コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第156話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第156話】

 ヤルダンと呼ばれる地域は、地形の変化があまりないゴビの荒地の中で、砂岩が数段に重なり合ったり寄せ集まったりして複雑な地形を作り出している珍しい場所です。そのヤルダンの中で、比較的開けていて、風通しの良い一角がありました。小山のように高く積み重なった砂岩に外周を囲まれているものの、ちょうどその一角だけは、まるで昔話に出てくる巨人が野営用の天幕でも置くために大きな砂岩を取り除いた後だとでもいうかのように、せいぜい人の背丈を何倍かすれば測ることができるような高さの岩の塊しか存在しない、広い盆地となっていました。

 夕刻が近づいているため、盆地の赤茶けたゴビの土の上には、周囲の岩山の長い影が落ちてきていて、日が当たる場所と影になっている場所が複雑な文様を描いていました。その文様の中には、影によって塗り込まれた黒よりも、もっと暗い部分が幾つもありました。その部分は、周囲のものを吸い込んでしまうような、深い漆黒で彩られていました。この漆黒の部分は、大地にいくつも口を開けている裂け目の部分でした。この盆地が巨人が立てた天幕の跡地であるとしたら、この裂け目は巨人が地面に打ち込んだ杭の跡に違いありません。それは、どれだけの深さがあるのか、この大地の下のどこにつながっているのかもわからない、近づくことすら恐ろしくなるような裂け目でした。 

 この一角は、交易隊がヤルダンを通り抜ける際に利用する道筋からは外れているのですが、その存在は多くの交易人に知られていました。なぜなら、この場所こそが、ヤルダンの有名な奇岩の一つである、「母を待つ少女」の奇岩が立つ場所だったからでした。

「床に伏した娘の病気に効く薬草を求めて、遥か東の祁連山脈へと旅立ったまま帰らぬ母。その母を思って毎日立ち続けた少女は、やがてヤルダンの奇岩となった」

 そのような伝説を持つ、まるで少女が東の地に向かって手を差し伸べながら立っているかのように見える不思議な形をした奇岩が、この場所に立っているのでした。

 昼を過ぎて夕刻に向かうこの時間です。いつもであれば、ヤルダンを吹き抜ける風が勢い良く流れ込んできて、この場所の空気を入れ替えていく頃です。でも、今日は、まるでこの場所に重苦しい空気が満たされていて、風の流入を拒んでいるかのようでした。

 ガキンッ。ガキィ。

 固い岩が砕けるような音が、粘性の液体のように澱んだその場所の空気を、ブルブルと震わしました。

 バキン。ガキィィ。

 それは、一度きりのものではありませんでした。何度も何度も、繰り返しその場所で生じていました。

 その音は、大きな砂岩の塊が砕ける音でした。巨人が叩いて割ったかのような音を生じて砕けたそのかけらは・・・・・・。まるで、見えない誰かが転がしているかのように、あるいは、そのかけらそのものが意志を持って動いているかのように、ひとりでに転がっていきました。その転がっていく先は、母を待つ少女の奇岩の足元でした。

 奇岩のかけらは、母を待つ少女の奇岩が落とす影の中に入ると、見る見るうちにその姿を変えていきました。まるで、見えない誰かが粘土細工をこしらえているかのように形を成していくそれは、あのサバクオオカミの姿でした。

 そうです。母を待つ少女の奇岩は、自らが生み出したサバクオオカミの奇岩を率いてヤルダンの外に出て、冒頓たちが守る交易隊を岩襞の上から襲撃した後でこの場所に戻り、再びサバクオオカミの奇岩を生み出し続けていたのでした。

 新しくサバクオオカミの姿を与えられた奇岩は、周囲の岩山が落とす影の中へと、しっかりとした足取りで歩いていきました。そこには、既に数十体のサバクオオカミの奇岩が、物も言わず息をすることもないままで、じっと母を待つ少女の命令を待ち続けていました。

 母を待つ少女の奇岩は、わかっていたのかもしれません。

 自分たちが行った攻撃で、冒頓たちの交易隊を追い返すことや、彼らを壊滅させることはできないと。そして、怒り狂った彼らが、やがてこの場所に反撃の為にやってくるだろうということを。

 ガキンッ。

 バキン。ガキィッ。

 砂岩が砕ける無機質なその音は、まるで甲高い叫び声のようにその場所に響き渡りました。それは、砕ける砂岩が上げる叫びでしょうか。いえ、何故だかはわかりませんが、それは母を待つ少女の奇岩自身が上げる叫びのようでした。

「イヤダッ。ユルセ・・・・・・ナイ・・・・・・」

 もし、精霊の声を聴く耳を持つ者がここに居れば、母を待つ少女の声が聞こえたかもしれません。それは、悲鳴にも似た、悲しさを帯びた鋭くとがった叫びでした。

「ニクイ、イヤダッ。アツイ・・・・・・。ドウシテ、ワタシ・・・・・・ダケ。イヤダッ。カアサン、カ・・・・・・アサ・・・・・・ン・・・・・・」

 ザアァッウウ!!

 そこへ、突然雨が落ちてきました。

 雨が? 空のどこにも雨雲など見当たらないのに?

 その雨は、矢の雨。

 冒頓たちの騎馬隊が放った矢の雨でした。 

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