コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】ガムテープを貼る

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(お断り)

 本作は、親愛なる名古屋・大須のアクセサリショップ・Sipka(シプカ)をモチーフとさせていただいておりますが、フィクションです。実際の店舗、人物等とは一切の関係はなく、全てくにんの想像の産物でございます。

sipka.jp

 

 

 

 

 ここは、どこだ。

 白。

 一面の白。

 首を左右に動かすけれど何もない。何も目に入らない。

 視線を上にやる。青空もなければ星や月もない。

 足元を見る。地面もなければ床板もない。

 白。まぶしいくらいの白色。

 目を閉じて考える。

 何も思いつかず、目を開ける。

 あれ、これは目を閉じる前に見た景色か。いや、動いていないから当然そうであるはずだが、自信がない。

 こちらが前であったか。いや、あちらが前であったか。

 それに、何も目印がないこの場所では、一体どちらが上でどちらが下かも、わかりはしない。

 立っているのか寝ているのか、それとも、浮いているのか。何が正解なのかもわからない。

 回る、回る。ぐるぐると、回る。

 いや、回るということは、中心があるということ。

 回っているのか。止まっているのか。それすらも、もはや定かではない。

 僕は、僕は・・・・・・。

 ああ、気持ちが悪い。吐きそうだ。いや、何かを、ではない。僕を、僕を、吐き出してしまいそうだ。

 皮膚がむずむずとする。掻きむしろうとするが、僕のその手はどこにあるのだ。

 この白い世界で、どこまでが僕で、どこからが世界なのだ。その境目はどこにあるというのだ。

 溶ける、ああ、溶けてしまう。消えてしまう。消えて、消え・・・・・・。

 

 

 ピリッ、ビリリッ!

 

 

 はぁっはぁっ・・・・・・。

 危なかった・・・・・・。

 僕は立っていた。

 一直線に貼られたガムテープの上に、立っていた。

 なにが起きたのかはわからない。何をしたのかもわからない。僕がしたのか。このガムテープを、僕が貼ったのか。

 足場を与えられた僕は、周囲を見回すことができた。

 だけど。

 相変わらず、何もない。 

 怖い。

 僅かしかないこの足場を踏み外せば、僕はどうなってしまうのだろうか。

 どこまでもどこまでも、落ちていってしまうのだろうか。

 それとも、この白の世界の中へ、溶け込んでいってしまうのだろうか。

 それに、この足場。

 今の僕を支える唯一の存在である、ガムテープ。

 これは何なんだ。

 なんで、ガムテープなんだ。

 わからない。

 まったく、わからない。

 

 

 そうだ、一人で考えるからわからないのかもしれない。

 三人寄らば文殊の知恵、無理やりにでも自分の中にこの状況と三つの視点を作って、そこで考えを戦わせてみれば、ヒントでもつかめるかもしれない。

 

 

「ガムテープ、ガムテープ。でも、それは床に貼るものではないな。TVのスタジオや舞台でよく床に貼ってある目印は、ビニールテープだしな」

「そもそも、ビニールテープとガムテープは、違うものと考えていいのかな。どちらもテープだ。ビニールは素材を表しているし、ガムは接着性を表しているんだろう。ビニールテープも接着性があるのだから、一種のガムテープなんじゃないのかな」

「確かに、一つのテープでも、見方を変えればビニールテープとも言えるし、ガムテープとも言えるのかもしれない。でも、足元に何が貼られたかを問題にするべきなんだろうか。どうしてこの白い世界に自分が立っているのかを、考えるべきなんじゃないのかな」

「それはそうかもしれないけど、実際問題、考える糸口としては、足元に貼られたガムテープしかないよ」

「そう言えば、さっきからそれをガムテープと言っているけど、素材はなんなんだろう」

「足元に貼られているのは、段ボール箱の口を閉めるのによく使われる紙のものだよ」

「じゃあ、さっきの理論から言うと、それは紙テープともいえるよね」

「だけど、紙だからどうビニールだからどうってことは、ないんじゃないかな。何かあるかい」

「何かと言われてもね。僕たち、結局は同じ思考回路だからね。君が思いつかなければ、僕も思いつかないよ」

「それもそうだ。せっかく三人に分かれたんだから、もう少し各々に特徴をつけてみるか。そうすれば、より違った視点から見ることができるかもしれない」

「なるほど、物語を愛する僕なりのやり方ってわけだね」

 

 

