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集まった男たちは、深く考え込んだ様子の冒頓の顔を見つめ、その口から命令が発せられるのを、じっと待っていました。不規則に動く焚火の明かりに照らされた小隊長たちの顔は、一様に強張っていました。
「よし、決めたぜ」
冒頓は閉じていた眼を開くと、自分を見つめている男たちの顔をぐるりと眺め、その目線を正面から受け止めました。
「いいか、お前ら、よく聞けっ。今回の俺たちの仕事は三つだ。羽磋を吐露村へ送り届けること。ヤルダンの異変の原因と思われる母を待つ奇岩の調査をすること。それに、小野殿から預かった荷を吐露村へ届けること。だが、兎歯の報告にあったとおり……」
冒頓の話が自分の方に向いたことで、兎歯はまるでそれが自分のせいで起こったことだとでも言うかのように、深く頭を下げました。
「ああ、いいんだ。お前のせいじゃねぇ。誰かのせいだとしたら、隊長である俺のせいだ。だが、いまはそんなことを言ってるんじゃねぇ。羽磋は谷底へ落下した。まだ死んだと決まったわけじゃねぇが、いまのところ助けに降りる手段はねぇ。けが人も多いことだし、交易隊とけが人はここで待機とする。護衛隊のうち、徒歩の者はそれを守るためにここに残る。明日の朝、明るくなったら空風を飛ばして空から羽磋たちを探してもらう。待機となる者は、ここらのどこかに下に降りる手段がないかを探してくれ」
冒頓はまず、交易隊とけが人をこの広場で待機させることに決めました。
冒頓が率いるこの隊は、国から国へと長い旅をする交易隊や激しい戦いをすることが仕事の護衛隊から成っていました。根拠地を離れたところで長く活動する必要があることから、彼らの中にはけがの治療の心得がある者がいましたから、敵から襲われる恐れのない場所を確保できれば、落ち着いてけがをした者の手当をすることができそうでした。
また、一度安全を確認してしまえば、この広場は警戒がたやすい地形になっていることに、冒頓は気づいていました。広場の自分たちが入ってきた側は、岩壁の表面を伝っている細道しか通り道がありません。それに、広場からヤルダンの方へ進む側も、出入り口となる交易路以外のほとんどが岩壁でふさがれています。つまり、広場の両側の出入り口となっている交易路以外からの敵の侵入は考えにくく、そこの箇所だけをしっかりと警戒していれば、安全に留まることができそうなのでした。
冒頓は、さらに話をつづけました。
「俺たちを襲ったのは、出発前から話には出ていたヤルダンの奇岩、母を待つ少女に違いねぇ。悔しいが、第二回戦はあいつらにやられちまった。だがなぁ、お前ら」
冒頓の体から発せられた熱量にあおられたかのように、男たちの中央で焚かれている炎が、ゴウッと大きくなりました。
「あいつらを、良い気にさせたままにするつもりはねぇだろうな。お前らっ」
「おうっ!」
「もちろんだぜ、冒頓殿っ」
冒頓と同様に、ここに集まっている男たちの体からも、熱い何かが発せられていました。
人質として匈奴から月の民に連れてこられた冒頓に従って、彼らも匈奴から月の民へやってきました。文字通り、冒頓と共に異国の水や飯を食らいながら、多者の中の少者、勝者の中の敗者として、生きてきたのでした。そして、若くして人質となった冒頓が逞しく成長し、御門と阿部から「護衛隊」という組織を立ち上げて交易に参加することを許されるようになると、この隊こそが自分たちの生きる場所だと定めて、ここまで来たのでした。彼らが「冒頓の護衛隊」に対して持つ思いは、自分の一族に持つ思いそのものと言っても過言ではないのでした。
冒頓の下で鍛え上げられた護衛隊にここまでの大きな損害を与えた盗賊や山賊は、これまでにありませんでした。それだけに、このヤルダンの奇岩、母を待つ少女に対しての彼らの憤りは、とても強いものでした。なぜなら、母を待つ少女は、異国の地でようやく彼らが作り上げた「自分たちの居場所」を、大きく揺るがしたのですから。
「そうだ、お前らっ、この匈奴護衛隊に手を出したことを、あいつに後悔させてやろうじゃねぇか。もっとも、あいつの頭ん中に、脳みそが詰まっているかどうかはわからんがなっ」
「ははは、違いねぇっ」
部下たちも自分と同じように怒りに震えていると感じられて、冒頓の調子はいつものものに戻ってきました。激しい言葉の中にも、冗談が交じるようになりました。冒頓の短気が表に出ているときには、逆にこのような冗談は引っ込んでしまいます。これが出ているときの冒頓は、心に余裕を持てているときであり、この状態で彼が下す判断には間違いが少ないことを、部下たちは経験上知っていました。だからこそ、冒頓の話の中に交じる冗談は、言葉の面白さ以上に、部下たちの心を和らげるのでした。
