コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第26話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫として皆から愛されるものの、「人外の存在」として孤独を感じる竹姫。乳兄弟である羽は竹姫に「輝夜」の名を贈り、自分がずっと一緒にいると約束します。二人は夜のバダインジャラン砂漠でハブブと呼ばれる大砂嵐に遭遇してしまいます。一刻ほど暴れまわった後にハブブは過ぎ去りますが、二人は無事なのでしょうか。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読めます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第26話】

 ハブブが始まってから一刻ほどが経ったのでしょうか。ハブブは始まった時と同じように、前触れもなく消え去っていきました。ハブブが起きることこそ稀ですが、天候の急変は、砂漠では日常的に起きることなのです。

「やれやれ、まさかハブブに遭遇するとはな」

 男は、身を隠していた崖の陰から頭を出して、慎重に砂漠の奥の方を窺いました。大弓と矢を手にしていて、いつでも引けるように態勢を整えています。天候の急変を察した大伴が、砂漠からゴビの台地に戻り、台地が形作る襞の陰に身を隠していたのでした。

 大伴が周囲を慎重に警戒していたのは、竹姫と羽の姿を追っていた人物が気になっていたからでした.

周囲にはあの人物の影はどこにも見当たりませんでしたが、よほど、その人物に気取られることを嫌ったのか、しばらくの間、大伴は身を隠すことができる場所から、出てきませんでした。

 しばらくして、慎重の上に慎重を重ねた警戒の結果、周囲の安全を確信した大伴は、隠れていた陰から自分の駱駝を引き出すと、膝をつかせてその背に乗り込みました。再び、ゴビの台地からバダインジャラン砂漠へと駱駝を進める大伴ですが、その左手にはまだ大弓が握られたままでした。不審な者は去ったと判断はしたものの、常に万が一への備えは欠かさない、それが生き残る術であることを、彼は良く知っていたのでした。

 ゆっくりと周囲を窺いながら、駱駝を進める大伴。彼の前に広がるバダインジャラン砂漠の様子は、ハブブが通り過ぎる前とまるで変っていないように見えましたが、しかし、その内実はすっかり変わってしまっていました。

 夜半をとうに過ぎ、あと数刻もすれば朝日が昇ろうかという夜空には、再び月星が輝きを取り戻して座っていました。その下で、精霊が掃き清めたかのような滑らかさで、どこまでもどこまでも砂漠が広がっています。その光景自体は、ハブブが通り過ぎる前とまるで変っていません。しかし、恐ろしい勢いで風が吹き荒れた結果、砂丘の形やその場所そのものまでもが、すっかり変わってしまっていたのでした。

「恐ろしい規模のハブブだったな。ここまで、大きく様子が変わってしまうとはな」

 大伴は、困惑したようにつぶやきました。竹姫と羽が逃げた駱駝を見つけた場所は、ある砂丘の影の窪みでした。しかし、その砂丘がどこに在ったのか、もはや見当をつけることもできないほど、砂漠の様子が変わってしまっているのです。しかも、ハブブに遭遇した際に、竹姫と羽がその場にとどまらずに移動することを選択していたとすれば、どこを探してよいのか手掛かりもありません。

「また、一からやり直しか。お、あれはっ」

 幾ばくかの間、辺りを見回しながら砂漠の奥へと進んでいた大伴でしたが、砂上で動く物影を認めると、素早く駱駝の背から飛び降りました。自分の足が地に着くのと同時に、自分が乗っていた駱駝にも膝をつかせ、身を低くします。

「見られたか。いや、わからん。しかし、あの姿は・・・・・・そうか」

 大伴が見た物影は、竹姫と羽の動きを窺っていた不審な者の姿でした。大伴が案じていたとおり、やはり、その者もハブブに遭遇して逃げ出すのではなく、あくまでも、二人の姿を追いかけているようでした。慌てて身を隠した大伴ですが、相手がこちらに気が付いたかどうかはわかりません。でも、大伴の鋭い目は、二人を観察し続けている不審な者が誰であるかを、解き明かしたようでした。

 しかし、羽の父親であり竹姫の保護者同然でもある大伴が、ハブブに遭遇した二人を心配して、とても自分だけ逃げ帰ることができない、という心情はわかります。一方、この不審な者が、自分の身を危険にさらしてまでもハブブを何とか耐え忍び、二人の行動を観察し続ける理由とは何なのでしょうか。

 大伴は、じっと身を伏せながら、そのことを考えていましたが、一つの結論に達しました。

「御門、殿、だろうな、やはり」

 自分の結論を吟味するかのように、小さい声でその言葉を口にした大伴でしたが、その口調は苦々しいものであり、その瞳は目の前の砂漠ではない、別の何かを見ているかのようでした。

 不用意に顔を出して相手に気付かれることのないように充分に時間を置いてから、大伴は身を起こしてあたりを見回しました。どうやら、不審な者はゴビの台地の方へ戻っていったようで、辺りには風が砂をさらさらと動かす気配しか感じられませんでした。

 先程、ほんのわずかな時間に過ぎませんが、駱駝の背から相手の姿を捉えた際に、大伴は相手の動きを掴んでいました。その者は、砂漠の奥の方からゴビの台地の方へ戻ってくる途中でした。それも、ただ戻るのではなくて、明らかに、急いで戻ろうとしていました。

 「命の危険を冒してまで竹姫と羽を追いかけていた者が、砂漠からゴビへ戻ろうとしている。それは目的を果たしたので、ゴビに戻ろうとしているに違いない」 大伴は、その者の様子からそう判断しました。つまり、その者が戻ってきた方向に、二人がいると思われます。その者が二人に何らかの危害を加えた怖れがあるとは、大伴は考えていませんでしたが、それでも、やはり二人の身が心配です。

 大伴は再び駱駝の背に戻ると、不審な者が戻ってきた方へと駱駝を急がせました。

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