コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第152話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第152話】

 広場からヤルダン側へ伸びる交易路も、ここまでの道のりと同様に、岩壁の中段に刻み付けられた細い道でした。広場から勢いよく飛び出した騎馬隊は、するするとその隊列を整えて、苑を先頭にした細い綱のようになりました。

 少年とは言っても、苑は物心ついた時からこの護衛隊と共に旅をしていますし、騎馬民族の少年の常として、馬の扱いは体に染みついています。ヤルダンの近くまで来ているとはいえ、はやる気持ちに任せて馬に鞭をくれてしまっては、その道の半ばに至る前に馬がつぶれてしまうでしょう。苑は、必要以上に速度が出ないように注意しながら、隊の先頭を走りました。

 相変わらず交易路の左側は岩壁で、馬上から天を仰いでも、左手の方は黄土色の砂岩に邪魔されて空が見えませんでした。一方で、右側は開けた崖になっていて、踏み外すと下に落下してしまう危険がありました。

 ただ、広場までの交易路と異なるのは、こちら側は崖下まであまり高さがないのでした。これまでのように、崖下が谷になっていて一番底辺を川が流れているのではなく、だだっ広いゴビの大地の端がこの岩壁と繋がっているのでした。交易路の横を走っていた川は、張り出したゴビの大地の下に広場のあたりで潜り込んで消えていたのでした。

 もう案内人の王柔はおりませんが、この道を進む以外に進路はなく、それを誤る心配はありません。苑は、一時馬を走らせるとしばらくは歩かせ、また頃合いを見て馬を走らせるようにしました。後に続く男たちも、黙ったままで苑に足並みを合せました。この一団が何刻もの間走り続けた間にそこから聞こえた音と言えば、時折り乗り手が馬にかける声の他は、馬が激しく呼吸をする音と、蹄がゴビを蹴る音だけでした。

 やがて、岩壁の側面を走る交易路はゆっくりと下りはじめ、終いにはゴビの大地と同化して消えてしまいました。苑は、これから進む先を確かめるために、馬をゆっくりと歩かせることにしました。後ろから続いてきていた男たちも、同様に馬を歩かせるようにしたので、苑の周りには緩やかな集団が出来上がりました。

 最後尾を走っていた冒頓は、愛馬の首を叩きながら苑の横にやってくると、彼に前方を見るように促しました。冒頓が示した方には、広場で転がっていた砂岩をそのまま大きくしたような塊が、まるで、草原で休んでいる羊のように幾つも幾つも転がっているのが見えました。

「お前は来たことがあったっけな、あれがヤルダンの奇岩たちだ。まだ遠いからな、此処からは砂岩の塊にしか見えねぇが、近くまで行くとあれは岩というよりも山だな。そして、あの周りには、砂岩が砕けてできたものから、風か何かに削られてできたもの、それに、いったいどうしてこんな形になったのか、まったくわけのわからんものまで、いろんな形をした岩が転がっている。魚に似た岩もあれば、鳥に似た岩もある。ああ、そうだ、もちろん、人間に似たものもな。もう、どんな想像を当てはめるのもご自由にってやつだな」

 これから挑もうとするヤルダン魔鬼城について、過去の経験を思い出しながら話していた冒頓は、苑の厳しい表情を見て、改めて「人間に似た奇岩」を付け加えました。

「まったくな、母を待つ少女も、ちょっと人の姿に似た奇岩に誰かが昔話をあてはめたものだと、俺も思っていたさ。あの奇岩は、交易路から外れたところに立っているんだが、有名な奇岩だからな、以前に小野殿の交易隊の護衛をしていて近くを通った時に、わざわざ見に行ったりしたもんだ。まぁ、言われてみればそのようにも見えるなって、そんな感じしかしなかったがな」

「でも、俺たちを襲ったのは、間違いなく母を待つ少女の奇岩とサバクオオカミの奇岩だったっす。なんで、こうなってしまったんでしょう? 不思議でならないっす」

「なんだ、お前。根っこの方の理由を聞いてんのか」

 冒頓は、「意外だな」というような顔をしましたが、まっすぐに自分の方を見る苑の表情から、単純な疑問だと解釈しました。もちろん、単なる砂岩の塊に過ぎない母を待つ少女が動き、さらには、サバクオオカミの奇岩を指揮して人を襲っているのですから、そこに疑問が生じるのは自然なことでした。

「まあ、確かにな。俺も不思議には思うさ。だが、俺はあんまりそっちには興味はねぇ。王花の盗賊団を襲ったのが誰か、それは、母を待つ少女の奇岩だった。それを止めるにはどうしたらいいか、どうやら、あいつをぶっ壊すしかなさそうだ。それで十分だぜ。わからねぇことは、わからねぇままでほっとくさ。そういうのは、あのお方にお任せだ」

「あのお方ってどなたっすか。阿部殿っすか」

「ああ、阿部殿もお好きかもしれねぇが、俺が言っているのは御門殿だ。そうか、お前はあのお方にはお会いしたことがねぇのか。俺もこの月の民に連れてこられたときにお会いしたきりだが、まぁ、俺がこうして自由にさせてもらえてるのも、俺が匈奴を強くするには、豊かにするにはどうすればいいかを知りたいって話したのを、気に入ってもらえたからさ。あのお方は、知りたいってことに純粋なお方だからな。ああ、それと・・・・・・」

 冒頓は、続けようとした話を急にやめてしまいました。

 彼は何気なく「ひょっとしたら、羽磋は真面目な奴だから、どうしてそうなるのか、理由を知りたがるかもしれねぇな」と続けようとしたのですが、それが口に上る前に、羽磋が谷底へ落下してからずっと心の中に存在している黒いもやもやが、それをからめとってしまったのでした。

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