コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第326話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第326話】

 

 さて、物語の舞台は、再び地上へ戻ります。

 地下の大空間の中で濃青色の球体と対峙していた羽磋が、天井から伝わるドドドッという振動を感じて、「自分たちの頭の上で冒頓の騎馬隊が走り回っている。彼らは『母を待つ少女』の奇岩と戦うためにヤルダンに入ったのだから、正にいま戦いが繰り広げられているんだ」と考えたのは、的を射ておりました。

 「母を待つ少女」の奇岩が立つヤルダンの中では珍しく開けた場所へ、冒頓の騎馬隊は一斉に馬を乗り入れ、待ち受けていた「母を待つ少女」の奇岩や彼女が率いるサバクオオカミの奇岩の群れと、激しい戦いを繰り広げていました。

 冒頓の護衛隊は、彼が匈奴から月の民に人質として出されたときに一緒にやって来た男たちが中心となっていました。一人一人が非常によく訓練された屈強な男である上に、それぞれが同郷の冒頓と強い信頼で結ばれていて、彼の思うとおりに分かれ、あるいは、一塊になって戦うことができました。

 とは言え、彼らが戦っている相手は、「母を待つ少女」の奇岩が操るサバクオオカミの奇岩の群れで、それらは痛みを感じることも死を恐れることも無い砂岩の塊です。それが、「母を待つ少女」の強い「怒り」と「悲しみ」の波動に導かれて襲い掛かって来るのですから、いかに冒頓の護衛隊が強力だとは言っても、それを打ち破るのは決して容易ではないのでした。

 複数の群れに分かれたサバクオオカミの砂岩が、連携して護衛隊を追い詰めたりしたかと思うと、今度は護衛隊がワザと隙を作ってサバクオオカミを誘い込み、有利な体勢から一斉に矢を射かけたりと、一進一退の攻防が続いていました。

 混戦の中で、護衛隊員に襲い掛かる「母を待つ少女」の奇岩の意識を自分に向けさせようと、冒頓がある言葉を叫びました。それは、「お前は独りだ! そして、そうしたのは俺だ!」と言う言葉でした。

 もちろん、昔話に語られるほど古くからヤルダンにあった「母を待つ少女」の奇岩の成り立ちに、冒頓が関わっていたはずはありません。その言葉は、戦いの中で「母を待つ少女」の奇岩が何度も漏らした怒りや悔しさを表した言葉を、冒頓が逆手に取ったものでした。

 冒頓の思ったとおり、「奇岩」という異形の姿に変えられた上に、ようやく旅から帰って来た母親が自分の姿を目にして絶望し目の前で地面の割れ目に身を投じたという悲劇を経験した彼女は、冒頓の言葉に即座に反応します。憎み続けてきた自分を不幸にした存在をようやく見つけたと思った「母を待つ少女」の奇岩は、古くから積み重ねてきた怒りと憎しみを彼にぶつけるために、サバクオオカミの奇岩に分け与えていた力を回収します。

 サバクオオカミの形をしていた奇岩は次々と崩れ、不規則な塊や砂粒へと戻っていきます。その中で唯一立ち続ける「母を待つ少女」の奇岩からは、これまで以上に大きくて激しい力が、周囲を圧倒するように噴き出しています。

「手を出すなよ。俺がやる」

 部下たちを制しながら彼女の前へと進み出たのは、やはり、冒頓でした。「母を待つ少女」の奇岩が発する力を見たとたんに、部下たちの剣が届く相手ではないことを理解したのです。そのため、無駄な犠牲を増やすことがないように、一騎打ちを望んだのでした。

 もとより、「母を待つ少女」の奇岩の方では、冒頓こそが自分を悲惨な運命に追い込んだ当人だと思い込んでいますから、彼のことしか目に入っておりません。

 冒頓、そして、「母を待つ少女」の奇岩。

 呼吸をすることも忘れてしまったかのように静まる護衛隊の男たちの視線が集まる中で、二人の距離がグッと縮まっていきます。

 冒頓か「母を待つ少女」の奇岩か、いずれかが倒れ、いずれかが生き残り、そして、この長い戦いが決着となるのです。

 でも、この一瞬が一刻とも一日とも感じられる緊張が極まった時に、思いもかけない横やりが入ったのでした。これまでに、ヤルダンの広場に幾度か生じていた地震が、再び生じたのです。そして、この戦いの中でも何度か吹き上がっていた青く光る水が、また地面の亀裂から高々と吹き上げられたのです。

 ド、ドドオウン、ドュウウウ・・・・・・。シュウウウン!

 二人はお互いの動きに極度に集中していました。少しでも相手の動きへの対応が遅れれば、それが命取りになりかねませんから。でも、この青い水の吹き出しに関しては、それを完全に無視することはできませんでした。

 なぜなら、砂岩の塊という身体を持つ「母を待つ少女」には、「水」に触れるということは禁忌だからです。固く締まった体が、湿ってボロボロに崩れてしまう恐れがあります。一方の冒頓にしてみても、あの青い水を浴びたせいで、心の弱い部分や思い出したくない記憶が刺激され、感情が酷く不安定になってしまったのは、忘れられない苦い経験でした。よりにもよって一瞬たりとも隙を見せられない相手と対峙しているこの時に地面から噴き出したこの青い水は、それぞれに大きな影響力を持つものだったのでした。

 冒頓は、青い水の噴出の度合いを視界の端に捉えながらも、「母を待つ少女」の奇岩に対して身構えることは疎かにしていませんでした。ところが、その構えがフッと緩んだかと思うと、彼の視線は「母を待つ少女」の奇岩から外れて、青い水の噴出の方へと向けられました。

 数多くの戦いを勝ち抜いてきた強者である冒頓が、対峙している敵から視線を外すなど、よほどのことが無ければあり得ません。では、いま彼の視線を引き付けたのは何だったのでしょうか。

 それは、地面から噴出した青い水柱が空中に打ちあげた、繭玉のような四つの球体でした。その球体はフワフワと漂いながら降りて来て、地面に触れたとたんにパチンと割れてしまいました。

 繭玉の一つから現れたのは小柄な若者でした。想像もしていなかったその姿を目にした冒頓の口から、大きな声が飛び出しました。

「お、おいっ! お前、羽磋か! 羽磋なのか!」