コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第160話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第160話】

 冒頓の騎馬隊は、盆地にいくつも転がっている大きな砂岩の塊やところどころに口を開けている大地の割れ目をかわしながらも、できるだけの速度で馬を駆けさせました。

 隊の最後尾を走る苑は、近くまでサバクオオカミの奇岩が迫ってきたら、自分の怒りを込めた矢をその頭に打ち込んでやろうと、なんども背後を確認しました。でも、どうやら馬の走る速度に比べるとサバクオオカミの奇岩が走る速度はわずかに遅いようで、苑が矢を射るほどのところまで迫ってくる奇岩は現れませんでした。

 冒頓は、盆地の入り口の方へと逆戻りする形になっている騎馬隊の進路を、少し右手に逸らすように指示を出しました。これまでは盆地の外周に近いところを、大きな円を描くように走っていたのですが、その円を少し小さくしたのです。そして、隊の先頭を別の者に託すと、愛馬の進む速度を少し遅くして、隊の最後尾の苑の傍らにまで降りてきました。

 ドッ、ドドゥ、ドドドッ・・・・・・。

「おう、どうだっ。あいつらはっ」

「は、はいっ。ずっと、後ろについてきてるっす。追い越そうとか、横から襲おうとか、そんなことは考えてないみたいっす」

 ドドウ、ドドツ、ドドドドウッ・・・・・・。

「くそっ、考えてるんだか考えてないんだか知らねえが、一番嫌なことしやがるなっ、あいつらは」

 馬上で大声をあげながら、冒頓は苑に状況を確認しました。

 探りを入れる意味もあって、自分たちが走る方向を変えてみたのですが、サバクオオカミの奇岩たちには、自分たちを追い越して前に回ろうだとか、岩を回り込んで横から襲おうだとかの変化は現れませんでした。ただ愚直に自分たちの背後を追走してくるのです。

 隊の真後ろも真正面と同じように弓矢を使いにくい位置です。それに、仮に騎馬隊の進路を急に転換して、サバクオオカミの奇岩の群れに向かって走り、できればそれらを左側に置いてすれ違いざまに攻撃を加えようとしたとしても、奇岩たちがそれをゆるしてはくれないでしょう。この位置関係では、奇岩たちがわずかに進路を変えるだけで、騎馬隊を真正面から襲うことができるに違いありません。

 多少なりともお互いが走る方向にずれが生じれば、それを利用するように騎馬隊の進路を変えて、弓矢を使えるようにすることもできるのですが、いまのサバクオオカミの奇岩の位置は、策を施すのがとても難しい位置なのでした。

 ドドド、ドドウ、ドドドッ、ドドドッ・・・・・・。

「このままだと、先にこっちがまいっちまうしなっ」

 冒頓が、忌々しげに吐き捨てた言葉の通りなのでした。

 彼らの乗っている馬は、全力に近い速度で大地を駆けています。でも、この勢いのままで、長時間駆け続けることはできません。そのようなことをすれば、サバクオオカミの奇岩に追いつかれる前に、限界を超えた馬が泡を浮いて横倒しになり、男たちをゴビの大地の上に放り出すことになってしまうでしょう。

 一方で、サバクオオカミの奇岩の方はと言えば、こちらに追いつくほどの速さは見せないものの、一定の速さでしつこく追いかけてきています。

 冒頓は、先の戦いで、体の一部を失いながらもなお動き続けたサバクオオカミの奇岩の姿を思い起こしていました。生身の体ではなく、何らかの不可思議な力の作用で動いている奇岩たちのこと、おそらくは、疲れることなく一定の速度でずっとこちらを追い立て続けるのではないでしょうか。

「俺は先頭に戻る。苑、矢を無駄にするなよっ」

 ドド、ドド、ドドッ。ドドドウ、ドオドッオッ・・・・・・。

「わかりましたっす。無駄矢は撃たないっす」

 ドオ、ドドドドッ、ドドオドッ・・・・・・。

 彼らは戦いに備えて背中の矢筒に十分な数の矢を入れていましたし、中には鞍に予備の矢筒を括り付けている者もありましたが、何しろそれは有限であります。矢が尽きてしまえば、あとは接近戦で決着をつけるしかありませんが、野生のサバクオオカミを一回り大きくしたようなサバクオオカミの奇岩と、短剣等を持って戦うなどは、かなりの犠牲が出る危険な戦いになることが容易に想像出来ました。

 やはり、遊牧民族の戦いは、主に弓矢を用いる戦いです。

 なんとか、それを用いるための有利な位置を得たいと、隊の先頭に戻った冒頓は、速度を早めたり進路をこまめに変えたりを、馬に息を継ぐ暇を少しずつ与えながら、試し続けました。

 目の前に大きな岩の塊が見えてくると、ぐるっとそれを回るようにして、騎馬隊は方向を変えました。そして、サバクオオカミの奇岩から自分たちの姿が見えない裏側に来たところで、急に速度を上げて、奇岩の後ろに回り込もうとしました。でも、自分たちの後ろを追いかけてきている奇岩からは見えないように行動できても、盆地の真ん中の方からこちらを見ている母を待つ少女の奇岩の目からも、それと同時に隠れるということは、とてもできませんでした。そうすると、普通の声であれば届くことができないほど離れているはずなのに、母を待つ少女の奇岩から、冷静にこちらの動きを分析した指示が、騎馬隊を追いかけているサバクオオカミの奇岩の頭の中に届くのでした。

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