コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 これまでの振り返り㉕

 


 王柔は口を閉じました。
 ここは土光村を出てヤルダンへと向かう交易路の途中、ゴビの赤土の上です。王柔が土光村の村外れで精霊の子を訪ねたときの話は、これで終わりなのでした。
「それで、その後はどうなったんだ。まさか、お前、いまの唄で終わりってことはないだろうな」
「すみません、冒頓殿。本当に情けないんですが、精霊の子は理亜を引き連れて気が済むまで歌い踊ると、そのまま部屋に戻ってしまったんです。なんとか引き留めて話を聞いてもらおうとしたのですが、駄目で・・・・・・。だから、理亜のことについて、精霊の子からは何も聞きだすことができなかったんです」
 冒頓の前で、王柔は身体を小さくして答えました。身体だけではありません。その口から出る声もだんだんと小さなものになっていき、最後には冒頓が身体を乗り出さないと聞こえないほどになってしまいました。
 理亜を連れて精霊の子を訪ねたのに何も得ることがなかったことを、王柔はとても恥ずかしく思っていたのでした。「もしも、自分でなくて王花か冒頓が精霊の子の前に立っていたとしたら、もっとうまく話を運んで何らかの手掛かりを得ることができていたのかもしれない」、そう思うと心がぞわぞわと波打って、とても辛いのでした。
 では、王柔と一緒に精霊の子を訪れた理亜はどうだったのでしょうか。
 帰り道に王柔が彼女に尋ねたところ、彼女は精霊の子の家での出来事をあまり覚えていないことがわかりました。
「そういうことも、あるのかもしれない」
 王柔にはそう思えました。そう思えるほど、精霊の子の家での理亜の様子は、日頃のものとはかけ離れていたのでした。
 でも、精霊の子の家に関する出来事の中で、彼女がしっかりと覚えていたこともありました。それが、あの「はんぶんなの」の唄なのでした。


