コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】鬼ごっこ

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 どこの世界でも、子供たちは遊びの天才です。大人が気がつかないような小さなことや、日常的に自分の周りにある些細なことからでも、簡単に遊びを創造してしまいます。

 さて、ここは妖怪の世界。

 この世界でも、ろくろ首、烏天狗、のっぺらぼうなど多種多様の子妖怪たちが村の広場に集まって遊び、盛んに笑い声をあげていました。

 そこへ現れたのが小鬼でした。広場で遊んでいる子妖怪たちよりも一回り大きい彼の赤い身体は、なにやら元気がなさそうにすぼめられていました。

「遅かったなぁ、カァー。・・・・・・あれ、どうしたんだよ、元気がなさそうじゃないカァー」

 遠目が効くのか彼がやってくるのに真っ先に気がついた烏天狗が、赤鬼に声をかけました。烏天狗の声をきっかけに、いつもの遊び友達が赤鬼の方へと走り寄ってきました。

 いつもは仲間内でも一番元気で、身体を動かして遊ぶのが大好きな赤鬼でしたが、なにやらひどく落ち込んでいるようなのが、彼の顔を見た遊び友達たちにはすぐにわかりました。いったい彼に何があったのでしょうか。

「やぁ、みんな。ちょっと、聞いてくれよ・・・・・・」

 赤鬼は自分の周りに友達が集まるのを待ちかねたように、さっそく自分が聞いてきた話を語り始めました。その話が彼の心を暗くしているので、少しでも早くそれを皆に聞いてもらって楽になりたかったのでした。

「みんな、『鬼ごっこ』って遊びを知っているかい。僕の家の物置から出てきた人間界に関する本に書かれていた遊びなんだけど」

「いや、知らないな。お前らはどうなのカァー」

 仲間内での兄貴分的な存在である烏天狗は、皆の顔を見回しました。でも皆はそれぞれ首をひねるばかりで、それに思い当たる者はいないようでした。

「あ、そうだ、ままごとみたいに、鬼君のまねをする遊びじゃないの? 大きな棍棒をもったりするとか」

 そう思いついたのは、風に揺れる柳の枝のように、長い首をゆらりゆらりと揺らしていたろくろ首でした。

「そうじゃないんだ。すっごく酷い遊びなんだよ。僕はそこに書いてあることが信じられなくて、ほんとかどうかを確かめるために、ぬらりひょん様のところに寄っていたんだ。そうしたら、それは人間界に本当にある遊びだったんだよ」

 赤鬼は苦笑いをしながらそう答えました。彼の苦笑いは「そんな平和な遊びだったらよかったんだけど」と、音にならない言葉を皆に伝えていました。

「ええっ、どんな遊びなの」

「教えろよ、教えろよ、カァー」

「うん、その遊びはね・・・・・・。人間が何人か集まって、その中で鬼役を一人決めるんだ。彼らは鬼が大っ嫌いなんだって。だから人間は鬼役の人からどんどんと逃げていくんだ。鬼役の人間もその役が嫌だから、誰かに替わって欲しい。だから、逃げ出した人間を追いかける。捕まえると、鬼役を替わってもらえるから」

「ええっ。なんで鬼君を嫌うんだよ」

「酷いな、それは。カァー!」

「うん。人間は、うわぁ鬼が来たぞ、逃げろって言いながら逃げるんだって。鬼だーって・・・・・・」

 村の長老であるぬらりひょんから教わった「鬼ごっこ」のルールを皆に話すうちに、赤鬼の身体はますます小さく丸められ、その声はどんどんと小さくなっていきました。

 子妖怪たちが気づいたように、その遊びは人間が鬼に対して持つ絶対的な悪意が端的にあらわされたものであり、その悪意が大きな重しとなって、赤鬼の身体を押しつぶそうとしていたのでした。