「緑川光徳です」

「赤坂恵梨香」

「香西青司だ」

「何これ。名前を付けただけ?」

「まあ、そう言わないで下さい。名前が付いたことで、それぞれの視点について、より特徴付けができたと思いませんか」

「俺もそう思うぜ。なんだか、別々の人間が話してるみたいじゃないか」

「ふうん、ホントにそう? まあ、いいわ。それで?」

「それでって、なんだよ。人任せじゃなくて、自分でも意見出せよ」

「なによ。そういうあんたが、まず意見出せばいいじゃない」

「ああっ、なんだ、お前っ」

「まぁまぁ、確かに最初の人は意見を言いづらいところがありますよね。ここは、私から話をさせていただきますから、それについての感想なんかを聞かせてもらえるとありがたいです。えーと、まず、整理をさせていただきますね。「僕」が今いる場所は、真っ白い世界でそこには何もない。上下左右もわからないその世界で、自分を見失いそうになったその時、足元にガムテープが貼られていた。そして、それを足場にすることで、なんとか落ちつくことができた。そういう状況ですよね」

「まぁ、そうね」

「ちっ、なんだ、その上から目線の言い方は。ああ、ごめん、光徳。そうだよ。そういう状況であってると俺も思う」

「ご意見ありがとうございます。この状況で、私が考えるべきだと思う点は、二つあります。まず一つ目ですが、この白い世界は何なのか。次に二つ目、ガムテープは何なのか、あるいは、何を表しているのか、です」

「おう、それそれ、それだよ。ただなぁ、白い世界って何もないんだよな。これが何って言われても、何も思いつかねえんだよ」

「そうですね、実は私もそうなのです」

「え、お前もそうなんだ。なんだ、それを聞いてちょっと安心したぜ」

「ええ、「僕」を包み込む白い世界の方が規模が大きく、当然目に入る機会も多いのですが、あまりにも漠然としていて、考えが進まないのです。それに比べて、足元に現われたガムテープは、より具体的なものです。こちらの方が、考えを進める端緒として適しているということは、先ほど個性を与えられる前に、自然とそちらの検討に入ったことからもわかります」

「台詞が長いわね。それで?」

「すみません。つまり、足場を作るのであれば地面や床などでいいはずなのに、どうしてガムテープだったのか、それが気になるのです。お二人は、ガムテープと聞いて、何か思い浮かぶことはありますか」

「ガムテープねぇ。やっぱ、通販で何かを買って、梱包の段ボール箱を開けるときかなぁ。ああ、逆に、段ボール箱を組み立てるということもあるかな」

「なるほど、そうですね。ガムテープと段ボール箱は、切っても切れない関係かもしれないですね。私が思いつくのは、壊れたものの応急処置ですかね。リモコンの電池ケースの蓋が外れたとか、スクーターのシートが破れたとか」

「シートなっ。俺もガムテープというかビニールテープのお世話になったな。そういや、俺のツレで、ふっるい車のバンパーやドアを、テープでグルグル巻きにして走っている奴がいたな」

「昔はそういう方もいましたねぇ。ああ、それに、テープをグルグル巻きといえば、巻いたテープを使って服や小物などの埃やごみを取ることもできますね」

「ああ、そうだな。こうして考えると、いろんな使い方があるな、ガムテープ。おう、お前は? 黙って聞いてないで何か言えよ」

「・・・・・・なんか、必死になって、バカみたい」

「なんだとっ。てめぇ、なんだその態度はっ。周りを見ろや、この真っ白の世界を。「僕」の周りも真っ白になってて、なんだかわからんから、みんなして頭をひねってるんだろうが。参加せぇや、こら。ぶっ飛ばすぞっ」

「すごんだって無駄よ。どうせ、口だけなんでしょう」

「まぁまぁ、ここは、抑えて抑えて・・・・・・」

「いいや、この女、もう我慢できねぇ。口で言っても判らねえんなら、こうしてやる!」

「なによ、手が出せるっていうの?」

「ああ、ほらよっ」

 

 

 青司は、恵梨香の肩を強く押した。小柄な体格の青司といえども男の力だ。恵梨香の細い体は大きく揺れて、慌てて足踏みしたその足は、危うくガムテープの上から外れるところだった。

「キャッ、何するのよっ。危ないじゃない。それに、なに、これ。急に自分の身体がこの世界に現れた感じがする」

 恵梨香は青司の手を押し返しながら、甲高い声で文句を言った。そして、自分の肩を身体を腰を足を、その両手でなぞり、存在を確かめていった。それは確かにそこにあった。今までもそこに有ったのか、それとも、無かったのかはわからない。間違いがないことは、今はそこにそれがあるということだった。

