コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第289話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第289話】

「わたしを苦しめる者! これで、消えてしまえっ」

 「母を待つ少女」の母親は、頭上でブワンッグワンッと暴れ回っている巨大竜巻を羽磋たちに向けて放とうと、そのしっぽを掴んでいる手をきつく握りました。

 羽磋は、そして、「母を待つ少女」の母親は、それぞれ違う理由によるとしても、いまや自分の倒すべき相手としてお互いを認めています。それに、母親がその竜巻を放つのが早いのか、それとも、羽磋が母親の懐に飛び込んでその身体に小刀を突き立てるのが早いのか、当事者にも全く予想が付かない状況でしたから、両者は少しでも早く相手を攻撃することに、それぞれの持つすべての力と神経を集中していました。

 その時です。思いもかけなかった者が、予想もしなかった形で、二人の戦いに割って入って来たのです。

「ヤメテッ!」

 短くはあるものの明確な意図が現れた叫び声を上げながら、羽磋と母親の間に現われた小柄な影。それは、押しとどめようとする王柔の手を振り切った理亜でした。

 一瞬の躊躇もすることができないこの極限の状態の中で、理亜は驚くべき行動に出ていました。

「お母さんを傷つけないデッ、ヤメテッ!」

 なんと、理亜は小刀を腰だめに構えて母親に向かって走る羽磋の前に飛び出すと、両手を大きく広げて彼に向かって立ち、それを止めさせようとしたのです。

 「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を頭上に作りこちらを攻撃しようとしていることは、羽磋だけでなく理亜にも見て取れていたでしょう。先ほどは小さな竜巻で吹き飛ばされた王柔を心配して彼の元に走っていましたから、理亜にもその巨大竜巻がどれほど恐ろしいものかは、即座に理解できていたことでしょう。

 それに、「母を待つ少女」の母親が自分に対して激しい怒りを持っていることも、彼女が自分に向かって叩きつけた言葉や自分と王柔に向かって新たな竜巻を飛ばしてきたことで、痛感していたはずです。羽磋が母親と自分たちの間に飛び込んできてその竜巻を切り飛ばしてくれなければ、いまごろは自分と王柔がこの大地に横倒しになっていたであろうことも、想像できていたでしょう。

 羽磋は小刀を腰だめにしていたので、いつもほど速くは走れませんでした。そのため、理亜は羽磋の前に飛び出すことができていました。ですから、彼女がそうしようとも思えば、羽磋を自分の背中に隠して「母を待つ少女」の母親に対して両手を広げて立ち、さらに、母親に向かって「お母さん、ヤメテ!」と叫んで、自分たちに向かっての攻撃を止めようとすることもできたでしょう。

 でも、理亜はそうはしなかったのでした。咄嗟の行動として理亜が行ったことは、全く逆のことでした。理亜は、母親にではなく羽磋に向かって両手を広げて立ち、彼が母親を攻撃するのを止めさせようとしたのです。

 それは、羽磋も王柔も、そして、「母を待つ少女」の母親も、全く考えていなかったことでした。

 理亜が母親と羽磋の間に飛び込んできた正に瞬間、母親は巨大竜巻のしっぽを握った手を勢いよく羽磋たちに向かって振り下ろしました。母親の視線は目標である羽磋にギュッと固定されていたのですが、そこに横から理亜の身体がサッと入ってきました。母親の目に、自分に向かってではなく羽磋の方に向かって立ち、彼が自分に対して小刀を構えて突進してきているのを止めようとしている彼女の姿が映りました。

「ウ、ウン?」

 それはほんの僅かな間の出来事でしたから、理亜の背中を見た母親の心に明確な思考が生じる間などはありませんでした。ただ、その瞬間に、母親の心に大きな違和感が生まれたのは間違いありませんでした。彼女は羽磋たちに向かって両腕を素早く振り降ろしましたが、猛烈に回転する風の集合体である巨大竜巻の尻尾を握る手の力が、その違和感のために僅かに緩んだのでした。

 もちろん、理亜の行動に驚かされたのは、羽磋も同じでした。

 「小刀で戦うときには、切りつけるのではなく突き立てるのだ。それも、自分よりも大きな相手や強い力を持つ相手と戦うときには、小刀を腰だめに構えて体ごとぶつかっていくのだ。なぜなら、腕の力だけで小刀を突き出しても、力の強い相手にはそれをはねのけられてしまうからだ」というのは、羽磋が父である大伴から教えられていたことでした。

 「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を巻き起こしたことで自分たちの命の危険を察知した羽磋は、咄嗟にもはや母親に小刀を突き立てるしかそれを止める術はないと判断し、父の教え通りに身体を動かしていました。彼の視線と注意は、相手である母親と彼女が放とうとしている巨大竜巻に集中していました。

 そこへ、まったく思考の枠の中に入っていなかった理亜という存在が、突然に割って入ってきたのです。それも、なんとか竜巻が放たれることを防ごうと全力で母親に向かって走る、自分の真正面にです。

 「あっ」と思う間もないほどの僅かな時間の後に、羽磋は小刀を構えたままで、理亜の小さな体に激突してしまいました。二人は羽磋の走ってきた勢いのままに、砂煙を立てながらゴビの大地に倒れ込みました。

 そして、王柔は。

 しゃがみ込ませようとした自分の手を理亜に振り払われた王柔は、地面に膝をついていました。理亜の背を追いかけて視線を走らせた彼が見た状況とは、羽磋の前に回り込み彼の「母を待つ少女」の母親への攻撃を止めようとした理亜が、彼ともつれ合いながら勢いよく地面に倒れるところでした。そして、その向こう側で、自分たちに対して母親が両手を振り降ろし、巨大竜巻を投げつけて来たところも目に入りました。