「元気出しなよ、鬼君。僕達は君が大好きだよ」

 そう言ってろくろ首は、長い首で鬼の身体に優しく巻きつきました。

 目を伏せていた赤鬼の視界の中で、彼の大きな手に柔らかな手が重ねられました。赤鬼が顔を上げると、目の前には彼の手を握ったのっぺらぼうがいました。

 他の遊び仲間も、口々に赤鬼を慰めるのでした。

「カァーッ! そうだ、俺も人間について聞いたことがある。あいつらが使う悪口に、『人でなし』てのがあるらしいカァ! それはもう、とんでもない悪口になるらしいカァッ!」

 人間から鬼に対しての一方的な拒絶にすっかり興奮してしまった烏天狗は、背中の黒い羽根をばたつかせながら叫びました。

「どうして、それが悪口になるの? 僕はろくろ首だから、『烏天狗でなし』で『鬼でなし』でもあるけど?」

 赤鬼の身体に首を伸ばしてぐるぐると巻きついているろくろ首は、赤鬼の顔のすぐ横から烏天狗に尋ねました。人でないこと、どうしてそれが悪口になるのか、ろくろ首にはわからなかったのでした。

「人間は自分たちが一番偉いと思っているんだカァッ。だから、そうでないと言われると、とっても下に見られているということになるんだカァッ!」

「わからないよぉ。僕はろくろ首で、君は烏天狗で、鬼君は鬼君で、のっぺらぼう君はのっぺらぼう君で・・・・・・、上も下もないじゃない。そりゃ僕も『ろくろ首でなし』って言われれば、うんーってなるけど、とんでもない悪口には思わないよ」

「人間は自分たちだけが偉くて、他の奴らは自分たちよりもずーっと下だと思っているんだカァ! だから、『鬼ごっこ』なんて酷い遊びも平気なんだカァッ! 赤鬼もそんな人間の遊びなんか気にすることないカァッ!」

 バサバサバサッ!

 興奮した烏天狗は、今にも空に向かって飛びあがりそうでした。

「そうだよ、そうだよ鬼君。大丈夫だよ、ねっ」

 ろくろ首は赤鬼の肩に乗せた頭をかしげて、彼に頬を寄せました。

 そして、のっぺらぼうの手に握られた赤鬼の手には、ぎゅっと力強さが伝わってきました。しゃべることのできないのっぺらぼうでしたが、彼の温かい心持ちは、赤鬼にきちんと伝わりました。

「ありがとう、みんな。うん、そうだよね。人間の言ってることっておかしいよね。もう僕も、あいつらの言うことなんか気にしないよ。さぁ、遊ぼう!」

 広場に来た時にはとても落ち込んでいた赤鬼でしたが、みんなに話を聞いてもらい、一緒に怒ってもらったり励まされたりしたことで、「鬼ごっこ」の話から受けた痛手からすっかり立ち直ったようでした。

 赤鬼はぎゅっとのっぺらぼうの手を握り返し、ぽんぽんとろくろ首の首を叩いて「ありがとう」と伝えると、明るく元気な声を出しました。

「ねぇ、何して遊ぼうか、烏天狗!」

「よぉし、いま新しい遊びを思いついたカァ! みんなで遊ぶカァ!」

「うん!」

 

 

 その日、妖怪の世界に新しい遊びが誕生しました。

 その遊びには、参加者全員が逃げようとする「共通の嫌われ者」の存在が必要なのですが、多種多様の妖怪が住むこの世界では、これまで「共通の嫌われ者」は存在してこなかったため、そのような遊びは無かったのでした。

 でも、いまここに妖怪の世界が始まって以来初めての「共通の嫌われ者」が現れたではありませんか。

 そうです。この日以来、村の広場での子妖怪たちの遊びに、「人間ごっこ」という新しい遊びが加わったのでした。

「うわぁ、人間が来たよー。逃げろぉー」

「カァー、それ、捕まえたカァ。人間役交代だカァー」

「あははは、よーし、追いかけるぞー。待て待てー」

「人間ごっこ」で夢中になって遊ぶ子妖怪たちの上げる歓声は、村の広場一杯に響き渡るのでした。

                                   <了>