮衣」は、彼がそれを手にした時から一切変っていないことの証人にしようと、考えていました。そこに現れたのが「留学の徒」である羽磋でした。小野は、留学の徒を土光村の長に紹介する機会を利用して、さらに阿部が疑われる恐れを少なくしようと画策していたのでした。
  小野の困った顔の下に、このような思いが隠されていようなど、交結にわかるはずもありませんでした。
 彼はとても気のいい人でしたから、万が一「火ネズミの皮衣」が偽物であった場合に、自分の主人である阿部が本物と偽物をすり替えたと御門から疑われることを心配する、小野の忠実さに感動して、何とか力になってやれないかと考えるのでした。
「ああ、そうです。小野殿、私がこの荷に改めの封をいたしましょう」
「おお、お願いできますか。交結殿の改め印をいただければ、安心です。誠にありがとうございます。主人に代わってお礼を申し上げます」
 交結の提案は、包みを縛っている紐の結び目に蜜蝋をかけて固め、それに交結の印を押して封をしようというものでした。
 これは、大事な荷を送ったり、誰かに託したりするときに用いられる方法でした。蜜蝋で封をされた包みから中の荷を取り出すためには、封を破らなければいけませんが、印を持っていない限り再度封印することはできません。つまり、あらかじめ送り手と受け手の間で、印で封をして荷を送るという取り決めをしておけば、途中で荷のすり替えをされる心配を無くすことができるのです。
 月の民の単于(王)である御門は、自らの国の重要な村の一つである土光村の代表者である交結の印を知っていましたから、交結が封の上に印を押すことによって、彼が中身を改めた後で誰も開封していないことの、立派な証明になるのでした。
 もちろん、施封をしてしまえば、包みの中身を阿部が見ることはできなくなってしまいます。でも、「御門の命に従って月の巫女の祭器を探す」ということが阿部の表向きの態度ですから、命令に従順に従っているという印象を与えるには、むしろ好都合とさえ言えるのかもしれませんでした。
「助かりました、交結殿。主人である阿部に報告したのち、この荷は必ず主人から御門殿に届けます。是非、御門殿によろしくお伝えください。誠にありがとうございました」
 思惑通りに事を運べた小野は、何度も何度も交結に礼を言って、館を後にするのでした。