 はんぶんだ はーんぶん

 僕の前には 女の子
 初めて会った 女の子
 赤い髪した 女の子
 母さん待ってる 女の子

 はんぶんだ はーんぶん
 はんぶんだ はーんぶん

 月の砂漠に 風が吹き
 空の星たち 隠してしまう
 赤土岩山 陽が照らし
 黒い影が 地の色変える

 はんぶんだ はーんぶん

 一つと一つは 一つが二つ
 一つと一つは 二つが一つ
 二つを割ったら 半分が二つ
 二つを割ったら 一つが二つ

 はんぶんだ はーんぶん
 はんぶんだ はーんぶん

 天山お山は 雪被り
 ゴビの砂漠に 水走る
 ヤルダンの上じゃ 砂が舞い
 清き流れが 地下走る

 はんぶんだ はーんぶん

 まんまんまんまる お月様
 はんぶんはんぶん お月様
 ほっそいほっそい お月様
 まっくろまっくろ お月様

 はんぶんだ はーんぶん

 一つと一つは 一つが二つ
 一つと一つは 二つが一つ
 二つを割ったら 半分が二つ
 二つを割ったら 一つが二つ

 はんぶんだ はーんぶん
 はんぶんだ はーんぶん


 王柔は、よほど繰り返しこの唄を聴かされていたのでしょう。彼は一度も詰まることなく、すらすらと唄の詩をそらんじて見せました。また、詩の中で「はんぶん」という言葉が出るたびに、横にいる理亜が「はんぶんナノー」と小さな声で合わせるのがとても愛らしく、周りの者の表情を柔らかくするのでした。
 でも、理亜のしぐさを見て幾分緊張がほぐれたかのような一同の中で、冒頓だけは真剣な顔をしながら何かを考え込んでいるようでした。
「王柔、おめぇ・・・・・・」
「は、はい、すみませんっ」
「なんだ、おめぇ。何を謝ってんだ。誰も怒ってやしねぇぞ。王柔、おめぇ、自分で思っているよりも、すげぇ仕事をしてくれたのかもしれねえぜ」
「は、はぁ。そうなのですか、冒頓殿」
 冒頓から「何を意味の無いことをしていたんだ」となじられることを覚悟していた王柔は、自分の行動を認める言葉を聞いて、拍子抜けを通り越して当惑すら覚えるのでした。
 王柔への用件は済んだとでもいうかのように、自分の考えの中に深く潜っていってしまった冒頓に、護衛隊の者が恐る恐る声を掛けました。それは、これからの隊の行動をどうするかについてでした。
「ああ、そうだな、ちっ。決めなきゃいけねえなぁ」
 そうなのです。今後の行動を決めなければいけないのでした。
 交易路で受けたサバクオオカミの砂岩の奇襲は、ヤルダンの外で野営をしたとしても危険があることを示していました。でも、この隊の進行速度を考えると、日中の内に母を待つ少女の奇岩のところまでは到達できません。少し前であれば、馬上の者だけを率いて、そこまで先行することができたかもしれませんが、それもいまからではとても無理です。
「仕方ねぇな、隊全体で行けるところまで進むか。よし、おめえら、隊列を組みなおして行くぞっ。ひょっとしたら、進んでいる最中や野営の時に、また奴らに襲われるかもしれねえ。だけど、もうわかっただろ。油断しなけりゃ大丈夫だ。しっかり気を引き締めていくとしようぜ」
「おおうっ!」
 冒頓の声は、隊員たちの心に残っていた不安を溶かすだけの強さを持っていました。隊員たちから大きな声が上がると、交易隊は再び活気づくのでした。
 しかし、この時に冒頓の思案から抜け落ちていたものがあったのでした。
 ひょっとしたら、いつもの彼であれば、そのことにも気がつけていたかもしれません。でも、いまの彼の頭の中は、王柔から聞いた話を分析することに、多くの部分が回されていたのでした。
 冒頓は後に、この時に自分が下した決断を、強く悔やむことになるのでした。


「・・・・・・ア・・・・・・イツ、アイツ・・・・・・、ジャマダ・・・・・・」
 一方、冒頓たち一行から離れたその場所には、恐ろしいまでの強い怒りが巻き起こっていました。
 ゴビの赤土の上にいくつもの大きな砂岩が転がっているその場所では、岩と岩との間を勢い良く通り抜けた風が、獣の叫び声のような奇妙な音を立てていました。太陽が送り出す強い光に長い期間さらされていたためか、そこに転がっている砂岩の一部は、赤茶色の色が抜けて太陽の光の色に近い黄色になっていました。そして、その風や砂岩が、俄かに生じた強い怒りの力によって、ビリビリと震えているのでした。
 ゴビの砂漠は乾燥と灼熱が支配する厳しい環境であるとは言え、そこには環境に適応した生き物がおりますし、それを捕らえんと上空から目を光らす翼ある生き物もいます。
 しかし、その場所にあまりにも強い怒りが生じているからでしょうか。いつもなら、日光を避けて夜になってから活動するサバクトカゲは、まだ日中であるというのに砂の中からその姿を現し、するすると水面を泳ぐように赤土の上を走って、その場所から離れていきました。また、獲物となるものを探して上空を旋回していたハイイロヒゲワシも、何かに怯えたように急に方向を変えて飛び去って行きました。
 また、ヤルダンと言う場所では、極度に強い怒りは形となって現れることができるのかもしれません。太陽の光や風の動きが何かに遮られてしまったのかのように、その一角は他の場所に比べてひどく暗くなり、そこを通り抜ける風の速度もひどくゆっくりになってしまいました。
 この場所こそが、王柔たちが目的としている場所、ヤルダン魔鬼城の一角にして、「母を待つ少女」の奇岩が立つ場所なのでした。
 もちろん、そこにどこからかの交易隊や旅人がいるというわけではありません。まったく人気がないその場所で、誰かが誰かに怒りを覚えることなど、あろうはずがありません。でも、そこに在る空気は確かに、日光に晒された砂漠の砂のように熱い「怒り」で満たされていましたし、もしも、その近くを通る者があれば、「アイツ、ジャマダッ」という言葉さえもが、耳を通じてではなく心に直に響いてきたに違いがないのでした。
 オオオオ・・・・・・、ウウゥウウウ・・・・・・。
 いま、確かにその場所で、低い唸り声が上がりました。
 ガラン、グァラン・・・・・・。
 焼けて黄色くなった砂岩の肌が割れて、大きな塊がいくつもゴビの上に転がり落ちました。転がった砂岩の塊の内の幾つかは、何かに引っ張られていくかのように、母を待つ少女の奇岩の方へと転がっていきました。そして、彼女が長く落としている影の中に入った塊は・・・・・・、ぐるぐると不自然に回転しだしたかと思うと、なんと自ら大きさや形を変えて、四つ足の獣へと変貌していくのでした。
 影の中で姿を現したのは、王花の盗賊団を傷つけ、冒頓が指揮する交易隊を襲った、あのサバクオオカミの奇岩でした。