コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 これまでの振り返り㉒

 


 自分たちの行動を思い出しながらここまでを話した王柔は、羽磋の方を見て頭を下げました。
「そう言えば、僕たちが精霊の子を訪ねた帰り道に、羽磋殿にお会いしましたね」
「あ、あの時がそうだったのですか」
 あの日の朝方、土光村の責任者に会うために中心部へと向かっていた羽磋は、王柔と理亜が村外れに向かって歩いて行く姿を見かけていました。「王花の酒場でも交易隊でもないところに向かっているようだけど、あの二人は何をしに行くのだろう」と、少し気にかかっていたのですが、彼らは精霊の子を訪ねるところだったのです。羽磋の心に小さな棘のように刺さっていた疑問は、すっと溶けていきました。
 何やらすっきりとしたような顔をしている羽磋から冒頓たちの方へ向き直すと、王柔は再びぽつぽつと話し始めました。

 精霊の子が生活をしている場所は、土光村の外れにありました。
 決意をしっかりと固めて酒場を出たはずの王柔でしたが、人通りの激しい大通りを抜けて、自分の足音が聞こえるぐらいの静かな一角に入ってくると、理亜と共に歩く彼の足取りは急に重くなってきました。
 あれほどたくさん考えた末に思いついたことだったのに、自分の中でしっかりと出した結論だったのに、「自分から人を訪ねてお願いをする」という自分の最も苦手なことがいざ目の前に近づいてくると、「逃げ出したい」という気持ちがどんどんと膨らんできたのでした。
「嫌な思いをした上で精霊の子に話をしたって、何もならないかもしれない。だったら、最初からやらない方がいいんじゃないかな」
 どこからか、王柔の心に囁きかける声が響いてきました。
 彼は意識してはいないものの、実はその声は王柔自身のものでした。
「やっぱり、自分にできることなんて、無いのかもしれない」
「いや、冒頓殿に言われたんじゃないか。お前はどうするんだって」
「でも、自分が何かをして、余計に悪いことが起きたらどうする?」
「そんなこと、やってみないとわからないよ」
「悪いことが起きなかったとしても、精霊の子から何も助言をもらえなければ、無駄にしんどい思いをするだけだよ。人にお願いをするなんて、僕が一番苦手にしていることじゃないか」
「それは・・・・・・」
「そうだ、そうだよ。精霊の子のことを考えついただけでも、僕は頑張った。それで十分じゃないか。あとは王花さんにでもお願いして、理亜を連れて行ってもらったらいいんだよ。人には得手不得手があるんだからさ」
「確かに・・・・・・。でも、それで、いいのかな・・・・・・」

「オージュ、ドウしたの?」
 ふいに聞こえてきた理亜の心配そうな声が、王柔を現実に引き戻しました。
「ご、ごめん、理亜。ぼーっとしてたよ」
 いつの間にか、王柔は立ち止ってしまっていたようです。王柔は理亜を安心させようとして優しい声を出すと、先を歩いている理亜の元へ走り寄りました。
 王柔が近くに来ると、理亜は安心したような柔らかな表情を見せます。二人が出会ったのは寒山の交易隊が吐露村から土光村に向けて出発しようとした時でしたから、それほど遠い昔のことではありません。それでも、さっぱり自信が持てない王柔でさえも、理亜のしぐさの一つ一つから、彼女から自分に寄せられている信頼を感じ取ることができるのでした。
 そのとき、王柔の心によぎったのは、自分の妹である稚が養母に奴隷として売られてしまった時の記憶でした。あの時の王柔は、なんの当てもないにもかかわらず、妹を探そうとして養父母の家を飛び出しました。
 いまはどうでしょうか。妹と同じように大事に思っている理亜の為に、できることがあるのではないでしょうか。それなのに、考え込んで足が動かなくなってしまうなんて・・・・・・。
「もしここで帰ってしまったら、僕は死ぬまで自分自身を軽蔑し続けるに違いない」
 そのような明確な言葉にこそならなかったものの、再び彼の中で強い思いが湧き起こりました。そして、今度こそそれは、彼の身体を支える背骨へと成長するのでした。

「それで、どうなったんだ、王柔。精霊の子は何かいいことを教えてくれたのかよっ」
 始めは黙って聞いていたものの、ゆっくりとしか進まない王柔の話に痺れを切らした冒頓は、とうとう彼の話の腰を折ってしまいました。
「す、すみません、冒頓殿。それが、ですね・・・・・・。結局、精霊の子とは話がうまくかみ合わなくて、理亜のことについての手掛かりは、何も得られなかったんです」
「まぁ、そりゃ、身体は人の世界に住むが心は精霊の世界で遊ぶ、と言われている精霊の子が相手だからな。話がうまく伝わらなくても仕方ねぇんだが。だけどよ、お嬢ちゃんが歌っているはんぶんナノっていう唄の話はどうなるんだ」
「ええ、実はそれは精霊の子が歌った唄なんです」
 意外な話を聞いたというような顔を見せる冒頓に頭を下げると、王柔は話を続けました。

 王柔たちは、ようやく村の外れにある精霊の子が生活している建物の前まで来ました。
 王柔はまるで勇気を補給するかのように理亜の顔を見なおした後で、全身からかき集めた力を声に乗せて建物の中に向かって呼びかけました。
「すみませんっ、どなたかいらっしゃいますかっ」
 その声が土壁に当たるとすぐに、出入り口から小太りの中年の女が顔を出しました。どうやら精霊の子を訪ねてくる人々の対応をしているらしいその女に対して、王柔は顔を真っ赤にし背中に冷たい汗をかきながら、自分がここを訪れた理由を話すのでした。
 何度もつまったり同じ言葉を繰り返したりしていま一つ要領を得ない王柔の話に耳だけをやりながら、女は彼とその後ろに立つ年若い女の子の様子を、無表情のままでじっくりと観察しました。
 精霊の子に助言を得たいとここを訪れる人はたくさんいるものの、それらの人の多くは何も得ることができずに帰ることになります。精霊の子はとても気まぐれだからです。その人たちの中には、助言が得られなかったことへの怒りを、世話をしている彼女にぶつけてくる人もいます。ですから、精霊の子が気に入らないであろう人物は、あらかじめ何らかの理由をつけて追い返すことにしていたのです。
 長々とした話をようやく終え、王柔は女に対して深々と頭を下げました。そして、「お願いしますっ」と、この一言だけは、はっきりした調子で口から出しました。
世話女は、長身をギュッと折り曲げて頭を低くしている王柔と、その横に立ってじっとこちらを見つめている少女を見比べたまま、黙ったままでした。
 それでも、王柔は頭を下げ続けました。まるで、世話女が「わかった」と言うまでそうするかのように、動きませんでした。
 やがて、彼女は「やれやれ、また厄介事だね」とでも言うかのように、ぶっきらぼうに口を開きました。
「お入り。ただし、すべては精霊の子のお気持ち次第だよ」
 王柔の真剣な気持ちが伝わったのでしょうか、女は出入り口の扉をゆっくりと開けると、彼らを建物の中へと招き入れるのでした。