「危ないですよ、二人とも。狭い足場なんですから、争わないでくださいね」

 光徳は銀縁の眼鏡に手を添えながら、しきりに体をさすっている恵梨香と、背を丸め首をすくめている青司をたしなめた。

 身長が高く肩幅の広い光徳であったが、苦労して二人に気を付けながらしゃがみこむと、自分の足元に手を這わせた。どうしても、確かめたいことがあったのだ。

 つるり。

 周囲の世界は、あいかわらず白一色だ。そして、彼ら三人が立つ足元は、一畳ほどの大きさの光沢のあるガムテープ。それが、魔法のじゅうたんの様にふわりと、白の世界に浮かんでいるのだった。

「やっぱり、ガムテープですね。触ってみて、改めて実感しました。それにしても、香西さん、いったい何をなさったのですか」

 年のころは二十才前後だろうか、短く刈り込んだ坊主頭のせいか、少年の様にさえ見える青司は、両手をズボンの後ろポケットに突っ込みながら、光徳の問いに答えた。

「へへ、その女があんまりいい加減だったからよ、一発びしっと決めてやろうと思って、もっと俺らの像をはっきりとするように「僕」に頼んだんよ。それに、体がないことには、不便なこともあるだろうしよ」

 なるほどと頷く光徳の横で、恵梨香は「バカみたい」とつぶやきそうになる口を、慌てて両手で押さえた。なんにせよ、もう各々に体があるのだ。自分よりも小柄な青司だが、彼をこれ以上怒らせれば、本当にこの白の宇宙の中へ押し出されてしまいそうだ。そうなればどうなってしまうか、まったくわからない。めんどくさいことこの上ないが、適当に話に加わって、さっさとこの場を抜け出したい。本当にめんどくさいんだけど。

 頭髪にちらちらと白い物が混じる光徳は、恵梨香の心の動きが手に取るように分かった。この状況で、そのように「めんどくささ」を感じることができるというのは、若さなのか鈍さなのか。どちらにしても、今なら、彼女にも話に参加してもらえそうだ。光徳は、優しく恵梨香に語り掛けた。

「赤坂さん、お疲れはないですか。私は、この足元にあるガムテープを見ると段ボールを思い出すのですが、貴方はどんなものを思い出されますか」

 恵梨香はぎゅっと腕を組んだ。なんだか、学校の先生みたいな、優しい話し方。こんな話し方をする人は、世の中に二種類しかいない。営業で話をする人か何かを企んでいる人かだ。でも、この場にいるのは、この人を除けば、あの乱暴な小男しかいない。この男が何かを企んでいるとしても、あいつと話すよりはましだ。というか、ここでこの男との会話を拒否すれば、こんどこそ、あいつにここから押し出されそうだ。

 恵梨香は、さっと青司の方を一瞥した後で光徳の足元に視線を移すと、ぼそりと呟いた。

「・・・・・・設営」

「え、ごめんなさい。良く聞こえなくて。もう一度、お願いできますか」

「だから、設営っ。ほら、学祭とかで、ポスター貼ったり、飾り物や垂れ幕を貼ったりするのに、ガムテープを使うでしょ、あれっ!」

 小さな声での呟きを聞き直された恵梨香がイライラして叫んだ声が、白色の宇宙を揺るがした。

 グラグラグランッ!

 恵梨香の声で空間が揺れるのに合わせたかのように、激しい揺れが、三人が立つ足元からも起こっていた。

「なんだ、どうしたっ」

「え、なになになにっ」

 慌てて足元に目をやる二人だったが、光徳だけが別のことに気が付いていた。恵梨香の声が刺激となったのか、周りが激しく変化していっているのだ。

「見てください、二人とも。ほらっ、白一色だったのにっ」

 光徳の声で初めて周りに注意をやった二人は、驚きのあまり声を失ってしまった。

 上下左右の区別もない白一色だった世界が、映画の早回しの様に、幾つもの情景を映し出している。あちらでは、コンクリートの素地がむき出しとなった一角で、人々が慌ただしく段ボール箱に何かを詰めている。こちらでは、男たちが二人で、何か長い筒のようなものを運んでいる。それらとは天地を入れ替えて、向こうでは脚立に乗って作業をしている人がいる。遠くの方からこちらに走ってくる人も見え、その人はコンビニの大きな袋を両手に下げている・・・・・・。

「なん・・・・・・だ、こりゃ・・・・・・」

「倉庫・・・・・・、ううん、ホントに、何かの設営みたい。お祭り? お店?」

「なんでしょうね・・・・・・。ああ、二人ともっ! いや、私もっ!」

 二人の方を振り向いた光徳は、予想もしていなかったものを目にして、大きな声を上げた。なんと、二人の体がどんどんと朧げになっていくではないか。そして、自分の両手も、両足も、体も。

