コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第341話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第341話】

 自分の言いたいことが確かに羽磋に伝わったと感じた理亜は、再び由が姿を消した大きな亀裂の方へ向き直りました。由を飲み込んだ暗い穴を見つめる理亜の面持ちは、とても真剣なものでした。実のところ、彼女はそこに何らかの変化が生じてくれないかと、心の中で精霊に祈りを捧げながら見つめていたのです。

「おい、おい、羽磋よ。お嬢ちゃんは、どうしちまったんだ。砂岩の像から元に戻った女の子が、俺たちにつかまるぐらいならいっそと思って、あそこへ飛び込んじまったのは、悔しいが仕方がねぇ。だが、それを悔しがるのは俺たちの方で、お嬢ちゃんの方じゃねぇはずだ。それなのに、お嬢ちゃんは、あの女の子のことが、えらく気になっているようだが」

 理亜の態度を見て、冒頓は傍らにいる羽磋に問いかけました。

 あれほど大きな騒ぎがあったのですから、それが一段落したらすぐに、小さな理亜は馴染みのある羽磋の所に寄って来ると思っていたのです。それなのに、一度は羽磋の顔を見たものの、彼女はあの亀裂の方に向き直って、ジッとそれを見つめ続けていのです。冒頓にはそれが以外に思えたのでした。

 羽磋が「理亜と『母を待つ少女』の奇岩は、心を分け合っているのではないか」との考えを話したのは、川に流されて地下世界に落ちた後であり、その相手は王柔でした。つまり、それを聞いていない冒頓にとって、理亜と「母を待つ少女」の奇岩の関係は、土光村を出る時に持っていた「それらは同じ時期に起きた不思議な現象なので、何らかの関係があるかもしれない」という考えから、進んでいませんでした。

 それに加えて、羽磋たちが地下で何を見て、どのようにして地上に戻ることができたのかを、冒頓はまだ知らされていませんでした。彼には、「ヤルダンの台地の下に川が流れ込んでいるのだから、きっとその水は地下を通り抜けているのだろう」というぐらいの認識しかありませんでした。

 ヤルダンの地下に青い水を湛えた大空間が広がっていることなど、彼が知る由もありませんし、ましてや、何本もの石柱に支えられた空間に濃青色の球体が浮かんでいることなど、想像をしたこともありません。当然のことながら、その濃青色の球体が「母を待つ少女」の昔話に出てくる母親が変化したものだと言うことも、彼は知らないのでした。

 ですから、由の行動を見た冒頓が考えたのは、「あいつは、俺たちにつかまるのが嫌で、亀裂に飛び込んで自死したんだろう」ということでした。そして、由が消えた亀裂を、理亜が真剣な面持ちで見つめ続けるのを見て、「たいした関係も無いだろう女の子が飛び込んだ穴を、どうしてあんなにも必死になって見つめ続けるんだろう」と疑問を持ったのでした。

「ああ、そうだっ。冒頓殿は知らないんだった! 早く、自分が見たことを話さないと」

 冒頓の考える方向と自分の考える方向とがあまりにも違ったことで、自分と冒頓の意識が違ってしまっていることに、羽磋ははっきりと気付きました。

 ほんの数日前まで、羽磋は冒頓と行動を共にしていました。彼と一緒に小野の交易隊を護りながら土光村に着き、王花の酒場で共にヤルダンで起きている異変の話を聞き、そして、ヤルダンを通り抜けて吐露村へ向かう羽磋と、彼を護りながら「母を待つ少女」の奇岩を探す護衛隊の隊長の冒頓は、肩を並べて土光村を出てきたのです。

 それなのに、崖際の道上でサバクオオカミの奇岩たちに襲われたあの日から今日までの間は、羽磋と冒頓はまったく違う世界にいたのでした。

 羽磋はヤルダンの地下に広がる大空間の中で、精霊と人の世界が交じり合ったような、実際に目で見て身体で感じなければとてもそれがある事を信じられないような、不思議な世界を経験しました。

 その世界は、とても数日の出来事とは思えないほど濃密なものでしたから、その中で必死になって活動していた羽磋の心にはその色が強く浸み込んでいて、まるで相手も自分の世界にいて同じことを体験していたかのように、ついつい錯覚をしてしまうのでした。

 それでも、冒頓の疑問を耳にすることで、羽磋は思い出しました。自分たちが地下で何を見て、どのようにして地上に戻って来たのかについて、説明しなければいけないことをです。

 先ほどまでは、冒頓と「母を待つ少女」の奇岩とが一騎打ちをする、正にその時でしたから、ゆっくり話をする間などありはしませんでした。でも、いまは違います。

「冒頓殿、実はですね・・・・・・」

 話したいことがたくさんありすぎて、何から話すべきか自分でも決められないままでしたが、羽磋は自分たちが地下で見たことなどを、ゆっくりと話し始めました。冒頓の方も、ときおり質問の手を挟みながら、興味深そうにそれに耳を貸すのでした。

 突然地下から飛び出してきた羽磋が冒頓に話しを始めたのを見るや、遠巻きにして見守っていた護衛隊の男たちも、集まってきました。冒頓にしても彼らにしても、羽磋たちが崖下に落下してからどうなったのかを、とても気にしていたのです。そして、男たちの先頭に立って羽磋の元に走ってきたのは、喜びの涙で頬を濡らしている苑でありました。