「聞けっ」
冒頓は、もう一度皆の注意を集め、最後の伝達を行いました。
「さっき交易隊とけが人はここで待機すると言ったな。そして、徒歩のものも、そいつらを護るために残ると。いいか、騎乗のやつらは、明日の朝一に俺と共にここを立つ。ヤルダンに乗り込むぞっ。王柔がいねぇんだが、いまは王花の盗賊団が、ヤルダンに入ってねぇからな。案内人の王柔がいなくても俺たちが王花の盗賊団に襲われる心配はねぇ。それに、俺はヤルダンを何度か通っているから、あいつの案内がなくても母を待つ少女の奇岩が立っている場所はわかる。明日は後れを取るなよっ」
「おおう! 冒頓殿、あいつへの道は俺たちが開くぜ!」
いつもの夜であれば、この岩壁の間の広場にはねっとりとした闇が満ち、風の音の他には何の物音も存在しないのでしたが、この夜は大きく異なっていました。中央で炊かれている火と男たちから発せられる熱気で、闇が入り込む隙間を探すのも難しいような状態となっているのでした。
冒頓の指示を聞いた小隊長たちは、それぞれの持ち場に帰っていきました。
広場の各所では、野営の準備が始まりました。もちろん状況が状況ですから、それは交易路で設営するものよりもかなり簡単で最低限のものとなりました。
男たちは自分の管理する駱駝や馬に餌と水をやりながら、自分たちは乳酒と干し肉で腹を満たしました。誰が夜番につくかの伝達が行きわたると、早番に当たらなかった者は、我先に自分の皮袋からマントを取り出すと、台地に放り投げた袋を枕にし、それにくるまって眠ろうとしました。
あの襲撃でくたくたに疲れた体は、睡眠による回復を強く求めていました。でも、多くの男たちはなかなか眠りに落ちることができずに、長い一夜を過ごすことになってしまいました。それは、彼らの心の方が、まだ興奮した状態から回復していなかったからでした。
これまでの経験から休息を取ることも重要だと理解している男たちは、なんとかして眠りに落ちようと意識を強くします。でも、そうすればするほど、なおさら目が覚めてきてしまうのでした。ピリピリとした静寂が満ちた広場の中で、苑は羽磋や王柔や理亜のことを考えて、まんじりともせずに夜を過ごしていました。
羽磋たちのことを考え出すと、自分の体がむずむずとしてきて、苑はどうしようもなくなってしまいました。羽磋たちを探しに行きたくて仕方がないのです。でも、谷底へ降りる道などどこにもありません。かと言って、川面を崖の上から眺めたとしても、谷があまりにも深くて僅かな月明かりでさえもそこへは届いていないものですから、とても羽磋たちの姿を探すことはできません。それに、そもそも、護衛隊の一員である苑には交易隊を守るという仕事があります。冒頓の命令無しに、隊を離れて勝手な行動をすることなどできません。
もちろん、苑にもそれはわかっています。わかってはいるのですが、体が大地に横たわっているのを拒否するのです。
しばらくは、なんとか明日に備えて眠りにつこうと努力を続けていた苑でしたが、とうとうあきらめて体を起こしました。
苑は、周りで横たわっている男たちを起こさないようにと静かに立ち上がると、そっと歩き出しました。彼が向かっているのは、この広場が谷底へ臨むところでした。縁の所から下を見ても何も見えないことはわかっていても、どうしても羽磋たちを探さずにはいられなかったのでした。
もうすっかり夜もふけていました。柔らかな月明かりと夜番の者が絶やさないように気を付けている焚火の明かりが、広場に隆起している砂岩の塊から黒い影を伸ばしていました。そこかしこから、けがをした者が漏らすうめき声が聞こえてきました。
だんだんと心細い気持ちが増してくるのを吹き飛ばすように頭をブルブルと振ると、苑は小走りで縁の方へと向かいました。
隊の多くの者は焚火が置かれている広場の中央に集まっていて、縁の方には誰もおりません。焚火の明かりはここまでは届いていませんから、うっかりと足を踏み外して落下しないように気をつけながら進まなければならないほど、暗くなっています。でも、驚いたことに、苑はその暗がりの中で、月明かりを背に受けながら谷底を見下ろしている細身の男の姿を見つけたのでした。
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