「ううわっ。おい、光徳っ、何とかしてくれ」

「私に言われても、ああ、そんな、ガムテープまでっ」

 どんどんと輪郭を失っていく青司と光徳。彼らは、柔らかな光の塊となりつつあった。青い光と緑の光の塊に。そして、彼らをこれまで支えていた足元のガムテープまでもが、僅かずつ世界の中に溶け込んでいくかのように、その存在がうっすらとして来ていた。

 二人と同様に赤い光の塊になりつつある恵梨香であったが、当初の驚きを乗り越えた後の彼女には、不安な気持ちはなかった。なぜなら、彼女には判っていたからだった。

「思い出したんだね、「僕」」

 幾ばくかの時が経った後には、彼らとガムテープの姿はどこにも存在しなくなっていた。赤、青、緑の光になった三人は、交じり合いながら白色の世界へと飛んでいき、そこに新たな像を描いた。

 

 

 その像とは、僕が「お店をやる」と決意をし、その準備をしていたときの光景だ。

 仲間たちと一緒に、ガムテープを片手に持ちながら、ああでもないこうでもないと、店の中の配置に頭を悩ませていた時の姿だ。

 僕は、自分の中に形作った世界から戻り、ゆっくりと目を開いた。

 周囲には相変わらず何も見えず、白以外の色もない。下を見なくてもわかる。足元には、ガムテープがあるのだろう。

 だけど、僕はもう、不安に襲われることはなかった。

 ここは、僕の意識の中と同じだ。周りの世界の白は、何もないのではないんだ。どうなるかはわからないけれど、どうすることもできる。すべての要素がある、何にでも変わることができる世界だからこそ、白なんだ。そして、その中で自分を支えるもの、自分の意志の象徴こそ、設営の時に使い倒したこのガムテープなのだ。

 

 

 気が付くと、周囲の白い世界には、いろんな人が浮かんでいた。これまでには、まったく見えていなかった人たちだ。僕がガムテープを足場としているように、本を足場にする人、フライパンを足場にする人、鋸を足場にする人、様々だ。それぞれは、周りの人にはまるで気づいておらず、ただ自分の世界の中に沈んでいるようだった。

「もう、ここには用はない」

 僕は区切りをつけるために、ぎゅっと力を入れて目をつぶると、ゆっくりとゆっくりと目を開けた。

 白い世界は、どんどんと霞んでいき、代わりに蛍光灯の明かりが目に飛び込んできた。背中には冷たい床の感触が伝わってきた。

 ここは・・・・・・。

 ガバッっと、僕は飛び起きた。

 ここは僕の店の中だ。付け加えて言うと、閉店後の店の床の上だ。

 月末と年末の手じまいが重なってしまい深夜まで働き詰めだった僕は、くたくたに疲れてしまった。仕事は残っているのだけれど、休憩とばかりに床の上で仰向けになって天井を見上げていたのだ。いや、見上げていたはずだ。

 正直、店を経営していると、自分の思った通りに行くことは少ない。いや、本当に正直に言うと、しんどいことばかりだとさえ言ってもいいかもしれない。人間、体が疲れると心も疲れるものなのか、苦手な経理事務に忙殺されていたストレスなのか、さっき床に仰向けになった時には、僕の心は折れてしまう寸前だった。

 だけど、今は違う。

 自分の中の原点を、再確認したのだ。

 先行きがまったくわからない世界の中でも、自分の足元は自分の原点で固めることができる。

 そして、下が決まれば上が決まる。

 上下が決まれば、左右が、そして、前後が決まる。

 自分が進む方向は、自分が決めることができるのだ。

 

 

「もうこんな時間だ、帰らないとっ」

 僕は、壁にかかっている時計を見て驚いた。終電まで、もうわずかな時間しか残されていないではないか。

 床に散らばっていた書類を拾い上げると、机の上に無造作に置いていく。今度出て来た時に整理すればいいのだ。年内の営業日は今日が最後。来年になるけれど、かまいやしないさ。店の人には怒られるかもしれないけれど。

 

 

 ああ、時間がない。

 それよりも、えーと。紙。ペン。それに、ガムテープ。

 ああ、あった、あった。

 僕は、店の外に飛び出してシャッターを下ろした。そして、急いで最後の作業を済ませた。

「終電終電、間に合えー!」

 駅に向かって一目散に駆け出す僕の背を、シャッターに貼られた紙が見送った。もちろん、その挨拶文が書かれた紙を止めているのは、ガムテープだ。

「本年は大変お世話になりました。新年も皆様に素敵な物語をお届けできるように頑張りますので、よろしくお願いいたします。  ~全てのものには物語がある Sipka(シプカ)」

                                  (了)