コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第63話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

 

 

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【第63話】

 盗賊に襲われてから数日の間、交易隊には大きな問題は生じず、羽磋たちは、ただ、黙々とゴビを歩き続けていました。月の民の者は、辛い仕事や単純な作業は、精霊に捧げる唄を歌いながら行うことが多いのですが、ゴビを歩く際には、唄を歌いながら歩くわけにはいきませんでした。

 その理由は「喉が渇くから」でした。

 これは、単純なことではありますが、同時に、命にもかかわる深刻な問題でもありました。水の補給が難しいゴビでは、精霊に唄を捧げて自分の気力を奮い立たせることよりも、喉が乾かないように、水分をできるだけ失わないように、黙って歩くことこそが優先されるのです。そのため、交易隊の長い列からは、ときおり駱駝があげる少し気の抜けたような鳴き声や、男達が注意を促すために鳴らす指笛の音の他は、何も聞こえてこないのでした。

 狭隘となっていたところを抜けると、土光(ドコウ)村に向って、交易路はゴビの真ん中を通るように変わっていました。交易路を歩く者たちの心と命の支えとなっていた細い川からも、すっかりと離れてしまいました。もっとも、道とは言っても、はっきりとしたものがあるわけではありません。遊牧の際と同じように、過去の経験からオアシスの場所などを導き出して、それを結んだ線を道とするのです。歩いていると、ときおり、駱駝や馬の骨が地面に散らばっていることがありましたが、これこそが自分たちが正しい道を歩んでいることを示す道しるべなのでした。

 足元は、背の低い下草がぽつぽつと生えているだけの、固く乾燥した土と岩からなる礫砂漠です。そして、それが見渡す限り続いているのです。小山もあります。台地もあります。崖もあれば、谷が走っている個所もあります。でも、そのほとんどの場所は赤茶けた土色で、その他の色はと言えば、日の影になっている場所の黒色しかない、それがゴビなのでした。

 交易隊で荷物を運ぶために用いられている主な動物は駱駝ですが、その世話をする者たちは、駱駝のわきを歩くことが義務付けられていました。また、護衛隊の男たちも多くは徒歩でしたし、馬を持つ者も、乗馬して馬に負担を与えることをできるだけ避けて、必要なとき以外は轡をとって歩くようにしていました。交易隊によっては、隊長と副隊長が乗馬しているところもありますが、腰の低い小野(オノ)が乗馬するはずもなく、そして、隊長が乗馬しないのに副隊長が乗馬することが出来るはずもなく、小野の交易隊では、すべての者が道中を歩き続けることが、常とされていたのでした。

 盗賊の一件以来、羽磋は護衛隊の一員として過ごしていました。交易隊に合流した当初は完全な「お客さん」だったのですが、羽磋にとってはそれが苦痛でたまりませんでした。自分から駱駝の世話をしている者たちの手伝いをしようとしても、「留学の方にそのようなことをさせられません」と断られてしまいました。中には、あからさまに迷惑そうな顔をする者までもおりました。

 それはそうなのかもしれません。駱駝にも一頭一頭に気性の違いというものがありますし、他人が世話をして体調や機嫌を損ねたりすれば、結局、交易隊の者がその後始末に追われることになってしまうのですから。横から突然に入ってきた者には大人しくしていて欲しい、そう彼らが思ったとしても、無理のないことなのでした。

 羽磋が「自分は留学の徒で、肸頓(キドン)族の根拠地へ行くのが仕事だ」と割り切っていれば、それで良いのかも知れませんが、彼の生真面目な性格がそれを許さないのでした。世話になっている以上、何かをせねばならない、そう考えずにはいられないのでした。ただ、そのように羽磋が努力すれば努力するほど、彼と交易隊の人々との間に、目には見えない幕が降ろされていることを、実感することとなっていたのでした。

「ああ、輝夜もこんな気持ちだったのかなぁ。俺なんか、まだ数日しかたっていないのに、こんなにも気持ちが疲れてしまった。あいつは、毎日、一体どんな気持ちを抱えていたんだろうか」

 そのような疎外感を感じるたびに羽磋が思いだすのが、輝夜姫のことでした。彼女は、バダインジャラン砂漠で過ごしたあの夜に、羽磋にだけは、自分が感じている疎外感を訴え、「月の巫女」として特別扱いされるのではなく、他の人と同様に扱ってほしいのに、村人との間には透明な幕がおろされているようで気持ちが通じ合えない、という悩みを伝えていました。羽磋は羽磋なりに、その悩みを真剣に聴いていたつもりでしたが、やはり、自分がこのような立場になるまで、本当にはその悩みを理解できていなかったのだと、痛感するのでした。

 すっかり気持ちが疲れてしまった羽磋でしたが、これは自分の力が役に立つのではないかと思って飛び出したのが、盗賊の待ち伏せの有無を確認するために、苑が飛び出した場面だったのでした。その場面で自分がどれほど役に立ったのかは彼には判らなかったのですが、結果的に冒頓に気に入られることとなり、以降は、少なくとも護衛隊の面々とは気の置けない関係となっていました。そうです、羽磋は、盗賊の一件をきっかけとして、ようやく交易隊の中に自分の居場所を作ることが出来たのでした。

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