コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第3話

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(これまでのあらすじ)

 祁連山脈北部に暮らす月の民、貴霜族の老人は夢に導かれ竹林で赤子を拾います。

老人は、それはそれは大切にその娘を育てるのでした。

 

※これまでの物語は、リンク先でまとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

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【第3話】

 村の中心にある広場では、大きな篝火が夜を焦がさんばかりに焚かれていました。

 讃岐村に貴霜族の遊牧隊が戻ってきて初めての夜で、村をあげての歓迎の宴が開かれているのでした。

 連れ戻ってきた羊などの家畜は村の外の仮柵に入れられて休息をとっていましたが、遊牧から戻った者たちや村人達は、お酒やご馳走を楽しみながら、大きな声で笑いあったり話し合ったり、また、抱き合ったりして、家族や友人との再会を大いに楽しんでいました。

 日頃の生活が質素な分、このようなお祝い事がある時には、人々は羽目を外してしまうのかも知れません。

「ほら、この羊の焼肉も食ってくれよ」

「遊牧ではなかなか野菜は食えないだろう、肉ばっかり食ってないで、野菜を食え野菜を」

「久しぶりだな、お前も、お前の作る馬乳酒も」

「いや、村に帰った時に呑む麦酒は最高だぜ」

「さあ、みんな、杯を掲げよ! 我らが月に!」

「我らが月に!」

 そして、誰かが最初の一音を発しました。

  トン

 羊の皮を張った細長い太鼓の音でした。座っていた一人の男が、いつの間にかこれを両脚の間に構えていました。男はニヤッと笑うと、さらに両の手で皮面を叩きました。

  トン、トトン

「あああぁ、あぁー」

 別の男が、大きな声で拍子をとり始めました。

 

  トン、トトン

  ああ あああぁ

  トントントトントン 

  トントトン

  トン、トトン

  トントントントン

  トントトン

  ああぁぁあー

 

  さあさ 飲み干せ 夜光の杯(さかずき)

  これは まだまだ 始めの一口

  夜は これから 更けてはいくが

  今日は 寝るのは あきらめなさい

 

  トントントトン はい トトン

  ああぁぁあー  

 

  どうぞ 召しませ ふるさとの味を

  いつも 夢見た おふくろの味を

  明日は どこかに 行くかもしれず

  今日は たらふく 食っときなさい

 

  トントントントン はい トトトン‥‥‥

 

 太鼓のリズムにのせて、即興の唄が流れてきました。

 娘たち、若者たちが篝火の周りで踊り出しました.

 そのうちに、久しぶりに遊牧から帰ってきた夫を妻が引っ張って踊りの輪に加わりだしました。周囲の大人たちが、杯を片手にそれを声ではやし立てます。まだまだ、宴は終わりそうにないのでした。

 

 村の広場で人々がたてる歓声もほとんど届かない、奥まった場所にある翁の家では、翁と大柄な男が向かい合って座り、静かに馬乳酒の杯を交わしていました。

 もし月の神様が空から讃岐の村を眺めていたならば、村の中心部での盛り上がりぶりと翁の家のひっそりとした様子との対比に、きっと驚かれたと思われるぐらい、静かな空気が翁の家を占めていました。

 杯を重ねる二人の傍らには、イジコと呼ばれる赤子を寝かせるための籐籠のなかで、竹姫がすやすやと寝息を立てていました。大きな部屋の中には、彼らの他にはだれもおらず、床に広げられた羊毛で作られた敷物の上には、麦から作ったアルヒと呼ばれる蒸留酒と馬乳酒が満たされた壺、そして心配りがされたいくつかの料理が広げられており、菜種油を利用した燭皿が、室内に柔らかな明かりを投げかけていました。

 大柄な男は、いかにも遊牧で鍛えられたというような筋肉質の体で、その武骨な手の中では、翁のものと同じ大きさの杯が、一回りも二回りも小さく見えるのでした。

 男は、竹姫の乳母である有隣の夫、大伴でした。

 どうやら、二人は村人の宴から離れて、長い間話し込んでいたようでした。いえ、話をしていたのは、ほとんど翁の方で、大伴は翁の話をじっと考え込みながら聴いているのでした。

「お話は、わかりました」

 大伴は、目を閉じて翁の話に耳を傾けていましたが、その話が終わると、静かに、しかし、はっきりと答えました。ただ、その声にはわずかな震えがあるようでした。

「翁、姫をよろしいか?」

「ええ、もちろんです。抱いてあげてください」

 大伴の問いかけに翁は快く答えました。大伴を見つめる翁の瞳には、優しさと、そして、痛みを感じさせる、不思議な光がありました。

 ぎしっと小さな音を立てて大伴は立ち上がると、眠っている竹姫を起こさないように、ゆっくりと近づいていきました。小柄なものの多い月の民の中では珍しく、背が高くて肩幅の広い筋肉質の男です。その大男が、慣れないことで苦労しながら、赤子を起こさないように抱き上げるその姿は、微笑ましきものでした。

「そうか、貴方が、竹から生まれた姫か」

 大伴は、竹姫にそっと話しかけました。その顔には、遊牧の厳しい生活の中では見せることの少ない穏やかな優しい表情が浮かんでいました。大伴は、左手で竹姫を抱きかかえると、姫のきゅっと握られた拳を、右手の指でつまみました。

「可愛いお手だなぁ。貴方はこのお手で何を掴むのかなぁ」

「大伴殿は、まだ初めてのお子さんも抱いていらっしゃらないのに、拙宅を訪ねていただいて、誠にありがたく思っております」

 眠ったままの竹姫の拳を指でつまんで上げたり下げたりしている大伴に、翁は軽く頭を下げました。その翁に向き直って、大伴はちいさく笑いながら答えました。

「なんの、お気になさらないでください。今回の遊牧は私が指揮を任せられました。その報告のために讃岐の長老を伺うのは当然のことですし、まだ数日滞在しますから、家族とゆっくり語らう時間もあります」

 そして、自分の腕の中の竹姫を優しく見やりながら、言葉を続けました。

「それに、竹の姫が生まれたとあれば、お伺いせずにはいられません。あの、竹の姫が」

 燭皿の炎が揺れ、室内に影が踊りました。

「大伴殿」

 翁は、居住まいを正し、真剣な表情で大伴に語り掛けました。

「いつぞやの件、私も忘れたことはございません。御門のご意向もありますし、私もその娘に出来るだけ多くの経験を積ませてやりたいと思います。ただ、その娘を、どうかどうか」

 翁は、床に額を付け大伴に懇願しました。

「その娘を、月に還らせてやってください」

 立ったまま竹姫をあやしていた大伴は、竹姫を抱いたまま翁の正面に座り、しっかりと答えました。

「わかりました。必ず月に還らせてやりましょう」

 部屋の中で音を立てるものは、竹姫の寝息のみです。燭皿の炎の動きに合わせて、翁と大伴の影が不規則に揺らいでいました。

 

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