コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第33話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。しかし、砂漠で発生した大砂嵐「ハブブ」に呑み込まれた二人は、意識を失ってしまうのです。大伴に助け出され宿営地の天幕で目を覚ました羽は、竹姫の無事を確認するために天幕を飛び出すのですが、竹姫と話がすれ違い、彼女を傷つける決定的な言葉を投げつけて、彼女の前から走り去るのでした。

※これまでの物語は下記リンク先で、まとめて読むことができます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第33話】

「くそ、くそっ」

 羽は、小さな声で罵りながら、小走りで自分の天幕に戻っていきます。

 そもそも自分は誰に対して憤っているのか。竹姫に対してなのか、それとも他の誰かに対してなのか。極度の興奮で混乱している羽には、それすらもわからなくなっていました。

 大事なことを忘れてしまった竹姫に対しての怒りもありますが、それ以上に、感情的になってしまい竹姫を傷つけるための言葉を発してしまった、自分に対しての憤りもある気がします。でも、それだけではないようにも思えるのです。それ以外の、何が何だかわからない、どこにぶつけていいのかもわからない、重くて黒い塊が心の中に存在していて、それを少しでも小さくするために罵りの言葉で外に排出しているというのが、今の自分の感情を表すのに一番適当なものに思えました。

「くそ、どうして、どうしてなんだよ。どうして忘れてしまえるんだよっ」

 少しずつ羽の言葉は、具体的なものに変わってきました。また、彼の足取りもゆっくりしたものに変わってきました。胸の中の黒い塊が少しづつ薄れてきて、自分が何に怒っているのか、どうして悲しく思っているのかが、おぼろげながら見えてきたようでした。それと同時に、羽は、自分が竹姫を深く傷つけてしまったのであろうことにも、だんだんと意識を向けられるようになってきました。

 あの時に自分は何を言ってしまったのか。「竹姫」、その言葉だけは、今まで口にしなかったのではないか。それを自分が口にした時に、彼女がどれだけ傷つくのかを、自分は知っていたはずではないか。

 羽が自分の天幕の前に戻ってきたときには、彼の肩は落ち背は丸められ、先程までの怒りに震えてる少年から、大変なことをしてしまって後悔している少年へと、すっかりと様子が変わってしまっていました。

「おお、羽、目を覚ましていたのか。よかった。心配していたぞ。どうだ、身体の調子は」

 大伴です。羽は、ちょうど自分の天幕に入ろうとしたときに、大伴から声をかけられました。その声は、自分の息子が長い眠りから覚めたことへの喜びが込められているようで、とても朗らかなものでした。

 正直に言うと、羽は、今は誰とも会いたくはありませんでした。しかし、有隣の話を思い返すと、羽と竹姫は大伴に助けられたようです。それに、羽は、逃げだした駱駝を回収したことの報告を、まだ行っていないことに気が付きました。

 羽は、落ち込んでいる自分を励ますように、丸めていた背をすっと伸ばすと、大伴の声がした方に振り返りました。

「すみません、父上。ご心配をおかけしました。母上から聞きました。砂漠で父上に助けられたそうですね、申し訳ありませんでした。逃げた駱駝は無事に捕まえたのですが、ハブブに見舞われてしまって身動きが取れませんでした」

 自分の仕事を最後までやり通せなかった悔しさをにじませる息子の肩を、大伴は片手で抱き寄せました。

「まあ、お前たちが無事ならそれでいいさ。ハブブに見舞われれば、俺たち大人でもどうしようもない。こちらからでも、砂嵐が立ったのが見えたので、心配になって後を追ったのだがな、上手くお前たちを見つけられてよかった」

「いえ、父上のお言葉を守れば竹にもあんな・・・・・・ん?」

「それよりもな」

 自分の言葉に違和感を覚えて言い淀んだ羽を、大伴は自分の胸に引き寄せました。大柄な大伴が羽を引き寄せると、羽の身体は周りからすっかりと隠されてしまいました。大伴の身体は、まるで一仕事終えたばかりだというように火照っていました。

 大伴は、羽にだけ聞こえるように小さな声で素早く言葉を続けました。その声は、先程までの朗らかなものとは一変して、ひりひりとした緊張感を感じさせるものでした。

「ここでお前に会えたのは、まさしく精霊のお導きだ。いいか、お前にだけ大事な話がある。俺に調子を合わせてくれ」

 そして、再び羽から少し離れると、宿営地の中で近くにいる人々に聞こえるように、大伴は大声を上げました。

「みんな、俺は羽と共に、放牧している羊どもを見回ってくる。しばらく離れるがよろしく頼む」

 大伴は、周りの者にも、もちろん羽に対しても、それ以上の説明はしませんでした。「やれやれ、病が回復したばかりなのに羽も大変だな」、「大伴殿も戻ったばかりなのに熱心なことだ」、「久しぶりに親子で見回りもいいのかもな」などと、放牧に熱心な親子に対して親しみの表情を見せる人々の間を、何も言わないままでずんずんと抜けて行きます。

 羽にとっては、突然予想もしていないところで現れた大伴ですが、よく考えてみれば、彼には大伴に問い正したいことがあるのでした。そうです、どうして大伴が竹姫に対して「二人は高熱を発して倒れていた」と話したのかについてです。羽は、足早に歩く大伴の背を追いながら、声をかける機会をうかがうのですが、大伴は、これ以上は宿営地の中で話をするつもりはないようです。話しかけられることを一切拒絶するようなその大きな背中に対しては、羽はとても声をかけられませんでした。結局、大伴が一度自分の天幕に帰って少し大きめの革袋を手に戻ってきた以外は、二人は無言のままで馬だまりへ真っすぐに進んで行ったのでした。

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